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ジョン・メイナード・ケインズ
師匠
イギリス生まれの経済学者、ジャーナリスト、思想家、投資家、官僚。イングランド、ケンブリッジ出身。20世紀学問史において最重要人物の一人とされる。経済... |
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置塩信雄
置塩信雄(おきしおのぶお、1927年1月2日-2003年11月8日)は日本の経済学者。神戸大学名誉教授。専門はマルクス経済学、理論経済学。経済学博士(神戸大学、1... |
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ケインズサーカス
ジョン・メイナード・ケインズが一般理論を立脚させるために指揮した若手学者集団。このサーカスに関係した経済学者はいずれも世界的経済学者となった、多数... |
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ジョン・ヒックス
英国の経済学者。現在のミクロ経済学・マクロ経済学の全域に貢献した。ケインズサーカスの関係者である。爵位を賜ったことと学問的業績に敬意を表して「ヒッ... |
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ニコラス・カルドア
ニコラス・カルドア(NicholasKaldor,1908年5月12日-1986年9月30日)はハンガリー生まれのイギリスの大経済学者。ハンガリー名はカールドル・ミクローシュ(K... |
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アーサー・セシル・ピグー
イギリスの経済学者。経済学者アルフレッド・マーシャルの後継者であり、「厚生経済学」と呼ばれる分野の確立者として知られる(その名称は、彼の主著『厚生... |
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ジョーン・ロビンソン
イギリスの経済学者。夫は経済学者のオースティン・ロビンソン。エリノア・オストロムが2009年に受賞するまでノーベル経済学賞候補になった唯一の女性と言わ... |
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アバ・ラーナー
アバ・ラーナー(AbbaPtachyaLerner、1903年10月28日-1982年10月27日)はアメリカ合衆国の経済学者。ベッサラビアで生まれたが、3歳のときに家族でロンドンに... |
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デヴィッド・リカード
デヴィッド・リカード(DavidRicardo、1772年4月19日-1823年9月11日)は自由貿易を擁護する理論を唱えたイギリスの経済学者。各国が比較優位に立つ産品を重点... |
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マックス・ヴァインライヒ
クールラント出身のユダヤ教徒のイディッシュ語学・言語学者。高名な言語学者ウリエル・ヴァインライヒの父でもある。1925年、ヴィルナのイディッシュ科学研... |
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カール・マリア・フォン・ウェーバー
一般には上記のドイツ読みとウェーバーという表記が混在して用いられている。モーツァルトによるドイツオペラの伝統を継承し、自らの『魔弾の射手』によって... |
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ピエロ・スラッファ
イタリア出身の経済学者。ケンブリッジ大学などで教授を務めた。ケインズサーカスの一員、カフェテリア・グループの一人。 |
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トマス・ロバート・マルサス
イギリスサリー州出身の経済学者。古典派経済学を代表する経済学者で、過少消費説、有効需要説を唱えた人物として知られる。 |
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ミハウ・カレツキ
ポーランドの経済学者。マルクス経済学がはじめて提示した概念である剰余価値の概念から資本主義の本質であるマクロ経済学の経済変動理論および有効需要を発... |
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ジェイムズ・ミード
イギリスのケインズ学派の国際経済学者。ジョン・メイナード・ケインズのケインズ経済学とジョン・ヒックスの一般均衡理論を国際経済学の分析に適用して、国... |
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吉川洋
吉川洋(よしかわひろし、1951年6月30日-)は日本の経済学者、東京大学教授。専攻はマクロ経済学。Ph.D.(イェール大学、1978年)。東京都出身。 |
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ポール・サミュエルソン
アメリカを代表する近代経済学者。ケインズ経済学と新古典派経済学を総合する新古典派総合の理論を確立する。著書『経済学』は長らく近代経済学の基本的教科... |
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リチャード・ストーン
イギリスの経済学者。1984年に国民経済計算体系の開発とそれに基づく経験主義的経済分析の基礎の改良が称えられ、アルフレッド・ノーベル記念経済学スウェー... |
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プロフィール
ロイ・ハロッド(RoyForbesHarrod、1900年2月13日-1978年3月8日)は、イギリスの経済学者。 ジョン・メイナード・ケインズの弟子であり、ポスト・ケインジアンの一人。オックスフォード大学で長く教授を務めた。 ケインズ経済学の動学化を行い、エブセイ・ドーマーと別々に発表した経済成長論のモデルは、後に「ハロッド・ドーマーモデル」として一般化された。また、国際経済学・不完全競争理論の分野でも業績がある。
略歴
| 1900年 父ヘンリー・ドオズ・ハロッドと母フランソワ・マリー・デジレ・ハロッドの一人息子としてNorfolkに生まれる。 |
| 1914年 ウェストミンスター・スクールに入学。 |
| 1918年 在学中、志願して第1次世界大戦に従軍するも、まもなく休戦。 |
| 1919年 オクスフォード大学ニュー・カレッジに入る。 |
| 1922年 オクスフォード大学卒業(在学中、「ブルームズべリ・グループ」の会員達に影響を受ける)。 |
| 1922年 オクスフォード大学クライスト・チャーチの講師に就任、のちケインズを訪問。 |
| 1924年 オクスフォード大学クライスト・チャーチのスチューデント(フェローに相当)になる。 |
| 1927年 最初の論文「銀行政策に関するロバートソン氏の見解」発表。 |
| 1929年 経済学の講師(1937年まで)。 |
| 1933年 最初の著書『国際経済学』を出版 。 |
| 1935年 ケインズの『一般理論』校正に意見を述べる。 |
| 1938年 ナッフィールド・カレッジのフェローとなる。 |
| 1938年 ウィルヘルミナ・クレスウェルと結婚。 |
| 1940年 戦時中、総理大臣官房に勤務(1942年まで)。 |
| 1943年 海軍省統計顧問となる。 |
| 1945年 ケインズの後を受けて、『エコノミックス・ジャーナル』の編集者となる。 |
| 1946年 オクスフォード大学の経済学講師に復帰。 |
| 1954年 ふたたび、ナッフィールド・カレッジのフェローとなる。 |
| 1958年 ナッフィールド・カレッジの名誉フェローとなる。 |
| 1962年 王立経済学会の会長に就任。 |
| 1967年 オクスフォード大学クライスト・チャーチのスチューデントを退き、名誉スチューデントとなる。 |
| 1978年 死去(78歳) 。 |
日本語訳著書
| 『ハロッド國際經濟學』、藤井茂訳、実業之日本社,1943年(改訂版1958年、全訂新版1976年。 |
| 『動態經濟學序説』、高橋長太郎・鈴木諒一訳、有斐閣、1953年。 |
| 『ポンド・スターリング』、東京銀行調査部訳、実業之日本社、1953年。 |
| 『ケインズ伝』、塩野谷九十九訳、東洋経済新報社、1954年(改訳版1967年)。 |
| 『景気循環論――一試論』、宮崎義一・浅野栄一訳、東洋経済新報社、1955年(新版1972年)。 |
| 『ドル』、東京銀行調査部訳、実業之日本社、1955年。 |
| 『現代のポンド』、東京銀行調査部訳、至誠堂、1959年。 |
| 『安定成長の通貨政策』、村野孝・海老沢道進訳、至誠堂、1960年。 |
| 『景気変動と国際金融――応用動態経済学論集』、塩野谷九十九訳、東洋経済新報社、1963年。 |
| 『国際通貨改革論』、堀江薫雄監訳、日本経済新聞社、1966年。 |
| 『新しい経済政策』、館龍一郎監訳、竹内書店、1969年。 |
| 『貨幣――歴史・理論・政策』、塩野谷九十九訳、東洋経済新報社、1974年。 |
| 『社会科学とは何か』、清水幾太郎訳、岩波書店[岩波新書]、1975年。 |
| 『経済動学』、宮崎義一訳、丸善、1976年。 |
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