| 学生時代は日本大学文理学部文理レスリング連盟に所属し、学生プロレスラーとして活動していた。 |
| プエルトリコに渡りKAIENTAI-DOJOの一期生として練習を積んだ。 |
| 11月19日、Hi69を相手にデビュー。 |
| 他の選手にさきがけて帰国しFMWや全日本プロレスに参戦していた。 |
| 4月20日、KAIENTAI-DOJO旗揚げに参加。 |
| 5月24日、UWA世界ミドル級王座を獲得した。 |
| バジリスクメンバーとして小幡優作を襲撃したり、ときわ苑集会に乱入したり、山縣優に接吻しまっくたりと悪の限りを尽くす。 |
| JOEのハンサムぶりに目を付け、引き立て役に。 |
| 11月14日に開催されたGPWA興行にバジリスクのメンバーで出場した。 |
| 12月31日に開催されたインディーサミットに出場した。 |
| 5月19日、WMFに参戦しミスター雁之助、藤田峰雄らと共にKHM結成。 |
| 以降ユニットの主要メンバーとしてレギュラー参戦。 |
| 6月8日、KAIENTAI-DOJOを退団すると発表。 |
| 7月8日の大会まで参戦。 |
| 7月5日、ミスター雁之助自主興行「鬼神道」に、KHM総帥・藤田のセコンドとして参加。 |
| 7月9日、DDTに新木場大会よりシリーズ参戦。 |
| 8月8日、サムライTVの番組でDDTテックの社員(レスラーとしての立場は依然としてフリーのまま)になったことが明らかになった。 |
| 2月3日、DDT後楽園大会のKO-D無差別級選手権次期挑戦者決定ロイヤルランブルで優勝。 |
| 3月9日に現王者であり旧友であるHARASHIMAとタイトル戦を行うことが決定。 |
| 3月29日(深夜興行だったので正確には30日)DDT新木場大会で、男色ディーノからアイアンマンヘビーメタルのベルトを奪取。 |
| 5月6日、後楽園ホールで行われたマッスルハウス6に参戦。 |
| 自分に恨みを持つ(と後輩の大家健から紹介された)日大の現役学プロレスラー数名と、各1分という短い時間ながら拳を交えた。 |
| 7月18日に自身初の自主興行「ヤスうけあい」を開催。 |
| 8月7日DDT戦うビアガーデンにて、タッグパートナーであるKUDOと二人でプロデューサーを任される。 |
| 内容は、古巣の盟友MIYAWAKIを同じく親交の深いKUDOや矢郷良明と共にイジり倒す(MIYAWAKI自身は感謝の意を述べた)ものだった。 |
| 10月13日DDT札幌天下三分の計メインイベントで、「ThisisKAIENTAIルール」のレフェリーとして登場。 |
| RAVEカラーのK-DOJOジャージを着て90秒間試合を裁いた。 |
| 10月26日のDDT新宿FACE大会で姿を見せた謎のイタリア人、「PIZAみちのく」になぜか激しく反応。 |
| 高梨将弘率いる反乱軍のメンバー「反乱ソクラテス」として、DDTマットでイタリアンフォーホースメンとの抗争を開始。 |
| しかし抗争の決着が付かぬまま、11月30日DDT後楽園大会で「もうやりたくない」とこの抗争からの離脱を宣言。 |
| 以来イタリア軍絡みのカードは組まれていない。 |
| 12月22日に二回目の自主興行「ヤスみじかん」を開催。 |
| 1月3日のマッスルハウス7に出場。 |
| 自主興行にて対戦した澤宗紀とタッグを結成し、ワンデイトーナメントに参戦した。 |
| (ちなみに当初予定されていた、大家健との「日大殺法コンビ」はストーリーの展開上ご破算になっている)。 |
| 1月16日にDDTとの契約更改にて正式に入団契約。 |
| 2月よりDDT所属選手となることが決まった。 |
| 8月23日、DDT両国大会のKO-Dタッグ選手権4WAYマッチにKUDOとのタッグで参戦。 |
| ここでも「PIZAみちのく」になぜか激しく反応。 |
| いつのまにか入手したイタリアンパウダーでPIZAの視界を奪うとそのまま首固めでKO-Dタッグを奪取した。 |
| これ以降、2010年1月現在で5度の防衛に成功している。 |
| 10月15日、プロレスリングNOAHの日テレ杯争奪ジュニアヘビー級タッグリーグ戦に初参戦。 |
| 初日、小川良成からフォールを奪う大金星を獲得した。 |
| (タッグパートナーはディック東郷)。 |