| プロボクサーであった父親の影響でボクシングを始める。 |
| アマチュア時代にベネズエラのジュニア選手権を5連覇するなどの経歴を持つ。 |
| 2002年、17歳で初来日し東京の帝拳ジムに入門。 |
| 同年12月15日、大阪府立体育会館でプロデビュー戦を行い、初回KO勝ち。 |
| 2004年1月31日、母国ベネズエラで行われた8戦目で元WBA世界フライ級王者でもあるウーゴ・ソト(アルゼンチン)と空位のWBAラテンアメリカスーパーバンタム級王座を争い、10回判定勝ちで王座を獲得した。 |
| 同年8月7日、1階級上のWBAラテンアメリカフェザー級王座決定戦に出場。 |
| レナン・アコスタ(パナマ)を10回判定に降し、2階級制覇達成。 |
| その後、両王座を相次いで返上。 |
| 2005年5月26日、WBA中米フェザー級王座決定戦に出場。 |
| ハビエル・ソテロ(コロンビア)を2回KOに降し、王座奪取に成功。 |
| 2007年7月21日、無敗のまま24戦目で世界初挑戦。 |
| 米国・ラスベガスで元WBC世界スーパーバンタム級王者オスカー・ラリオス(メキシコ)とWBC世界フェザー級暫定王座決定戦を争い、10回TKO勝ち。 |
| 帝拳ジム3人目の世界王者となった。 |
| その後、WBC世界フェザー級正規王者の池仁珍(韓国)がK-1転向を表明。 |
| これに伴い、WBCは池の王座を剥奪し、リナレスを第37代WBC世界フェザー級王者に認定した。 |
| 12月15日にはガマリエル・ディアス(メキシコ)を8回KOに降し、初防衛成功。 |
| 2008年5月31日に2度目の防衛戦でフェイデル・ビロリアと対戦予定であったが、右肩腱板損傷により試合をキャンセル |
| 同年8月、減量苦を理由にWBC世界フェザー級王座を返上 |
| 2008年11月29日、スーパーフェザー級での世界挑戦。 |
| 敵地でワイベル・ガルシア(パナマ)とWBA世界スーパーフェザー級王座決定戦を争い、5回TKO勝ち。 |
| 2階級制覇を達成した |
| 2009年6月27日にはホサファト・ペレス(メキシコ)を8回TKOに降し、初防衛成功 |
| 2009年9月、ゴールデンボーイ・プロモーションズとプロモート契約を結んだことを発表した |
| 2009年10月10日、2度目の防衛戦(3年半ぶりの日本凱旋)。 |
| 東京都渋谷区の国立代々木第二体育館で6位のファン・カルロス・サルガド(メキシコ)と対戦。 |
| 試合開始から45秒、挑戦者の左右の連打でいきなりのダウン。 |
| 辛くも立ち上がったものの、さらなる追撃で程なくして2度目のダウン。 |
| ここでレフェリーストップとなり、初回1分13秒TKO負け。 |
| 世界王座から陥落するとともにプロ初黒星となった |
| 2010年3月27日、ベネズエラでフランシスコ・ロレンソと対戦し、2-0の判定勝利で再起を果たした |
| 2010年7月31日、米国ラスベガス・マンダレイ・ベイでシドニーオリンピックにおけるボクシング競技銀メダリストのロッキー・ファレスと対戦、5回にダウンを奪って3-0の判定勝ち。 |
| 2010年10月24日、東京都墨田区の両国国技館(同門のWBC世界スーパーバンタム級王者西岡利晃の防衛戦の前座)にて元世界2階級王者のヘスス・チャベス(メキシコ)とノンタイトル10回戦を行い、4回終了TKO勝ち。 |
| これで前年10月の世界王座陥落以降、3連勝となった |