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つながりの強いひと
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戸板康二
戸板康二(といたやすじ、1915年12月14日-1993年1月23日)は日本の演劇・歌舞伎評論家、推理作家、随筆家。 |
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三田村鳶魚
三田村鳶魚(みたむらえんぎょ、明治3年3月17日(1870年4月17日)-昭和27年(1952年)5月14日)は江戸文化・風俗の研究家である。本名は万次郎、後に玄龍。そ... |
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長谷川滋利
兵庫県加古川市出身の元プロ野球選手(投手)、野球解説者。日本でのニックネームは「シゲ」あるいは「シゲ魔神」(佐々木主浩の大魔神をもじって)、アメリ... |
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神吉宏充
将棋棋士。2011年、引退。内藤國雄九段門下。棋士番号は160。兵庫県加古川市出身。将棋界きってのエンターテイナー。所属事務所は昭和プロダクション。 |
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陣内智則
日本のお笑い芸人、司会者である。兵庫県加古川市出身。よしもとクリエイティブ・エージェンシー東京本社所属。 |
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菅原洋一
菅原洋一(すがわらよういち、1933年8月21日-)は日本の歌手。兵庫県加古川市出身。兵庫県立加古川東高等学校卒業。国立音楽大学大学院修了。「ハンバーグ」... |
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大路恵美
日本の女優。兵庫県加古川市出身。加古川市立氷丘小学校、加古川市立氷丘中学校、日出女子学園高校、亜細亜大学経営学部卒業。血液型はB型。橋本真知事務所所... |
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市川猿之助
歌舞伎役者、日本の俳優、演出家、京都造形芸術大学教授。本名は喜熨斗政彦(きのしまさひこ)。屋号は澤瀉屋。定紋は、替紋は。俳名に華果(かか)がある。... |
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久保田万太郎
東京生まれの小説家、劇作家、俳人。1926年よりNHKに奉職した経歴をもつ。俳号は暮雨、傘雨。 |
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安藤鶴夫
小説家(直木賞受賞)、落語および歌舞伎分野を主な専門分野とする評論家、演芸プロデューサー。愛称、アンツル。元々は歌舞伎担当の新聞記者だった。 |
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藤井康雄
広島県福山市出身の元プロ野球選手(外野手)。 |
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双葉十三郎
双葉十三郎(ふたばじゅうざぶろう、1910年10月9日-2009年12月12日)は日本の映画評論家・翻訳家である。本名は小川一彦(おがわかずひこ)。ペンネームはト... |
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河竹繁俊
日本の演劇学者。長野県飯田市生まれ。旧姓は吉村(よしむら)。 |
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渥美清
日本の俳優。本名、田所康雄(たどころやすお)。愛称は、寅さん、風天(俳号) |
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小山内薫
明治末から大正・昭和初期に活躍した劇作家、演出家、批評家。日本の演劇界の革新にその半生を捧げた。 |
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吉田玉男
人形浄瑠璃文楽の人形遣い。本名・上田末一(うえだすえいち)。 |
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坂東玉三郎
歌舞伎役者、日本の俳優、映画監督、演出家。本名は守田伸一(もりたしんいち)。通名は守田親市(もりたしんいち)。旧姓は楡原(にれはら)。屋号は大和屋... |
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河竹登志夫
河竹登志夫(かわたけとしお、1924年12月7日-)は日本の演劇学者。本名は俊雄。演劇研究家・河竹繁俊の二男として東京に生れる。祖母(繁俊の養母)の糸女は... |
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郡司正勝
郡司正勝(ぐんじまさかつ、1913年7月7日-1998年4月15日)は北海道札幌市出身の歌舞伎研究家、演劇評論家。 |
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プロフィール
三宅周太郎(みやけしゅうたろう、1892年(明治25年)7月22日-1967年(昭和42年)2月14日)は、演劇評論家。媚びぬ劇評に徹し、また、文楽の興隆に尽くした。
生涯
| 兵庫県加古川市寺家町の造酒屋に生まれた。 |
| 6歳のとき父が建てた芝居小屋に、入りびたって育った。 |
| 同志社中学校、慶應義塾大学予科、本科文学部と進んだ学生時代にも、歌舞伎や文楽を見続けた。 |
| 1917年(大正6年)(25歳)、三田文学に『新聞劇評家に質す』を寄せ、三木竹二、杉贋阿弥、岡鬼太郎らを称揚し、饗庭篁村、伊原青々園、七代目松本幸四郎らを批判して、劇壇・文壇に反響を呼び、小山内薫らに認められた。 |
| 『演劇画報』誌にも書くようになった。 |
| 1918年卒業し、時事新報に入って劇評を担当したが、辛口が過ぎて1年半で辞し、『新演芸』誌の合評会に加わった。 |
| 1921年、初代中村吉右衛門が本拠としていた新富座の嘱託になった。 |
| 1922年、劇評集『演劇往来』を出版した。 |
| この頃住まった本郷菊富士ホテルで、宇野浩二、谷崎精二、広津和郎、石川淳らと交わった。 |
| 1923年の関東大震災後、大阪毎日新聞の芸能記者となり、翌年東京日々新聞の学芸部に転じた。 |
| 私事はあまり明かさなかったが、30歳前後に離婚して再婚したという。 |
| 1926年(大正15年)(34歳)、文藝春秋の菊池寛に招かれて第2次『演劇新潮』誌の編集長となり、翌年の廃刊までに17冊を出した。 |
| 1928年(昭和3年)、『文楽物語』を中央公論の1-3月号に、『文楽人形物語』を7、8月号に載せた。 |
| 文楽の窮状を訴えるべく、嶋中雄作に売り込んだのであった。 |
| 水上瀧太郎に激励された。 |
| 文楽が上京して大入りをとった。 |
| 1930年、『文楽物語』『文楽人形物語』を軸とする『文楽の研究』を、春陽堂から出版した。 |
| 1940年、「文楽研究」ものを改造や中央公論に載せ、それらを含めた『続文楽の研究』を、翌年創元社から出版した。 |
| これら2冊は5度版を更め、現在も入手できる。 |
| 太平洋戦争後、疎開先の京都に暫く留まり、『幕間』誌の1946年5月の創刊に尽力し、1948年、その和敬社から『観劇半世紀』を刊行した。 |
| 東京に移ってからも、さかんに書いた。 |
| 1950年(58歳)、文部省の文化財芸能専門委員となった。 |
| 文楽への補助金交付・免税の答申が、実現した。 |
| 1958年(66歳)、紫綬褒章を受けた。 |
| 1964年、菊池寛賞を受けた。 |
| 加古川市名誉市民となった。 |
| 1967年、肺がんで没し、菩提寺である加古川市の常住寺に葬られた。 |
著書
| 1922年:『演劇往来』、新潮社。 |
| 1928年:『演劇評話』、新潮社。 |
| 1930年:『文楽の研究』、春陽堂→岩波文庫(2005)ISBN9784003117613。 |
| 1935年:『演劇巡礼』、中央公論社。 |
| 1941年:『続演劇巡礼』、中央公論社。 |
| 1941年:『続文楽の研究』、創元社創元選書→岩波文庫(2005)ISBN9784003117620。 |
| 1942年:『演劇美談』、協力出版社。 |
| 1942年:『演劇五十年史』、鱒書房新日本文化史叢書→『新版演劇五十年史』、鱒書房(1947)。 |
| 1942年:『俳優対談記』、東宝書店。 |
| 1942年:『歌舞伎研究』、拓南社。 |
| 1943年:『芝居』、生活社生活新書19。 |
| 1946年:『羽左衛門評話』、富山房。 |
| 1947年:『演劇手帳』、甲文社。 |
| 1948年:『観劇半世紀』、和敬書店(自伝)。 |
| 1948年:『日本演劇考察』、富山房。 |
| 1949年:『続演劇手帳』、甲文社。 |
| 1950年:『芸能対談』、創元社。 |
| 1951年:『歌舞伎ノート』、創元社創元選書。 |
| 1953年:『名優と若手』創元社→本書中の『中村梅玉論』は、「日本の名随筆別巻10芝居」、作品社(1991)ISBN978487893830-6」中に収録。 |
| 1955年:『文楽の人形浄瑠璃』、文楽座。 |
| 1958年:『歌舞伎の星』、布井書房。 |
参照
| 「三宅周太郎:『文楽の研究』、岩波文庫(2005)」巻末の、今尾哲也:『解説』。 |
| 「三宅周太郎:『続文楽の研究』、岩波文庫(2005)」巻末の、児玉竜一:『解説』。 |
| 日本近代文学館編:『日本近代文学大事典机上版』、講談社(1984)ISBN9784062009270。 |
| 近藤富江:『本郷菊富士ホテル』、中公文庫(1993)ISBN9784122010178。 |
関連図書
| 藤井康雄編:『三宅周太郎抄』、私家版(1993)、(演劇往来、演劇評話、演劇巡礼、歌舞伎研究、俳優対談記、演劇五十年史、文楽の研究)。 |
| 森井信夫:『伝記三宅周太郎加古川市名誉市民第一号』、加古川土地問題研究所(1982)。 |
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1921年
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初代中村吉右衛門が本拠としていた新富座の嘱... |
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『文楽物語』『文楽人形物語』を軸とする『文... |
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