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プロフィール
- ローレンス・サマーズとは
- 生い立ち
- 経済学者として
- 世銀、財務省、ハーバード大学学長
- サマーズ・メモ
- 財務長官時代
- ハーバード大学学長就任当初
- 男女間の能力に関する発言
- 学長不信任案の可決
- 批判と擁護
- 関連サイト
ローレンス・ヘンリー・サマーズ(LawrenceHenrySummers,1954年11月30日-)はアメリカの経済学者、政治家。クリントン政権後半期に第71代アメリカ合衆国財務長官(在任、1999年-2001年)を務めた。財務長官退任後はハーバード大学学長を務めていたが、2005年に女性が統計的に数学と科学の最高レベルでの研究に対してより少ない適性を持つかも知れないと推測した発言が引き起こした論争によって、学長を辞任した。2009年、 オバマ政権の国家経済会議(NEC)委員長に就任(2010年末に辞任)。
生い立ち
| 1954年11月30日コネチカット州ニューヘイブンに経済学者で、ペンシルベニア大学教授の両親の子として生まれる。 |
| 家系は東欧系ユダヤ人移民。 |
| ノーベル経済学賞受賞者のポール・サミュエルソンは父ロバート・サマーズ(サミュエルソンから、サマーズに改姓)の兄弟、ケネス・アローは母の兄弟に当たる。 |
| 幼年期の多くをペンシルベニア州ペン・バリー(PennValley)で過ごす。 |
| その後フィラデルフィア郊外のハリトン高等学校(HarritonHighSchool)に学んだ。 |
| 1970年16歳でマサチューセッツ工科大学(MIT)に入学する。 |
| 当初は物理学を専攻するが、1975年に経済学部に移る。 |
| また、MITディベートチームの会員として活動した。 |
| MIT卒業後、ハーバード大学大学院に進み、マーチン・フェルドスタイン(MartinFeldstein)の下で学び、1982年博士号を取得する。 |
| かくして、MIT、ハーバード双方で教壇に立つ資格を得たサマーズは、1983年に、28歳の若さでハーバード大学史上最年少の教授となった。 |
経済学者として
| 研究者としてのサマーズは、経済学の多くの分野でめざましい業績を上げた。 |
| その分野とは、財政学、労働経済学、金融経済学そして、マクロ経済学である。 |
| 以上の分野と比較すれば貢献度は低いものの、国際経済学、経済における人口統計学、経済史、開発経済の分野についても論文を発表している。 |
| サマーズの研究手法は、経験的な経済データの分析を重視したものである。 |
| 例としては、貯蓄が税控除後の利率を制御するか、などの命題がある。 |
| サマーズの業績に対しては、1987年に、社会科学系の学者としては最初に、アメリカ国立科学財団からアラン・T・ウォーターマン賞を、1993年に、アメリカ経済学会からジョン・ベイツ・クラーク賞をそれぞれ授与された。 |
| サマーズは全米科学アカデミーの会員でもある。 |
世銀、財務省、ハーバード大学学長
| 1991年に、ハーバード大学教授を辞し、世界銀行上級副総裁(世界銀行チーフエコノミスト)に就任する。 |
| 1993年に、クリントン政権が成立するとアメリカ合衆国財務省に移り、財務次官。 |
| 1995年に、財務副長官に。 |
| 日本でも榊原英資との円高是正の協調介入で知られている。 |
| 1999年7月に、ロバート・ルービンの辞任に伴い、後任の財務長官に就任する。 |
| 財務長官として国内の経済・財政政策や日本などの対外経済関係、通貨危機などの国際経済を担当した。 |
| 2001年に、ジョージ・ウォーカー・ブッシュ政権成立に伴い、ハーバード大学に学長として復帰した。 |
| 2006年に、女性が科学で優秀な成績をあげられないのは素質の差だと受け止められる発言をして大学の内外から激しい批判を浴び、同年6月30日に学長を辞任した。 |
| 2008年春学期より教職に復帰し、ハーバード・カレッジおよびハーバード・ケネディ・スクールの学生を対象に、グローバリゼーションについての講座を受け持った。 |
| 2009年、オバマ政権でアメリカ合衆国国家経済会議委員長に就任したものの、2010年末に辞任。 |
| 2011年からは、ハーバード・ケネディ・スクールで教鞭を執り、教職生活に戻っている。 |
サマーズ・メモ
| 1991年12月に、世界銀行チーフエコノミストの時期に、あくまで内部文書という意識で「グローバル経済展望」というタイトルでサマーズ・メモ(Summersmemo)と呼ばれる長文のメモランダムを書いた。 |
| そのメモの大意を要約すると「世界銀行は、公害産業を開発途上国にもっと移転することを推奨すべきである。 |
| 」というものである。 |
| サマーズ・メモは大別して以下の3つの論点からなる。 |
| 環境汚染によるコストは、健康被害による死亡や傷害のおかげで受けとる機会を失う稼得額に依存するが、最貧国においては低コストで済む。 |
| 環境汚染によるコストは、環境汚染が増大することによって当然、上昇する。 |
| したがって汚染を既に汚染が進んでいる国からまだ汚染されていない国に移すことは、コストの低減を意味する。 |
| 所得水準が上昇すると、環境に対する意識が高まるので、汚染物質の処分にコストが一層かかる。 |
| 故に環境汚染が経済先進地域から貧困地域へ移るならば、コストは低下する。 |
| サマーズは経済学の論理からすれば、有毒廃棄物を最低賃金国に投棄(dump)することは反論の余地のない提案であって、われわれはこの真理に直面しなければならないとメモに記した。 |
| 当然、このメモの内容は内外で大きな反響を招いた。 |
| サマーズ・メモに対する第一の批判は環境保護論の立場からでグリーンピースなどはサマーズの辞任を求めた他、ブラジルのホセ・ルッツェンベルガー環境相は「経済学者の横柄な無知」と批判した。 |
| 第二の批判は、サマーズのみならず世界銀行のエコノミストが新自由主義に基づく経済政策を世界レベルで押しつけているのであって、サマーズ・メモをアメリカを頂点とする世界経済システムの一表象として、世銀副総裁であるサマーズに発言を続行させて新自由主義が持つ問題点をあぶり出すことを求める見解であった。 |
| 世界銀行とサマーズは、メモについては、あくまでもサマーズ個人の立場からの発言であり、世界銀行の立場を公式的に現したものではない。 |
| サマーズ・メモは皮肉な対位法の意味で示されたと弁明したが、いずれにしても、世銀及びサマーズにとっては著しい不名誉ではあった。 |
財務長官時代
| 財務長官時代のエピソードとして、「サマーズに謙そんを求めるのは、マドンナに貞操を期待するようなもの」と評されたように傲岸さを批判されている。 |
| 財務次官、副長官時代であるが、1994年のメキシコ通貨危機、1997年に、タイから始まった金融危機に際しては、国際通貨基金と密接な連携をとり事態を収拾したが、この際、アメリカ合衆国議会で事態収拾に向けて、答弁にたった際は、多くの議員から「議会に対する敬意が無い」と不評を買っている。 |
| 中国重視の姿勢をとったクリントン政権の中で、対外経済関係を担当したため、日本政府に対しては、減税や銀行への公的資金投入の必要性について、内政干渉に近い形で要求してきた。 |
ハーバード大学学長就任当初
| 自由貿易とグローバリゼーションを熱心に支持し、アメリカン・ブロードキャスティング・カンパニーによると自らの立場を中道左派と称している思想的傾向に加え、尊大な性格もあって、ハーバード大学学長に就任直後から、大学経営をめぐり特に人文科学、社会科学系の教授・学生などとの対立に直面した。 |
| 2001年秋、サマーズとハーバード大学芸術科学部アフリカン・アメリカン講座のコーネル・ウェスト:en:CornelWest教授の対立が顕在化した。 |
| サマーズは私的な会合の中でウェストに対して批判した。 |
| その結果、ウェストは激怒し、「私は自由で自尊心を持つ黒人だ。 |
| あのような態度は我慢ならない」との言葉を残してハーバード大学を辞め、プリンストン大学へ移った。 |
| ウェストが2004年に著した「民主主義の本質」(''DemocracyMatters'')では、サマーズを「無節操なパワープレーヤー」と呼んで批判している。 |
男女間の能力に関する発言
| 2005年1月に全米経済研究所の後援によって開かれた会議にハーバードの学長としてではなく経済学者として招待され、科学と工学分野の高位レベルの研究者(アメリカの上位25大学の研究者のような、国民の5000人から1万人中の上位1人というレベル)に男性が多いことへの説明として三つの仮説を提示した |
| #男性の方が女性よりも、困難な仕事が要求する時間的拘束や融通性を受け入れる傾向がある。 |
| 高位にいる女性は結婚していないか子供がいない率が明らかに高い。 |
| #次に、論争的ではあるが、極端なレベルにおける男性と女性の本質的な能力の違い。 |
| 科学と工学への関心の傾向、能力、或いは好みは男性の間のほうが広い分布が見られる(つまり男性の方が非常に得意/非常に不得意の間のばらつきが大きい)。 |
| #親の養育態度のような社会化や差別。 |
| サマーズによればこの順に相対的な重要度が高い。 |
| サマーズは「規範を述べているのではなく、完全に説明的に話して」おり、「挑発を目的としていた」と述べた。 |
| 女性差別であるという告発を引き起こしたのは二つ目の仮説であった。 |
| サマーズはまた自閉症のかつての議論を例に取り、親の養育のような社会化に責任を負わせることには慎重になるべきだと述べた。 |
| 「化学を専攻する女子や生物学を専攻する女子がいなかったとき、親の養育を非難することは簡単だった」「私が生得的な違いに言及したことは確かだ。 |
| ......私は社会化の結果だと考えるときに慎重にならないといけないと言った。 |
| 我々はそう |
| MITの生物学者ナンシー・ホプキンスは会議中に退席し(後に発言をきいて気分が悪くなったと述べた)、この発言を公表した。 |
| 聴衆の何人かは、サマーズがいくつかの分野で女性は男性と同じ"生得的な能力"あるいは"天賦の才"を持たないと言った、と述べた。 |
| メディアと大学のキャンパスの中で激しい反応が起きた。 |
学長不信任案の可決
| 2005年1月の発言を受け、J・ローランド・マトリー教授によりサマーズ学長に対する不信任議案が提出された。 |
| 2005年3月15日ハーバード大学人文学部教授会(FAS)、ハーバード人文学大学院(GSAS)、ハーバード・カレッジは、サマーズ学長に対する不信任決議を賛成218、反対185、棄権18で可決した。 |
| より穏やかな形でサマーズを批判する投票についても実施され、賛成253、反対137、棄権18でこれも可決した。 |
| 約370年の歴史を持つハーバード大学で、教授会が学長の不信任案を可決したのは、初めてであった。 |
| 決議前の2月に行われたハーバード・クリムゾン紙の調査では、サマーズの辞任を19%の学生が支持したのに対し、57%の学生が辞任に反対した(回答者424名:男性56%女性44%) |
批判と擁護
| 2005年7月に、ただ一人のアフリカ系アメリカ人理事であったコンラッド・ハーパーが、女性に対する発言とサマーズが昇給したことの両方に怒ってハーバード・コーポレーションの理事を辞任した。 |
| 「私はあなたの昇給を支持できなかったし、 |
| ナンシー・ホプキンスは男性と女性の間に全く差がないとは主張しないが、社会的要因が女性のパフォーマンスに影響を及ぼす膨大な証拠があると主張した。 |
| ボストン・グローブ紙によればサマーズが学長に就任してから女性の終身在職権付きの求人が大きく減少した。 |
| サマーズはその問題に取り組むと述べたが、何人かの教授はサマーズの姿勢を疑った。 |
| 一方で、会議の主催者であるハーバード大学の経済学者リチャード・フリーマンは、サマーズの批判者を知的な議論と感情を戦わせる活動家と呼んだ。 |
| 心理学者スティーブン・ピンカーはサマーズの発言を擁護した。 |
| サマーズの見解が「正統な学問の境界内にふくまれるか」を尋ねられたとき、次のように答えた。 |
| 「いくらかの厳格さが保たれている限り、全てが学問の範囲内にあるべきではないのか?それが大学とイスラム神学校の違いだ。 |
| .....仮説が真剣に受け止められるだけの十分な証拠がある」"十分な証拠"の有無についてエリザベス・スペルキとの間で新たな論争が起きた。 |
| 統計的な差が生得的だったと証明されたとしても、それを理由に女性を差別することは不道徳で非論理的だ。 |
| 第二に仮説は能力の差が様々な職業の男性と女性の割合を説明する一つの要因であるかも知れないと言うことだ。 |
| 男女の統計的な差が、 |
| 「(実際の研究結果によれば、)中学生の科学および数学の成績は、平均点では男女に差はないが、成績の上位5%では男の占める割合が高く、男女の比は2:1に達している場合もある。 |
| そして、成績が正規分布しているとすると、男の方が標準偏差が20%ほど大きいと計算できる。 |
| トップクラスの科学者が、平均よりも標準偏差の4倍程度優れた人々だと考えると、その集団の男女比は5:1程度になる。 |
| エアーズは、マスメディアが「サマーズが分布の違いについて語っていただけだと言う論点をほぼ完全に無視したイアン・エアーズ(IanAyres)『その数学が戦略を決める』(''SuperCrunchersWhyThinking-by-NumbersIstheNewWaytoBeSmart'')山形浩生訳、文藝春秋、2007年、pp277-281」と述べている。 |
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1954年
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ローレンス・ヘンリー・サマーズ(Lawrence H... |
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1975年
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経済学部に移る |
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ローレンス・サマーズさんについてのひとこと紹介
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