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ラースロー4世

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つながりの強いひと
イシュトヴァーン5世
ハンガリー王国アールパード朝の国王(在位:1270年-1272年)。ベーラ4世の子。バーベンベルク家断絶後のオーストリアを巡る取り決めでは、オーストリアはボ...
ラースロー1世
ハンガリーの国王(在位1077年–1095年)で、聖王とも称される。クロアチアやダルマチアにまでハンガリーの勢力を伸張させた。カトリック教会で聖人。
対立王
国内の王位継承問題が絡む事も多い。その為、他国を巻き込んだ内戦や継承戦争に発展する場合もある。13世紀には、神聖ローマ皇帝のいない「大空位時代」に発...
ベーラ4世
ハンガリー王国アールパード朝の国王(在位:1235年-1270年)。アンドラーシュ2世(エンドレ2世)の子。1235年、父の死去によって王位を継いだ。即位後は父王...
ラースロー3世
ハンガリー王国アールパード王朝の国王。イムレ1世の長男。母はアラゴン王女コンスタンサ(コンスタンツィア)。1204年、父の死により後を継いで即位したが、...
アールパード
マジャル人の首長。ハンガリーのアールパード朝初代の君主(在位:896年-907年)。ロシア南部にいたマジャル人の長であったが、テュルク系のペチェネグ族など...
マーリア
ハンガリー女王(在位:1382年-1385年、1386年-1395年)。ハンガリーとポーランドの王ラヨシュ1世の次女で、母はその2番目の妃エルジェーベト(エリザベタ・...
エル・シド
11世紀後半のレコンキスタで活躍したカスティーリャ王国の貴族。叙事詩『わがシッドの歌』の主人公としても知られる。
蘇我入鹿
飛鳥時代の政治家。大臣として大和朝廷の有力者であったが、大化の改新の前夜乙巳の変において討たれ、その後、蘇我氏が凋落するきっかけとなった。
オタカル2世
プシェミスル朝のボヘミア王(在位:1253年-1278年)。オーストリア公も兼ねた(在位:1251年-1278年)。ヴァーツラフ1世とドイツ王フィリップの娘クニグンデ...
プロフィール
  • ラースロー4世とは
ラースロー4世(IV.László,1262年-1290年7月10日)は、ハンガリー王国アールパード朝の国王(在位:1272年-1290年)。父はイシュトヴァーン5世。母はクマン族出身の女性。幼少の頃、大貴族のケーセギ・ヘンリクによって拉致されたことがある。父王は息子ラースローを取り戻すべくヘンリクを追跡したが、その追跡中の1272年、病のために急死した。ラースローは父の跡を継いでラースロー4世として即位することとなったが、1274年にヘンリクが対立する貴族チャーク家に暗殺されるまで ...
1269年 シチリア王カルロ1世の娘イザベッラ(エルジ...
1272年 病のために急死した
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