| 宇宙暦767年生まれ。 |
| 5歳の時に実母であるカトリーヌ・ルクレール・ヤンが死亡。 |
| 星間交易船の船長であった父ヤン・タイロンの元、宇宙船内で育った。 |
| 早くから歴史研究家になることを志しており、商売人になる事を薦める父親を説得して歴史研究のために大学進学をすることを認めてもらった。 |
| しかしその直後に父親が事故死し、更に父親の蒐集していた美術品が全て贋作と鑑定された憂国騎士団がヤンの自宅を襲撃した際に損壊した壷が「親父の遺品で唯一本物だった」と話している。 |
| ため実質的な遺産がなく、無一文になってしまい、学費の捻出ができなくなってしまう。 |
| 15歳の時、無料で歴史を学べるという理由から、本来は他学科に入学できなかった者が入る学科である、同盟軍士官学校当時の校長は、後に統合作戦本部長となるシドニー・シトレであった。 |
| 戦史研究科に入学。 |
| しかし在学中に戦史研究科が廃止されることとなり、学科の存続に向けて運動した戦史研究科は士官学校の中でも劣等生コースであることから、参加者は極く少数に留まった。 |
| ものの結局戦史研究科は廃止され、退学すれば学費を返還せねばならないこともあり、ヤンは戦略研究科に転科せざるを得なかった。 |
| エリートコースである戦略研究科に転科させられたのは、最優等生であるマルコム・ワイドボーンとの戦闘シミュレーションにおいて勝利した事が影響している。 |
| このころから既に同盟軍はヤンの素質に対して一定の評価をしていた。 |
| 士官学校卒業後、同盟軍に少尉の階級で任官する。 |
| 志望動機が上述のとおりであり、10年勤め上げたら退役して退役軍人年金をもらうことしか考えていなかったことから、勤務態度は勤勉とは言えず「ごくつぶしのヤン」「無駄飯食いのヤン」などと呼ばれ評価は芳しいものではなかった。 |
| しかし宇宙暦788年(21歳/中尉)、惑星エル・ファシルから300万人の民間人を救出したことから評価が急転、少佐に昇進し、さらに「エル・ファシルの英雄」と賞賛されて世の注目を浴びることとなった。 |
| なお、この時、救出した民間人の中に、当時14歳だったフレデリカ・グリーンヒルがおり、後に妻となる。 |
| その後も、退役し歴史研究家になるという本人の意志とは裏腹に、最前線において武勲を重ね軍人として栄達していく。 |
| 宇宙暦796年、アスターテの会戦で負傷した艦隊司令官パエッタの後を受けて第2艦隊を指揮、初めてラインハルトと砲火を交え、その奇策で艦隊を全滅の危機から救った。 |
| なお、劇場アニメ版「わが征くは星の大海」では、795年の第4次ティアマト会戦において両者は対峙している。 |
| 大海でのヤンは戦艦ユリシーズに搭乗して単艦敵陣に潜入、同盟軍にとどめを刺そうとしたラインハルトの旗艦ブリュンヒルトの艦底に密着、ラインハルトを艦ごと人質に取る荒芸で味方が殲滅されるのを防いだ。 |
| アニメ版では、この一件でラインハルトとヤンは互いの名を知り、その存在を互いに意識した。 |
| アスターテ会戦より帰還後、政府及び軍部の思惑で少将に昇進、アスターテの残存兵力に新兵を加えて新たに編成された第13艦隊の初代司令官に任ぜられる。 |
| その規模は5400隻・将兵70万人で通常の1個艦隊のほぼ半分であり、半個艦隊と称された。 |
| また、この時にフレデリカ・グリーンヒルを副官に得た。 |
| 同年5月14日、第十三艦隊の最初の任務で、難攻不落といわれたイゼルローン要塞を術策によって陥落させ、中将に昇進。 |
| 第13艦隊も第2艦隊の残存兵力が加わり1個艦隊として再編成される。 |
| この功績から、「魔術師ヤン」「奇跡のヤン」と評されるようになった。 |
| 同年行われた「同盟軍の帝国領侵攻」で第5艦隊とともに帰還を果たした後大将に昇進、「イゼルローン要塞司令官・兼・イゼルローン駐留艦隊司令官・同盟軍最高幕僚会議議員」という身分を得てイゼルローン要塞に赴任する。 |
| 宇宙暦797年の救国軍事会議のクーデターでは、各地の反乱を鎮めながらハイネセンへと進攻し、同年5月18日のドーリア星域会戦でルグランジュ率いる第11艦隊を撃破、8月にはハイネセンの「アルテミスの首飾り」を破壊して軍事会議メンバーの戦意を挫きクーデターを鎮圧する。 |
| 宇宙暦798年のガイエスブルク要塞侵攻による第8次イゼルローン攻防戦では、直前にフェザーンの讒言を容れた同盟政府及び軍上層部の一部によって反乱の嫌疑を抱かれ、ハイネセンに召還され非公式の査問会にかけられる。 |
| この対応に嫌気が差し本気で軍を辞めるべく辞表を認めるも、それを提出する劇的な機会を得られぬうちに、ガイエスブルク要塞来襲の報をうけた同盟政府の発した防衛命令を受けてイゼルローンに戻る。 |
| 戦場では特攻を仕掛けるガイエスブルク要塞を破壊し、司令官のカール・グスタフ・ケンプを戦死させる。 |
| 宇宙暦799年、「ラグナロック作戦」の過程でイゼルローン要塞を放棄しハイネセンに帰還した時点で同盟軍史上最年少の元帥に昇進、同時に戦略・戦術面の自由な裁量を国防委員長のアイランズから保証され、艦隊を再編成して出動、様々な術策を駆使してカール・ロベルト・シュタインメッツ、ヘルムート・レンネンカンプ、アウグスト・ザムエル・ワーレンといった帝国艦隊を相手に次々に勝利し、バーミリオン星域会戦でもラインハルト・フォン・ローエングラムとナイトハルト・ミュラーを相手に圧倒的に優勢に戦いを進めた。 |
| しかしラインハルトの旗艦のブリュンヒルトを射程に収めたところで同盟政府の発した戦闘停止命令並びに無条件降伏の通達をうけ、シェーンコップら一部幕僚の攻撃続行の意見具申をも却下して戦闘を停止した。 |
| 戦闘を継続していればラインハルトを討ち取れる可能性もあったが、ヤンは戦闘停止の命令を受け入れることが民主主義の精神にかなっていると信じて、戦闘停止の命令を受け入れたのである。 |
| 停戦後に行われたラインハルトとの会談で、帝国元帥の座を用意して引き抜こうとした新皇帝ラインハルトの誘いを謝絶し、5月25日にバーラトの和約が締結されると退役、一市民として生きる道を選ぶ。 |
| 6月には副官であったフレデリカ・グリーンヒルと結婚した。 |
| 7月、オーベルシュタインとレンネンカンプの策謀により扇動された同盟政府に暗殺されかけるが、ヤン艦隊の仲間に救出され、逆にジョアン・レベロとレンネンカンプを拉致して同盟政府と交渉し、25日にハイネセンを脱出、一時的に身を隠す。 |
| 同年12月、エル・ファシル独立政府に身を寄せ、革命軍を組織してイゼルローン要塞を奪還。 |
| 宇宙暦800年の「回廊の戦い」でアーダルベルト・フォン・ファーレンハイト、カール・ロベルト・シュタインメッツを戦死させる等、着実な戦果を挙げて、皇帝ラインハルトより会見の為の一時講和を引き出す。 |
| その会談に向かう途上、地球教徒のテロリストに襲撃され、6月1日午前2時55分、ビーム銃による銃撃で左大腿部の動脈を損傷し出血多量を起こし死亡。 |