| アール・エフ・ラジオ日本のミッキー安川の「勝負」シリーズ(『ミッキー安川のずばり勝負』など)で、毎回政治家や評論家相手に歯に衣着せぬ物言いで政治から思想・経済観まで彼の独自の経験から縦横無尽に語る事で知られた。 |
| 親友の石原慎太郎が以前語ったところでは人の話を聞かず口は悪いが、人情家で性格は悪くないという。 |
| ラジオ番組の中ではいつも怒ってばかりの印象であるが、涙もろい傾向がある。 |
| 夜の番組では、「今の日本、情けないよなー」と言って思わず涙を流すことが何回かあった。 |
| そういう時は、アシスタントの女性を中心に番組が進められる。 |
| 2007年3月17日の『朝まで勝負』(ゲストは宮崎正弘)で、「どうせ死ぬならピンコロがいいよな。 |
| ピンピンしていて、突然コロって死んじまうのがさ。 |
| この言葉、埼玉県知事の上田清司から教えてもらったんだ」と言っていた。 |
| 以前、「月刊日本」主幹で局の報道部長を務めた南丘喜八郎がゲストの時に鈴木宗男の話題となり安川は「俺、宗男さんに脅されたことあるよ。 |
| 番組、降ろしちゃうぞって。 |
| 南丘さん、あんたも一緒にいたじゃん」と言い南丘は「あー、うん。 |
| なんか僕の名前まで出してね」と言っていた。 |
| 2007年3月23日の『ずばり勝負』の番組冒頭で安川は、この話題をゲストとして来ていた鈴木にぶつけた。 |
| 翌24日の『朝まで勝負』のゲストは鈴木と親交の深い佐藤優だった。 |
| -->冒頭で安川は「今日のゲストは宗男議員でさ、宗男さんに昔のことを言ったんだ。 |
| -->俺さ、あの人とは色んなことがあったけど、基本的には正直で、いい人なんだよね。 |
| 今日さ、そう思ったのよ」と言っていた。 |
| 2007年佐藤優だった。 |
| にも、たまたまラジオ日本の他の番組の収録で来ていた鈴木が、『ずばり勝負』に臨時出演。 |
| さらに、翌-->23日の『朝まで勝負』でも急きょ出演することになった。 |
| -->リスナーから「昔、ミッキーさんと鈴木宗男議員が大げんかしたと聞いたが」という質問があったが安川は「俺が生意気な頃の話でさ。 |
| 今思えば、俺も悪かったのよ」と答え、鈴木と完全に仲直りしていた。 |
| 「出演依頼するとさ、快く承諾する人でも、2種類に分かれるのよ。 |
| ただyesと言ってる奴と、ほんとに出てくれる人とさ。 |
| ラジオを馬鹿にする奴は、たいていは出ないね。 |
| アメリカの大統領でも、実はラジオをしっかり大事にしている。 |
| 日本の政治家はラジオを知らないね」(2007年6月15日『ずばり勝負』)。 |
| 「ゲストの人格は、『番組に出て下さい』と言った時の反応で分かるね。 |
| あーはいはい、って見下した反応とか、ひどいのになると無視するやつもいるからね。 |
| そういうやつは、こっちから二度と呼ばないよ。 |
| 政治家って恐いね。 |
| こちらのインスピレーションで一瞬で判断されてしまうし、もう一つはさっきとコロッて態度が変わるからさ」(2007年6月23日『朝まで勝負』)。 |
| 「『朝まで勝負』の最初に、いつも『君が代』を歌うんだけどさ、政治家の中には、胸に手を当てて歌う人がいるんだよな。 |
| 俺、あれ大嫌いでさ。 |
| なんかアメリカン・スタイルのような気がするからさ。 |
| 直立不動で歌う方が、俺は好きだけどね」(2007年6月23日『朝まで勝負』ゲストの鈴木宗男が、胸に手を当てて『君が代』を歌ったことに触れて)。 |
| 「俺、アメリカ好きだよ。 |
| 英語もできるし、調子いいからアメリカ人にも友達できるし、物価も安いからさ。 |
| だけど、俺、アメリカに永住したくないんだ。 |
| それは、アメリカって、とにかくマネーなんだよな。 |
| マネー・イズ・ベストなんだよ。 |
| 日本もモラルが無くなってきているけどさ、まだ日本人の方がさ、なんか良い人に思えるんだ」(2007年6月23日『朝まで勝負』)。 |
| 2009年6月19日の昼のゲストは、作家の佐藤優だった。 |
| 「ミッキーさん、3週間ぶりにゲストで呼んでくださいましたけど、ほおがこけてらっしゃって心配だなー」「3週間で15キロもやせた」「リスナーの皆さん、どうかミッキーさんに励ましのファックスを」と呼びかけると番組終了までに多くのファンからの励ましのメール、電話、ファックスが届いた。 |
| ミッキー安川の「勝負」シリーズ(アール・エフ・ラジオ日本)。 |
| ミッキー安川のずばり勝負。 |
| ミッキー安川の朝まで勝負。 |
| ミッキー安川のゴルフ放談。 |
| ミッキー安川の雑オロジー。 |
| ミッキー安川のヨコハマ今昔(新・旧2つあり)。 |