| 1998年のNFLドラフトで1巡目上位で指名されることが期待されていたが、全体21番目でようやくミネソタ・バイキングスに指名された。 |
| これまでの素行の悪さが影響して彼の活躍に対して低い指名順位であった。 |
| 彼の指名を回避したチームの中にダラス・カウボーイズがあった。 |
| 彼はカウボーイズのファンとして育ち、同チームでプレーすることを望んでいた。 |
| カウボーイズはアルビン・ハーパーが退団した後のワイドレシーバーのタレントが不足していたが。 |
| 彼の指名が回避された理由としてカウボーイズのエースWRであるマイケル・アービンは自身のフィールド外でのトラブルがモスの指名をカウボーイズが避けることになったと謝罪している。 |
| モスを指名しなかったカウボーイズは手痛いしっぺ返しを食うこととなった。 |
| バイキングス在籍中の2004年まで5試合、オークランド・レイダーズに移籍した2005年の1試合とカウボーイズ相手の6試合で20回のキャッチで675ヤードを獲得、10タッチダウンをあげることになる。 |
| ドラフト指名後、彼はバイキングスと4年間450万ドル、出来高払いで最大400万ドルの契約を結んだ。 |
| 1年目の1998年は69回のキャッチでNFL3位の1,313ヤード(平均19ヤード)で、その年のNFCのオフェンスルーキープレイヤー・オブ・ザ・イヤーを受賞した。 |
| 開幕戦のタンパベイ・バッカニアーズ戦でブラッド・ジョンソンから11ヤードのパスをキャッチしたのを皮切りに4回のキャッチで95ヤードを獲得、2タッチダウンをあげて31-7の勝利に貢献した。 |
| 第5週、敵地ランボー・フィールドでのグリーンベイ・パッカーズとのマンデーナイトフットボールでは5回のキャッチで190ヤードを獲得、52ヤードと44ヤードの2本のタッチダウンを決めた他にも46ヤード、41ヤードのロングゲイン、オフェンスのホールディングの反則による取り消しがなければ75ヤードのタッチダウンも決めていたところであった。 |
| 全米に中継された感謝祭の日のダラス・カウボーイズ戦では3タッチダウン(いずれも50ヤード以上)をあげる活躍を見せた。 |
| またエルロイ・ハーシュ以来となる40ヤード以上のタッチダウンレシーブを10回、50ヤード以上のレシーブ、50ヤード以上のタッチダウンレシーブ5回のNFLタイ記録を達成した。 |
| チームはこの年、NFLトップの556得点(1試合あたり34.8得点)をあげてNFL最高の15勝1敗でシーズンを終えたがアトランタ・ファルコンズとのNFCチャンピオンシップゲームでオーバータイムの末、27-30で敗れ第33回スーパーボウル出場は逃した。 |
| 翌年行われたプロボウルではMVPを受賞している。 |
| 1999年11月14日にソルジャー・フィールドで行われたシカゴ・ベアーズ戦では自己最高の12回のキャッチで204ヤードを獲得し27-24でのオーバータイムでの勝利に貢献した。 |
| この年先発QBがランドール・カニンガムとジェフ・ジョージで定まらない中、彼は80回のキャッチで1,143ヤードを獲得、11タッチダウンをあげ2年連続でプロボウルに選ばれた。 |
| ワイルドカードプレーオフのダラス・カウボーイズ戦でも5回のキャッチで127ヤードを獲得、1タッチダウンをあげて27-10での勝利に貢献した。 |
| ディビジョナルプレーオフのセントルイス・ラムズ戦では9回のキャッチで188ヤードを獲得、2タッチダウンをあげたがチームは37-49で敗れた。 |
| その一方でオフィシャルへの暴行、ウォーターボトルの中身をぶちまけて、NFLから2度の罰金を命じられた。 |
| 2000年には新人QBのダンテ・カルペッパーがエースQBとなったが77回のキャッチで1,437ヤードを獲得、15タッチダウンをあげた。 |
| チームはこの年もNFCチャンピオンシップゲームに出場したがニューヨーク・ジャイアンツに0-41と惨敗し、彼はチーム批判を行った。 |
| シーズン終了後、翌2001年シーズンが契約最終年の彼は350万ドルの年俸を受け取る予定となっていたが、彼とその代理人は契約の見直し交渉を行いNFL史上最高額での契約を求めた。 |
| 7月のトレーニングキャンプが始まる直前、レッド・マコームズオーナーと彼は8年間7500万ドルの契約延長を果たした。 |
| 2002年1月10日、チームは前年シーズン途中にデニス・グリーンに代わって暫定ヘッドコーチを務めていたマイク・タイスを新ヘッドコーチとして迎えた。 |
| 彼はNFL3位の106回のキャッチでNFL2位の1,347ヤードを獲得し7タッチダウンをあげて4回目のプロボウルに選出されたが彼へのパスが40%以上を占めたゲームでは4勝1敗だったものの、そうでないゲームでチームは1勝10敗であった。 |
| 彼はその場で逮捕され車内からはマリファナが見つかった。 |
| 有罪となった彼は1200ドルの罰金と40時間の社会奉仕が命ぜられた。 |
| 2003年、彼はNFL2位の111回のキャッチで1,632ヤードを獲得し、NFLトップの17タッチダウンをあげたが最終週のアリゾナ・カージナルス戦で敗れて9勝7敗となりプレーオフを逃した。 |
| 2004年、開幕から5試合で8タッチダウンをあげたが、第6週のニューオーリンズ・セインツ戦でハムストリングを痛めた彼は第7週のテネシー・タイタンズ戦でそれまで続けていた連続パスレシーブ記録は101試合で途絶えた。 |