| ヴィオラの悪罵に耐えかねた彼は、母の喉を自らナイフで切り裂いて殺害した。 |
| 彼は逮捕され、第二級謀殺罪により40年の刑を宣告された。 |
| しかし、彼自身は「おふくろが本当に死んだ」とは思ってはいなかった。 |
| 長年ヴィオラに虐待されたことで、ヘンリーは骨の髄まで母の支配下にあった。 |
| 刑務所の中でも、母ヴィオラの声が何度となく響き、ヘンリーに自殺を強要してきた。 |
| これによりヘンリーは乖離症状を繰り返し、精神分裂病と診断された。 |
| ヘンリーは、自身を診察した医師に対して、「セックスの際に相手を殺さなければ絶頂に達することができない」という証言をしている。 |
| ヘンリーは仮釈放を望まなかった。 |
| だが、囚人一人に掛かる年間の費用が多額であったことと、当時のベトナム戦争が泥沼化していたことで、国の財政が逼迫していたことから、司法当局は「更生の見込みのある犯罪者には、可能な限り社会復帰のチャンスを与える」という名目で、早期釈放を推進していた。 |
| 収監されてから10年後、ヘンリーは仮釈放されることになった。 |
| 獄中で電気技師の資格を取得したことや、大学レベルの教育プログラムを無事修了したことなどが評価されたためであった。 |
| 仮釈放委員会で「釈放されたら、自分は必ず人を殺す」と明言していたにもかかわらず、彼は釈放された。 |
| 仮釈放審査の面談で委員のひとりから、「君は釈放されたら本当に人を殺しますか?」と尋ねられたヘンリーは、「はい。 |
| 私は釈放されたら間違いなく人を殺します」と言ったが、委員たちはこれをジョークと受け取った。 |
| そしてヘンリーは、自らの予言通りに、刑務所を出て数ブロックのところで女性を絞殺し、金品を強奪した。 |
| 釈放後の1979年、ヘンリーはオーティス・トゥールという男と出会う。 |
| オーティスは下品で野蛮な男であったが、彼と出会ってから紹介されたベッキーという少女に、ヘンリーは強く惹かれていった。 |
| ヘンリーと行動を共にし、無条件でヘンリーを受け入れるベッキーの髪の毛をといたりするなどして、ヘンリーは彼女を愛し始めた。 |
| 彼女に対してセックスは求めず、性的衝動が高まると、別の女性を襲って殺害してからベッキーの元へ戻ってきた。 |
| だが、後にベッキーがキリスト教に目覚めたことがきっかけで2人の間に溝が生まれる。 |
| 後にヘンリーはベッキーを殺害したが、そのことをひどく後悔した。 |
| ベッキー殺害後のヘンリーは、犯行後に証拠を残すようになった。 |
| 1983年の逮捕後、ヘンリーは約3000件の殺害を自供しているが、一般的に実際に殺害したのは360人程度と考察されている。 |
| ただし、ヘンリーには虚言癖があったとされるためにこの数字にも根拠は無い。 |
| ヘンリーは後にモンタギュー郡拘置所の独房の中でキリスト教に目覚め、テキサス州ウィリアムソン郡ジョージタウン刑務所にて、それまでの罪を進んで自白するようになった。 |
| それは、彼が犯した殺人のために冤罪で逮捕される人を救うためであるというが真実は定かでない。 |
| 殺人罪が確定しているのは9件で、物的証拠があるのは2件のみである。 |
| 彼の死刑は1998年に執行されるはずだったが、当時のテキサス州知事だったジョージ・W・ブッシュが、証拠不十分を理由に死刑執行を延期した。 |
| 当時ブッシュの手元には153人分の署名できる死刑執行書があったが、ブッシュは任期中に152人の死刑を執行した死刑執行推進派であり、まさに異例中の異例であった。 |
| 「ヘンリー・ルーカス連続殺人事件特別捜査班」の正式メンバーとして、鉄格子の中から助言を行っていたが、2001年、テキサス州ウィリアムソン郡ジョージタウン刑務所内にて心臓発作で死亡。 |
| 遺体を引き取りに来た身内はいなかった。 |
| 毒殺以外のありとあらゆる殺しを行ったと、彼は後に語っている。 |