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著者情報 白石 まりえ 短大卒業後、メイクアップの専門学校に通い、フリーターを経て化粧品メーカーに就職。その後派遣OLとして数社に勤務しながら運営した... |
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プロフィール
- ホワイトストーンとは
- 3 - 4歳時
- 古馬
- 引退後
ホワイトストーンは、日本の競走馬。シービークロスとワイングラスの間に生まれた芦毛の牡馬で、32戦4勝の成績を残した。※馬齢は全て旧表記とした。
3 - 4歳時
| 3歳時に未勝利戦を逃げ切りで勝ち上がり、朝日杯3歳ステークスでも後のダービー馬アイネスフウジンの5着と好走した。 |
| 中央競馬クラシック競走の第一弾、皐月賞は8着、この皐月賞はホワイトストーンが本命のアイネスフウジンにスタート直後に接触するアクシデントがあり、最終的には南井克巳騎乗のハクタイセイが直線で逃げるアイネスフウジンを捉えて差し切り勝ちを収めている。 |
| ダービーでは中野栄治騎乗のアイネスフウジンに淀みないピッチでレコード勝ち(当時)の逃げ切りを許し、ホワイトストーンは3着と敗れた。 |
| ダービーで1番人気だったメジロライアンの奥平真治調教師は「高松さんの所の葦毛の馬が一番怖い」と発言していた。 |
| 秋初戦となったセントライト記念では単枠指定の1番人気に応え1着。 |
| 2番人気に推された菊花賞は後方から直線でメジロライアンを捉えたもののメジロマックイーンの2着に惜敗した。 |
| 1枠で後入りの馬を待たされていなければ、勝ったメジロマックイーンを6馬身はちぎっていたと鞍上の柴田政人は後年に述懐している。 |
| ジャパンカップでは当年の南半球最強馬ベタールースンアップ、北米の強豪で後に種牡馬としても成功したカコイーシーズ、フランスのオードに続き日本馬最先着の4着と健闘した。 |
| このレース週の関係者パーティーでは陣営を見舞った競馬関係記者が「勝つ雰囲気がある」と報じて単勝人気を押し上げた。 |
| GIでの好走が続き、有馬記念は1番人気に支持されるも、スローペースのレースが影響した為か、ラストランとなったオグリキャップの3着に敗退した。 |
古馬
| 5歳初戦となった大阪杯は直線半ばまで鞍上の田面木博公が持ったままの大楽勝となったが、3番人気の天皇賞、宝塚記念は6,4着と惨敗。 |
| その後は精彩を欠く走りを重ねた。 |
| 7歳初戦となったアメリカジョッキークラブカップは、一転して先行策を取ってレガシーワールド以下の追撃を振り切り、約2年ぶりに勝利した。 |
| その後8歳まで現役を続けたが、遂にGI勝利を挙げることなく引退した。 |
引退後
| 種牡馬入り後の1998年小腸癒着により死亡。 |
| 残した産駒の中から2000年の東京王冠賞を制したアローウィナーが出ている。 |
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投票数
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