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大阪NSCでは12期が同期にあたる。
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タモリのSuperボキャブラ天国には「ボキャブラ発表会 ザ・ヒットパレード」のコーナーに出演。
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芸人がネタの評価を競うスタイルが後に人気となるが、その初期の出演者の1組だった。
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ネタには(オチのフレーズが)長文のものが多く、高評価を得ることもあった。
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番組内で独自に付けられる芸人別のキャッチフレーズは「くいだおれパンクス」。
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CX深夜の帯番組、
ウッチャンナンチャン司会の「UN FACTORY カボスケ」でたくさん出演していた若手の中から際立った目立ち方でウンナンから引き立てられて売れ始めた。
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以後、異例のスピードで大ブレイク。
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デビュー2年にしてオールナイトニッポン2部パーソナリティとなる。
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以後多くの番組で「仕切り」のポジションに立ち、若くして冠番組を多数持つようになる。
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奇しくも、吉本興業に入った頃のインタビューで淳は将来の夢として「オールナイトニッポンのパーソナリティをやりたい」と語っている。
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1号2号」というのはコンビ名としての表現であり、「どちらが1号でどちらが2号ですか?」と聞かれる事を狙ったもので、実際に「1号」「2号」の区別がある訳ではない。
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ただし、結成当初は年上の亮が1号、年下の淳が2号を名乗っていた。
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弁が立ちリーダシップを取る事の多いテクニシャン型の淳が1号、自らも実践する格闘マニアであるパワーファイター型の亮が2号だと思われがちだが間違いである。
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ブレイク直後は素人をいじる企画などを得意としていたが、近年は芸能人をいじる企画にシフトしている。
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本来のスタイルは淳がボケ、亮がツッコミだったが、最近では淳が仕切り及びツッコミ、亮が天然ボケに変わっている。
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典型的な例として、2008年放送の史上空前!! 笑いの祭典 ザ・ドリームマッチにて淳がツッコミ、亮がボケにまわった事例が挙げられる。
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亮は大阪出身であるが東京吉本デビューの為か、標準語と関西弁が半々であり、ツッコミの「それ、あかんだろ」等の東西チャンポンのツッコミは同業者がたまに真似る。
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デビュー直後、まだキャラクターを模索中の頃は淳も関西弁を使っていた時期があった。
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2000〜2002年、歌手としてエイベックスから3枚のシングルを発売した。
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また吉本芸人のユニット「Re:Japan」に参加し、2001年のNHK紅白歌合戦に出場を果たした。
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以前、淳は3ヵ月家賃を払ってなかった為、亮宅に同居していた(押入れの中に入れてもらったといわれる)。
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木曜深夜に3局でメイン番組を持ったことがある。
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(『
ぷらちなロンドンブーツ』(テレビ朝日系/1997年10月〜2002年9月)→『ロンロバ!全力投球・金メダル』(TBS系/2003年10月〜2004年9月)→『嗚呼!花の料理人』(日本テレビ系/2006年4月〜2008年9月))。
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初期の頃はロックバンド『KATZE』と同じ事務所に所属していた。