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プロフィール
- ユーライア・ヒープとは
- ユーライア・ヒープ以前
- 黎明期
- 全盛期
- ジョン・ウェットン加入
- デヴィッド・バイロン脱退〜ケン・ヘンズレー脱退
- 再始動
- 元グランプリ組加入〜リー・カースレイク脱退
- ラッセル・ギルブルック加入後
- ギター
- キーボード
- ヴォーカル
- ドラムス
- ベース
- スタジオ・アルバム
- 関連サイト
ユーライア・ヒープ(UriahHeep)は、イギリスのハード・ロック・プログレッシヴ・ロックバンド。ブリティッシュ・ロック、特にハードロックにおける主要バンドのひとつであり、1970年代前半が全盛期といわれる。1980年代半ばまではメンバーの入れ代わりが激しかったが、1986年以降は固定メンバーで活動。デビュー以来メンバーによるコーラスが特徴的であり、 レッド・ツェッペリンや ディープ・パープルらと同様にハードロックのパイオニア的バンドのひとつでもある。
ユーライア・ヒープ以前
| 1960年代中頃ミック・ボックス(ギター)が結成していたストーカーズにデヴィッド・バイロン(ヴォーカル)が加入。 |
| 1967年ストーカーズが解散し、ミック・ボックスとデヴィッド・バイロンの二人はスパイスを結成。 |
| 途中ポール・ニュートン(ベース)、アレックス・ネピアー(ドラムス)、ケン・ヘンズレー(オルガン・キーボード、リズムギター)を迎え、活動を行う。 |
黎明期
| 1970年スパイスがユーライア・ヒープに改名。 |
| 途中ドラマーをナイジェル・オルソンに変更するも、ファースト・アルバム『...ヴェリー・ヘヴィ・ヴェリー・ハンブル(''VERY'EAVY,VERY'UMBLE'')』を完成させ、ヴァーティゴ・レーベルからデビュー。 |
| ミック・ボックスは1995年版CDのライナーノーツに「スタジオに入った時は4人組のスパイスだったのに、出てきた時は5人組のユーライア・ヒープになっていた」と書いている。 |
| この改名は当時のマネージャー、ジェリー・ブロンの提案によるもので、ちょうど没後100周年でイギリス国内がディケンズ・ブームだったためにこの名前が目に留まったという。 |
| (『ユライア・ヒープ』は、ディケンズの小説『デイヴィッド・コパフィールド』の登場人物)アルバムのタイトルもディケンズの描写に由来し、heavy、humbleのhが落ちているのもヒープの喋り方を模しているため。 |
| ファースト・アルバムのツアーでは、短期間だけツアーに参加したナイジェル・オルソンに変わり、キース・ベイカーがドラムを務める。 |
| 1971年シンフォニックなセカンド・アルバム『ソールズベリー(''SALISBURY'')』を発表。 |
| 同年ドラマーをイアン・クラークに交替させ、ブロンズ・レーベルから代表作サード『対自核(''LOOKATYOURSELF'')』を発表。 |
全盛期
| 1972年ドラマーにリー・カースレイク、ベーシストにマーク・クラークを迎える。 |
| ツアーから参加したクラークはわずか3ヶ月在籍しただけで次作の制作レコーディング中に脱退。 |
| 後任ベーシストにニュージーランド出身のゲイリー・セインを加入して、ロジャー・ディーンをアート・ワークに起用した『悪魔と魔法使い(''DEMONSANDWIZARDS'')』発表。 |
| 続いて、同傾向の『魔の饗宴(''THEMAGICIAN'SBIRTHDAY'')』を発表。 |
| こちらもアート・ワークをロジャー・ディーンが行い、グループ史上で最も人気の高い作品として評価されている。 |
| 1973年3月に日本武道館を含む初来日公演を行う(5公演)。 |
| 同年『スウィート・フリーダム(''SWEETFREEDOM'')』発表。 |
| 1974年初期ヒープらしさを持った最後のアルバム『夢幻劇(''WONDERWORLD'')』発表。 |
| ゲイリー・セインはコンサート中に感電事故に遭い重傷を負う。 |
| グループに復帰はするものの薬物中毒から脱却することができずにグループはセインを解雇する。 |
ジョン・ウェットン加入
| 1975年、キング・クリムゾンのジョン・ウェットンが、レコーディングにベーシスト兼ヴォーカルとして加入し、アルバム『幻想への回帰(''RETURNTOFANTASY'')』を発表。 |
| グループにとって唯一の英国のアルバム・チャートトップ10入り作品となる最高位7位を記録している。 |
| 12月にゲイリー・セインがヘロインの過剰摂取の事故により死亡()。 |
| 1976年、曲作りの時点から参加したウェットンとヘンズレイと共作を含むスタジオ・アルバム『ハイ・アンド・マイティ(''HIGHANDMIGHTY'')』を発表、ウェットンがヘンズレイとリード・ヴォーカルをともにとる「ワン・ウェイ・オア・アナザー(''OneWayOrAnother'')」はシングルとしてリリースされた。 |
| また同年バンドはアルコール中毒の問題を抱えていたデヴィッド・バイロンを解雇。 |
| そしてジョン・ウェットンはUKの活動専念のためにグループを脱退している。 |
デヴィッド・バイロン脱退〜ケン・ヘンズレー脱退
| 1977年新ヴォーカリストにジョン・ロートン、新ベーシストにトレヴァー・ボルダーを迎え、『ファイアフライ(''FIREFLY'')』発表。 |
| 1978年ハード・ポップ色を色濃くした佳作『罪なきいけにえ(''INNOCENTVICTIM'')』発表。 |
| 再び散漫なアルバム『堕ちた天使(''FALLENANGEL'')』発表。 |
| 1979年に''FiveMiles''セッションでアルバム1枚分のマテリアルを残すものの、リー・カースレイクとジョン・ロートンが脱退し、幻のアルバムと化す(この時期の再発CD盤などで一部音源が聴ける)。 |
| 1980年ジョン・スローマンをヴォーカル、クリス・スレイドをドラムに迎えた『征服者(''CONQUEST'')』発表。 |
| 後にカナダ人キーボーディストのグレッグ・デシャートを迎え『シンク・イット・オーバー(''ThinkItOver'')』発表。 |
| アルバムも1枚分のマテリアルを残すものの未発表に終わる。 |
| トレヴァー・ボルダー、ジョン・スローマン、クリス・スレイド、グレッグ・デシャート脱退。 |
| その後、ユーライア・ヒープは活動停止状態へ。 |
| ミック・ボックスはミック・ボックス・バンドとして活動を続ける。 |
再始動
| 1980年ミック・ボックスの自身のバンドで活動を開始するもののレコーデイング契約に際し、一度消滅したユーライア・ヒープの名前が必要となりミック・ボックス・バンドよりユーライア・ヒープを再編することになる。 |
| 元ヘヴィ・メタル・キッズ~ライオンのジョン・シンクレア(キーボード)、トラピーズのピート・ゴールビー(ヴォーカル)が参加して約2年の停滞期間の後、オジー・オズボーン・バンドを脱退したリー・カースレイク(ドラムス)とボブ・デイズリー(ベース)を迎えたことによってレコーデイングにこぎつけられる様になりハードでキャッチーなアルバム『魔界再来(''ABOMINOG'')』(1982年発表)。 |
| PaulBliss作の"''That'stheWayThatItIs''"はアメリカでのシングル・ヒット曲となる。 |
| 1983年同メンバーでスタジオ・アルバム『ヘッド・ファースト(''HEADFIRST'')』発表。 |
| レコーディング後にボブ・デイズリーの後任にトレヴァー・ボルダーが復帰し、プロモーション・ツアーを行う。 |
| 1985年2月にオリジナル・メンバーのデヴィッド・バイロンがアルコール依存症にともなう肝硬変により死去()。 |
| 16作目のアルバムはブロンズ・レコードからではなく、CBS傘下のポートレイト・レーベル(日本ではエピック・レコード)から『イクウェイター(''EQUATOR'')』発表。 |
| ピート・ゴールビー、ジョン・シンクレアが同年脱退した。 |
元グランプリ組加入〜リー・カースレイク脱退
| 1986年かつて所属していたブロンズ・レーベル倒産。 |
| ヴォーカリストにステフ・フォンテイン、キーボーディストにフィル・ランゾンを迎えて活動再開。 |
| 11月にフォンテインを解雇し、ヴォーカリストをバーニー・ショウに変更し活動。 |
| 1988年新ラインナップで収録したライブ・アルバム『ライブ・イン・モスクワ(''LIVEINMOSCOW'')』発表。 |
| 1989年新ラインナップでは初となるスタジオ・アルバム『レイジング・サイレンス(''RAGINGSILENCE'')』発表。 |
| 1991年スタジオ・アルバム『ディファレント・ワールド(''DIFFERENTWORLD'')』発表。 |
| 1995年久々の傑作となるスタジオ・アルバム『シー・オブ・ライト(''SEAOFLIGHT'')』発表。 |
| 久々にアート・ワークはロジャー・ディーン。 |
| バーニー・ショウが喉の手術を行ったため、一部ツアーでは代役として、ジョン・ロートンが参加。 |
| 1998年スタジオ・アルバム『ソニック・オリガミ(''SONICORIGAMI'')』発表。 |
| 以降スタジオ・アルバムの発表は無かったが、毎年ライブ活動は継続して行っていた。 |
ラッセル・ギルブルック加入後
| 2007年健康上の理由からリー・カースレイクが脱退。 |
| 最も長続きした1986年からのラインナップが終わる。 |
| 2008年10年振りのスタジオ・アルバムとなる『ウェイク・ザ・スリーパー(''WAKETHESLEEPER'')』を発売。 |
| 2009年最新メンバーによる往年の名曲の新録+新曲2曲のデビュー40周年記念ベスト盤『CELEBRATION』発売。 |
| 2010年川崎クラブチッタにて19年ぶり三度目の来日。 |
| 2011年4月通算22枚目のスタジオ・アルバム『イントゥ・ザ・ワイルド(''INTOTHEWILD'')』をユニバーサル・ミュージックより発売 |
ギター
| ミック・ボックス(1970年-現在、ギタリスト兼リーダー、唯一のオリジナルメンバー、元スパイス)。 |
キーボード
| ケン・ヘンズレー1970年-1980年、初代オルガン・キーボード、リズムギター、元ゴッズ、元ヘッド・マシーン、元トー・ファット。 |
| グレッグ・デシャート1980年-1981年、二代目キーボード、元パルサー。 |
| 脱退後はデヴィッド・ギルモア・バンド、バッド・カンパニー。 |
| ジョン・シンクレア1981年-1985年、三代目キーボード、元ヘヴィ・メタル・キッズ、元ライオン。 |
| 脱退後はオジー・オズボーン・バンド。 |
| フィル・ランゾン(1986年-現在、四代目(現)オルガン・キーボード、元グランプリ)。 |
ベース
| ポール・ニュートン(1970年-1971年、初代ベーシスト、元ゴッズ)。 |
| マーク・クラーク1971年-1972年、二代目ベーシスト、元コロシアム。 |
| 脱退後はテンペスト、ナチュラル・ガス、レインボウ、ヘンリー・グロス・バンド、ビリー・スクワイヤー、イアン・ハンター・バンド、マウンテン、デイヴィー・ジョーンズ・バンド、コロシアム。 |
| ゲイリー・セイン(1972年-1975年、三代目(全盛期)ベーシスト、故人、元キーフ・ハートレー・バンド)。 |
| ジョン・ウェットン1975年-1976年、四代目ベーシスト兼ヴォーカリスト、元モーガル・スラッシュ、元ファミリー、元キング・クリムゾン、元ロキシー・ミュージック。 |
| 脱退後はブライアン・フェリー・バンド、U.K.、ウィッシュボーン・アッシュ、エイジア、ウェットン・マンザネラ,クァンゴ、ウェットン・ダウンズ、ソロ。 |
| トレヴァー・ボルダー1976年-1981年、1983年-現在、五代目、現ベーシスト、元スパイダーズ・フロム・マーズ。 |
| ボブ・デイズリー1981年-1983年、六代目ベーシスト、元カァーバス・ジュート、元チッキン・シャック、元ウィドウメイカー、元レインボウ、元オジー・オズボーン・バンド。 |
| 脱退後はオジー・オズボーン・バンド、ゲイリー・ムーア・バンド、ブラック・サバス、マザーズ・アーミー、カァーバス・ジュート、フーチー・クーチー・メン。 |
スタジオ・アルバム
| ...ヴェリー・ヘヴィ・ヴェリー・ハンブル(原題:''VERY'EAVY...VERY'UMBLE'')...1970年発表。 |
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1970年
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二代目ドラマー、元プラスチック・ペニー三代... |
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1972年
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二代目ベーシスト、元コロシアム |
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