| 2001年6月24日、日本で初の試合。 |
| K-1参戦後2戦目でレイ・セフォーにTKO勝ちし、脚光を浴びる。 |
| 2003年10月11日、K-1WORLDGP開幕戦でボブ・サップと対戦。 |
| ロー、ミドル、ハイなどでダメージを与え、ダウンを奪うが、ボンヤスキーがスリップした時にサップに攻撃を受け試合続行不可能となったため、反則勝ちで決勝トーナメントに駒を進める。 |
| 2003年12月6日、WGP決勝トーナメント準々決勝でピーター・グラハムを跳び膝蹴りで1RKO勝ち。 |
| 準決勝でシリル・アビディをまたしても膝蹴りで1RKO勝ち。 |
| そして決勝で武蔵を判定で破り、初優勝を果たした(ムエタイの選手としても初)。 |
| 2004年5月30日、一撃キックルールでフランシスコ・フィリォと対戦し、ダウンを奪われて判定負け。 |
| 2004年9月25日、曙にハイキックでKO勝ち。 |
| 2004年12月4日、WGP決勝大会の準々決勝でアーネスト・ホーストと対戦し、延長判定勝ち。 |
| 続く準決勝でフランソワ・"ザ・ホワイトバッファロー"・ボタと対戦。 |
| 1Rと2Rはボタのボディブローの連打に圧倒され、最終第3Rも圧倒されていたが試合終了直前にハイキックでダウンを奪い、判定勝ち。 |
| 決勝戦では武蔵に判定勝ちで2連覇を果たした。 |
| 2005年4月30日、K-1ラスベガス大会でマイティ・モーから右フックでダウンを奪われ判定負け。 |
| 決勝GPの準々決勝ではチェ・ホンマンを判定で下すも、準決勝でセーム・シュルトに膝蹴りに苦しみ1RKO負け。 |
| 試合後、「4週間ぐらい前に怪我をしたところを攻められた。 |
| 精神面じゃなく肉体面が敗因だ」、「王者のプレッシャーから解放された」とコメントした。 |
| 2005年12月31日、K-1PREMIUM2005Dynamite!!にてザ・プレデターと対戦。 |
| 判定2-1で判定勝ち。 |
| 試合後、「12月のグランプリでの左足の負傷がまだ癒えておらず、思うように蹴れなかった」とコメントしている。 |
| 2006年5月13日、K-1アムステルダム大会のスーパーファイトでジェロム・レ・バンナと対戦。 |
| 一度は2-0の判定勝ちと宣告された。 |
| その後、バンナ側の抗議により、6月30日付で0-3の判定負けと記録が変更された |
| 同年7月30日、札幌大会で昨年ダウンを奪われ判定負けを喫したマイティ・モーとリベンジマッチを行う。 |
| ダウンこそ奪えなかったがローキックなどでダメージを与え判定勝ち。 |
| 開幕戦ではピーター・アーツと対戦予定だったが、アーツが病気で欠場したため、試合の2日前に代役で出場が決まったゲーリー・グッドリッジと対戦し、KOで下し決勝大会への切符を手に入れる。 |
| 決勝GPではステファン"ブリッツ"レコに2度の金的を受けるアクシデントに苦しみながらも、カウンターでダウンを奪い判定勝ち。 |
| だが金的のダメージが残っていたため、準決勝を棄権した。 |
| 2007年4月28日、K-1WORLDGP2007inHAWAIIのスーパーファイトにてグラウベ・フェイトーザと初対戦し、2-0の判定勝ち。 |
| 2007年8月、ミルコ・クロコップのチーム・クロコップのトレーニングにスパーリング・パートナーとして参加。 |
| 2007年9月29日、K-1WORLDGP2007INSEOULFINAL16にてステファン"ブリッツ"レコと対戦し、右跳び膝蹴りでKO勝ち。 |
| 2007年12月8日、K-1WORLDGP2007FINALの準々決勝でバダ・ハリに判定勝ちするも、準決勝でピーター・アーツに判定負け。 |
| 2008年4月26日、K-1WORLDGP2008INAMSTERDAMのスーパーファイトにてメルヴィン・マヌーフにKO勝ち。 |
| 2008年7月13日、K-1WORLDGP2008INTAIPEIのスーパーファイトでヴォルク・アターエフと対戦し、3RKO勝ち。 |
| 2008年9月27日、K-1WORLDGP2008INSEOULFINAL16でポール・スロウィンスキーと対戦し、判定勝ち。 |
| しかし不可解な判定に試合後スロウィンスキーは判定に不服を唱えていた。 |
| 2008年12月6日、K-1WORLDGP2008FINALの準々決勝でジェロム・レ・バンナに3RドクターストップTKO勝利、準決勝でグーカン・サキに2RKO勝利を収め、決勝でバダ・ハリと対戦する。 |
| 1Rにハリからダウンを奪ったものの、2Rに足を掴まれ倒されたところにハリの反則攻撃(倒れた相手へのパンチと踏みつけ)が当たり、ダメージ回復のため試合が中断され、レミーはダブルビジョン(物が二重に見えること)を訴える。 |
| 結局ハリがこの反則行為によって失格負けとなり、レミーが4年ぶり3度目のGP王者となった。 |
| 対戦相手のハリは反則攻撃後のボンヤスキーの一連の行動に対して「演技」の可能性を指摘した。 |
| それに対して当のボンヤスキーは、その翌日のインタビューにおいて、一夜を越して起きてもまだダブルビジョンと頭痛が治まっていなかったという旨のことを述べている |
| 2009年3月28日、K-1WORLDGP2009INYOKOHAMAでアリスター・オーフレイムと対戦。 |
| 1R、2Rとプレッシャーをかけ続けるアリスターにペースを握られるも、3Rにダウンを奪い判定勝ち。 |
| しかし、K-1プロデューサーの谷川貞治は「アリスターの勝ちですね。 |
| 2Rもアリスターのポイントで良いと思いますし、ダウン以外は全てアリスターが勝っていました」とコメントした |
| 試合後の会見で2日前に膝の裏側の筋を痛め歩行も困難な状態になり、試合当日は鎮痛剤を打って試合をしたことを告白した。 |
| 2009年9月26日、K-1WORLDGP2009INSEOULFINAL16でメルヴィン・マヌーフと対戦し、判定勝ち。 |
| 2009年12月5日、K-1WORLDGP2009FINALの準々決勝でエロール・ジマーマンに判定勝ち。 |
| 準決勝でセーム・シュルトと対戦し、1R開始直後に左フックでダウンを奪い、あわやというところで2度のダウンを奪い返されてKO負けし、連覇ならず。 |
| 2010年8月、網膜剥離の手術を受け、成功した |