| 2002年全仏オープンから2003年全豪オープンまで、4大大会の4大会連続でビーナスとセリーナによる「ウィリアムズ姉妹対決の決勝」が続いていたため、ビーナスを4回戦で止めたズボナレワの活躍は大きな話題を呼んだ。 |
| ズボナレワは次の準々決勝で同じロシアのナディア・ペトロワに1-6,6-4,3-6で敗れる。 |
| 2004年8月、ズボナレワはシングルスの世界ランキングを9位に上げた。 |
| この後全米オープンの混合ダブルス部門で、ボブ・ブライアンとペアを組んで優勝する。 |
| ズボナレワとB・ブライアンは、決勝でオーストラリアペアのトッド・ウッドブリッジ&アリシア・モリク組を6-3,6-4で破った。 |
| しかし、2005年度のズボナレワは不振に悩み、年間最終ランキングを42位に落としてしまう。 |
| 2006年の全豪オープン1回戦で、現役復帰を発表したマルチナ・ヒンギスと対戦し、ズボナレワは25歳になったヒンギスに1-6,2-6で完敗した。 |
| 2006年ウィンブルドンの混合ダブルスで、ズボナレワはイスラエルのアンディ・ラムとペアを組み、ボブ・ブライアン&ビーナス・ウィリアムズ組を6-3,6-2で破って優勝した。 |
| これは彼女にとって2つ目の4大大会混合ダブルス優勝である。 |
| シングルスでは2006年の後半に入った頃から復調を見せ、6月第2週のイギリス・バーミンガム大会と7月第3週のアメリカ・シンシナティ大会で優勝した。 |
| 全米オープンはシングルス3回戦でエレーナ・デメンチェワに敗れたが、女子ダブルス部門でフランスのナタリー・ドシーとペアを組み、決勝でディナラ・サフィナ&カタリナ・スレボトニク組を7-6,7-5で破って初優勝を飾った。 |
| 2008年の北京五輪で、ベラ・ズボナレワは女子シングルスの銅メダルを獲得した。 |
| 準決勝で同じロシアのエレーナ・デメンチェワに3-6,6-7で敗れた彼女は、準決勝敗退選手2名による「銅メダル決定戦」で地元中国の李娜を6-0,7-5で破った。 |
| この北京五輪テニス競技の女子シングルスでは、デメンチェワが金メダル、ディナラ・サフィナが銀メダル、ズボナレワが銅メダルを獲得したため、3つのメダルをすべてロシア勢が独占した。 |
| 11月の女子ツアー年間最終戦「WTAツアー選手権」にも、4年ぶり2度目の出場権を獲得し、決勝でビーナス・ウィリアムズに7-6,0-6,2-6で敗れて準優勝者になる。 |
| これにより、彼女のシングルス自己最高ランキングは7位に上がり、4年前に記録した9位を上回った。 |
| 2009年の全豪オープンで、ズボナレワは4大大会シングルスの自己最高成績を更新し、初のベスト4進出を果たした。 |
| 彼女のシングルス上位進出は、ベスト8に入った2003年全仏オープン以来の出来事だった。 |
| この準決勝ではディナラ・サフィナに3-6,6-7で敗れ、決勝進出を逃した。 |
| 2010年のウィンブルドンで単複ともに決勝進出したが、シングルスはセリーナ・ウィリアムズに、3-6,2-6で敗れ、マリア・シャラポワ以来のロシア人の優勝はならなかった。 |
| ダブルスも、バニア・キング&ヤロスラワ・シュウェドワ組に、6-7,2-6で敗れ、単複ともに準優勝となった。 |
| 全米オープンでも決勝に勝ち上がったが、前年優勝のキム・クライシュテルスに1-6,2-6で完敗した。 |
| この年はシングルスで6大会で決勝に進出したが、優勝は2月のパタヤ大会だけで残りの5大会は準優勝であった。 |
| 最終ランキングは自己最高の2位となった。 |
| 2011年の全豪オープンでズボナレワは2年ぶりにベスト4に進出した。 |
| 準決勝ではキム・クライシュテルスに3-6,3-6で敗れ3大会連続の4大大会シングルス決勝進出を逃した。 |
| 2月のドーハ大会でキャロライン・ウォズニアッキを6-4,6-4で破り1年ぶりのツアー11勝目を挙げた。 |
| 7月のバクー大会で12勝目を挙げている。 |