| 1999年9月12日、PRIDE.7で日本の総合格闘技大会PRIDEに初出場を果たし、シウバはカール・マレンコ相手に立ち技・寝技でともに優位に立って判定勝ちで白星デビューを飾る |
| 続く11月21日のPRIDE.8にも連続出場、松井大二郎と対戦した。 |
| 試合は松井のタックルを切り続け、スタンドの膝蹴りで松井の出血を誘い、6-0の判定勝ちを収めた |
| 2000年1月30日、16人参加のトーナメント「PRIDEGRANDPRIX2000」の開幕戦にリザーバーとして出場、ボブ・シュライバーにチョークスリーパーで一本勝ち |
| 4月には日本で行われたUFC25でUFC世界ミドル級王座(現ライトヘビー級王座)を巡りティト・オーティズと対戦し、判定負けで王座を逃した |
| 安生、不完全燃焼でメイン飾れず]BoutReview2000年4月14日。 |
| その後シウバは8月には自身が所属するシュートボクセ主催のメッカVT(8月12日)でトッド・メディーナをKOすると、2週間後には日本でPRIDE.10(8月27日)に出場、ガイ・メッツァーに勝利し、10月31日に行われたPRIDE.11でのリングス無差別級王者ギルバート・アイブルとの一戦は開始直後にアイブルへのローキックが急所に命中したためノーコンテストとなった |
| 因縁対決は小川が制す。 |
| 高田マウントパンチに沈む]BoutReview。 |
| PRIDE.12(12月23日)ではリングスKOKトーナメント優勝のダン・ヘンダーソンと対戦、ヘンダーソンの攻撃で左目をカットし視野を塞がれるものの、1ラウンド終盤から攻勢に転じたシウバは2ラウンドもマウントポジションを奪うなど試合を優位に進め、6-0のジャッジで判定勝ちを収める |
| エンセン引退表明]BoutReview。 |
| 試合後のインタビューではミドル級のトップコンテンダー桜庭和志との対戦をアピールした |
| 2001年3月25日、PRIDE.13で「ミドル級頂上対決」 |
| 改正ルールで桜庭ピンチ!?]BoutReview2001年2月16日と評された桜庭和志との一戦が実現。 |
| この大会から4点ポジションからの膝蹴りが可能となり、この新ルールはシウバに有利と言われていたが、試合ではテイクダウンを狙った桜庭にこの攻撃でダメージを与え最後はサッカーボールキックでTKO勝ちを収めた |
| この一戦で「戦慄の膝小僧」の異名を轟かせ、一気にスターダムにのし上がった。 |
| その後PRIDE.14(5月27日)で大山峻護に勝利した |
| 松井大二郎、シウバの同僚・ペレに完勝]BoutReviewシウバは9月には桜庭とのPRIDE.17(11月3日)での再戦が決定 |
| 迎えたタイトルマッチでは1ラウンド途中、桜庭にフロントチョークに捕らえられた体勢からボディスラムで左肩を叩きつけ脱臼させる。 |
| シウバのインサイドガードのまま終了した1ラウンド後、ドクターストップによるTKO勝利となり、以後5年以上に渡ってタイトルを保持することになるPRIDEミドル級の初代王者となった |
| 年末12月23日の福岡大会にも出場しアレクサンダー大塚と対戦、膝蹴りで鼻骨骨折に追い込みドクターストップによる勝利を手にしている |
| 2002年の初戦は2月24日のPRIDE.19でのミドル級タイトルマッチで田村潔司と対戦、パウンドでダメージを与え最後は右ストレートでKO、初防衛に成功した |
| 4月28日、PRIDE.20で「PRIDEvsK-1」頂上決戦と評された |
| その後8月にはDynamite!(8月28日)への出場が決定、一度はジェレル・ヴェネチアンとの対戦が決定したものの、大会プロデューサー石井和義の呼びかけに応じた極真空手王者の岩崎達也に変更となった |
| 全7カードに/ヴァンダレイの相手が極真王者に変更]BoutReview2002年8月22日-27日。 |
| 試合では岩崎に比べ12kgの体重差があったものの、膝蹴り、テイクダウンからのパウンドで攻勢を掛け、最後はサッカーボールキックからのパンチ連打で勝負を決めている |
| 11月24日にはPRIDEの東京ドーム大会で金原弘光を相手にミドル級タイトルマッチを行い、1ラウンド3分過ぎにシウバの踏みつけで金原陣営がタオルを投げ入れ、2度目の防衛に成功した |
| 2003年、シウバは8名によるミドル級トーナメント「PRIDEGRANDPRIX2003」に出場する |
| UFCからも王者級が参戦へ]BoutReview2003年6月18日。 |
| 8月10日に行われた1回戦では桜庭と3度目の対戦となったが |
| ミルコ×ヒョードル実現へ弾み]BoutReview2003年8月11日。 |
| 10月には準決勝の組み合わせ抽選会で吉田秀彦の指名を受け対戦が決定 |
| 2004年2月15日、PRIDEの新シリーズであるPRIDE武士道の第2回大会に出場、「日本VSシュート・ボクセ3対3対抗戦」の大将戦として美濃輪育久と対戦し |
| 4月には「PRIDE武士道-其の参-」でのパンクラス・ライトヘビー級王者近藤有己との対戦が決定するも |
| 8月15日の「PRIDEGRANDPRIX2004決勝戦」で行われたこのノンタイトル戦は「日本人最後の砦 |
| 試合後にはリングに登場したクイントン・ジャクソンの挑戦表明を受け、「ヤル!」と応じるパフォーマンスを見せた。 |
| PRIDE.28(10月31日)で実現したジャクソンとの再戦は首相撲からの膝蹴りで失神KOに追い込み、ミドル級王座3度目の防衛に成功した |
| 大晦日の「PRIDE男祭り2004」では桜庭と4度目の対戦が決定していたが |
| 試合は2ラウンドにダウンを奪われるもその後はマウントポジションを取るなどポジショニングで優位に立った。 |
| 判定は1-2でPRIDE初黒星を喫したものの、インタビューでは「自分の勝ちだったと思う」というコメントを残した |
| 2005年は連覇を掛け16人で行われたミドル級グランプリに参戦。 |
| 4月23日の1回戦では吉田秀彦との再戦となり、2-1の判定で勝利する |
| 2回戦(6月26日)では半袖の柔道着を纏った中村和裕との対戦となり、開始5分過ぎ、中村が服を脱いだ瞬間にパンチでダウンを奪い、マウントパンチによる追撃でレフェリーストップ、ベスト4に進出した |
| ミルコ完勝]BoutReview2005年6月27日。 |
| しかし8月28日の準決勝ではヒカルド・アローナにグラウンドで抑え込まれる展開が続き、判定で敗れGP連覇を逃す |
| シウバが同階級の選手に負けたのはティト・オーティズ戦以来5年振りのことであった。 |
| 大晦日には「PRIDE男祭り2005」でアローナとミドル級タイトルマッチで再戦。 |
| 僅差の判定で下し4度目の防衛に成功している |
| 2006年、シウバは負傷欠場したエメリヤーエンコ・ヒョードルに代わって「PRIDE無差別級グランプリ」の2回戦に出場し |
| 代役はヴァンダレイ]BoutReview2006年5月18日、藤田和之と対戦した。 |
| 右ストレートでダウンを奪いサッカーボールキックを放つとセコンドがタオルを投入、TKO勝利となり準決勝進出を果たした |
| 吉田も敗退]BoutReview2006年7月3日。 |
| 9月10日の「PRIDE無差別級グランプリ2006決勝戦」で行われたトーナメント準決勝では、PRIDE.20以来の再戦となるミルコ・クロコップと対戦。 |
| 1ラウンド5分過ぎに左ハイキックを受け失神、KO負けを喫した |
| 2007年2月25日、5度目の防衛戦となるPRIDE.33で、7年振りの再戦となるダン・ヘンダーソンとミドル級タイトルマッチを行ったが、最終ラウンドに左フックでKO負けを喫し、5年余りに渡って保持していたチャンピオンベルトを失った |