| テコンドーの技術の影響を受けたためか、後のプロの試合では、軸足をスライドさせながら放つ回し蹴りなどの影響が見られた。 |
| 1986年1月7日、ジョージア州で、シルベスター・キャッシュを下し、PKC全米ミドル級王座を獲得。 |
| 1987年4月16日、ジョージア州でジョン・モンカイヨを7RKOで下し、KICK世界スーパーミドル級王座を獲得した。 |
| 22歳のときに29戦目にしてアメリカ・ネバダ州ラスベガスで、チャンプア・ゲッソンリット(タイ)とローキックありのルール(3分5R)で対戦。 |
| ただし、肘打ちと膝蹴りは禁止で、ルーファスにとって初めてのローキック有りの試合だった。 |
| 初回にパンチで2度もダウンを奪うも、徐々にローキックを当てられ続け、右足を骨折してレフェリーストップによる4R1:23TKO負けした。 |
| 1989年7月20日、地元ミルウォーキーで行なわれたFFKAスーパーミドル級タイトルマッチでアンディ・メイヨと対戦。 |
| 3RKOで王座を獲得した。 |
| 1990年2月4日、ペンシルベニア州で行なわれたFFKAライトヘビー級タイトルマッチでケビン・ワーリーを判定で下し王座を獲得。 |
| 1990年8月19日、PKC全米ミドル級王座の防衛戦を行なうも、マレック・ピトロウスキー(ポーランド)に10R判定負けし、王座から陥落した。 |
| 1991年6月22日、イリノイ州シカゴで行なわれたISKAフルコンタクト&PKC世界ライトヘビー級ダブルタイトルマッチで、ピトロウスキー(王者)と再戦し、2RKO勝ちし両王座を獲得。 |
| 1991年、フランスで王座の防衛戦を行ない、ロブ・カーマンと対戦。 |
| ローキック禁止に慣れないカーマンは思うように試合運びができず、ルーファスはパンチによるボディー攻撃で1Rにダウンを奪うと、2RにパンチでKO勝ちし、防衛に成功した。 |
| 1994年1月22日、アメリカ合衆国ネバダ州で行なわれた初代IKFプロフルコンタクト世界ライトヘビー級王者決定戦で、マイケル・マクドナルド(カナダ)を1R0:43でKOで下し初代王者となった。 |
| 1994年3月27日、カナダのモントリールで行なわれたPKC世界ライトヘビー級タイトルマッチでジャン・イヴ・テリオーと対戦。 |
| テリオーはローキック無しのフルコンタクトルールでは非常に名の知れたキックボクサーだった。 |
| 4R目に左フックでダウンを奪われるも、その後は終始パンチと勢いを活かしたコンビネーションで12R3-0の判定勝ちで王座の防衛に成功した。 |
| 1994年11月、フランスで行なわれたISKAフルコンタクト世界ライトヘビー級王座(2分12R)の防衛戦で、アーネスト・ホーストと対戦。 |
| ホーストとは2度目の対戦だった。 |
| 9Rにパンチでスタンディングダウンを奪われると、11Rに右ハイキックを受けてKO負けした。 |
| 負けたルーファスは失神してしばらく立ち上がれないほどダメージを負っており、酸素マスクが必要なほどだった。 |
| 1996年6月1日、イゴール・シャラポフを5RTKOで下し、ISKAフルコンタクト世界ヘビー級王座を獲得。 |
| 1996年8月10日、ショーン・マクレインを4RTKOで下し、WBC米大陸クルーザー級王座を獲得。 |
| 自身初のボクシングの王座獲得に成功した。 |
| 1997年2月22日、USBAクルーザー級王座決定戦で、後にIBF世界クルーザー級王者になり、K-1にも参戦したアーサー・ウィリアムスと対戦。 |
| 4RTKO負けし王座獲得に失敗した。 |
| 1997年9月7日、「K-1GRANDPRIX'97開幕戦」でK-1に初参戦を果たした。 |
| ジェロム・レ・バンナと対戦し、レフェリーストップによるTKO負けを喫したが、バックハンドブローにダウンを奪う健闘を見せた。 |
| 1998年、IKFプロインターナショナル世界ヘビー級王者に転向し、初代王者に認定された。 |
| これは、IKFのルールにある「挑戦者が3年以上現れない」などの特定の条件を満たしたためである。 |
| この年に長女が生まれた。 |
| 1999年5月14日、アメリカ合衆国・マサチューセッツ州で防衛戦を行ない、スタン・ザ・マン(オーストラリア)を9RTKOで下し同王座の初防衛に成功した。 |
| 2001年11月30日、デール・ブラウンに9RTKO負けし、ボクシングから完全に引退した。 |
| 2人の子供が生まれる。 |
| 2002年5月3日、「K-1WORLDGP2002世界地区予選ラスベガス大会」に出場。 |
| 1回戦でカート・ハスレイを、準決勝でデューウィー・クーパーをそれぞれ3R判定3-0で下すと、決勝戦でマイケル・マクドナルドと対戦。 |
| 両者は今回が2戦目だった。 |
| 3R判定で引き分けになり、延長ラウンドに入ったが、試合中に左ひざを痛めたため、試合続行が不可能となりTKO負けになった。 |
| 2003年9月29日、IKFに正式に引退届けを提出(ただし、その後もIKF以外の試合には出場し続けている)、タイトルは返上された。 |
| その後アリゾナ州テンピに引越し、「ルーファス・キックボクシング・センター」を開設し、後進の育成・指導を始めた。 |
| 2004年8月7日、米国ネバダ州ラスベガスで行なわれた「K-1WORLDGP2004inLASVEGAS」のスーパーファイトで曙と対戦。 |
| 曙がプッシングを繰り返し減点されたため、3R判定3-0で勝利した。 |
| 2005年4月30日、「K-1WORLDGP2005inLASVEGAS」で武蔵と対戦。 |
| 3R判定1-2で敗れた。 |
| 2008年2月23日、総合格闘技デビューとなるStrikeforceでモーリス・スミスと対戦し、チキンウィングアームロックで一本負けを喫した。 |