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つながりの強いひと
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芳野嶺元志
青森県東津軽郡(現在の青森市)出身で友綱部屋所属(入門時は高嶋部屋)の昭和30年代に活躍した元大相撲力士。本名は山口政志(やまぐちまさし)、得意手は... |
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高望山大造
宮城県栗原郡築館町(現在の栗原市)出身の元大相撲力士。1973年から1990年まで、高嶋部屋と熊ヶ谷部屋に所属して活躍した。本名は蓬田光吉(よもぎだこうき... |
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若瀬川泰二
兵庫県尼崎市出身の元大相撲力士。伊勢ヶ濱部屋所属。本名は服部忠男(はっとりただお)。最高位は小結。身長176cm、体重110kg。得意手は突っ張り、右四つ、... |
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大受久晃
北海道瀬棚郡瀬棚町(現:久遠郡せたな町)出身の元大相撲力士。高嶋部屋所属。本名は堺谷利秋(さかいやとしあき)。現役時代の体格は身長177cm、体重150kg... |
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輝昇勝彦
北海道留萌市出身の元大相撲力士。高島部屋所属。最高位は関脇。力士時代の体格は177cm、104kg。 |
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安藝ノ海節男
安藝ノ海節男(あきのうみせつお、1914年5月30日-1979年3月25日)は大相撲の第37代横綱。広島県広島市宇品町(現・広島市南区宇品御幸)出身。双葉山の70連勝... |
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吉葉山潤之輔
北海道厚田郡厚田村(現、石狩市)出身の大相撲力士、第43代横綱。身長179cm、体重143kg。 |
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前田山英五郎
前田山英五郎(まえだやまえいごろう、1914年5月4日-1971年8月17日)は大相撲の第39代横綱。本名・萩森金松。愛媛県西宇和郡喜須来村(後の保内町、現在の八... |
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千代の山雅信
千代の山雅信(ちよのやままさのぶ、1926年6月2日-1977年10月29日)は大相撲の力士で第41代横綱。本名杉村昌治。身長192cm。出羽海部屋所属。 |
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能見正比古
ファン
日本の文筆家。血液型B型。人の血液型と気質(きしつ)とを統計的に関係付けようとする「血液型人間学」すなわち「血液型性格分類」を大衆に広めた人物として... |
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鏡里喜代治
青森県三戸郡斗川村(現在の三戸郡三戸町)出身で時津風部屋(入門時は粂川部屋)所属の元大相撲力士、第42代横綱。本名は奥山喜世治(おくやまきよじ)。現... |
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巴潟誠一
北海道函館市出身で友綱部屋(入門時は高嶌部屋)の元大相撲力士。現役時代の体格は身長165cm、体重90kg、得意手は押し、突き落とし、巻き落とし。最高位は小... |
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大鵬幸喜
元大相撲力士。第48代横綱である。身長187cm。血液型はB型。樺太敷香郡敷香町出身で、北海道川上郡弟子屈町川湯温泉で育った。 |
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池波正太郎
池波正太郎(いけなみしょうたろう、1923年(大正12年)1月25日-1990年(平成2年)5月3日)は戦後を代表する時代小説・歴史小説作家。『鬼平犯科帳』『剣客商... |
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名寄岩静男
北海道名寄市出身(生まれは小樽市)の大相撲力士。最高位は大関。本名、岩壁静雄。身長173cm、体重128kg。 |
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双葉山定次
大相撲の第35代横綱。大分県宇佐郡天津村布津部(現在の宇佐市下庄)出身。身長179cm、体重128kg。)血液型はA型。 |
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佐賀ノ花勝巳
大相撲の力士である。佐賀県佐賀市出身。最高位は大関。本名は北村勝巳(きたむら かつみ)。身長170cm、体重128kg。得意手は右四つ、寄り。 |
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大内山平吉
1940年代から1950年代にかけて活躍した大相撲力士で最高位は東大関。本名は大内平吉(おおうち-)。身長6尺6寸7分(約203cm)、体重41貫(153.75kg)の巨体だ... |
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栃錦清隆
東京府南葛飾郡(現在の東京都江戸川区)出身の大相撲の第44代横綱。本名、大塚清(おおつかきよし)(のちに栃木山の養子になり、中田姓)。身長178cm、体重... |
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神風正一
香川県大川郡三本松町(現在の東かがわ市)出身で二所ノ関部屋所属の元大相撲力士。元相撲解説者。最高位は関脇。身長179cm、体重98kg。得意手は左四つ、上手... |
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プロフィール
- 三根山隆司とは
- 来歴
- エピソード
- 主な成績
- 年寄変遷
- 関連項目
三根山隆司(みつねやまたかし、1922年2月7日-1989年8月15日)は、大相撲の力士である。東京都荒川区南千住出身、高島部屋所属。最高位は、大関。本名は嶋村嶋一。身長176cm、体重150kg。得意手は左四つ、寄り。
来歴
| 1937年5月場所に初土俵を踏むと、序二段で一度負け越しただけで、その後は順調に昇進し、1944年1月場所に新入幕を果たした。 |
| 下位の頃から期待されていて、吉葉山、輝昇とともに、高島三羽烏として注目を浴びた。 |
| 新入幕の場所に早くも横綱照國と対戦し、そのときには敗れたが、翌場所初日に再び対戦、金星をあげた。 |
| この場所はもう一人の横綱安藝ノ海にも勝ち、大物食いの評判があがった。 |
| 次の11月場所では、全勝優勝をめざした若瀬川を破り、優勝の望みを打ち砕くなど、節目節目での活躍をした。 |
| その後は幕内上位から三役に定着し、殊勲賞5回を数えるなどたびたび上位陣を苦しめてはいたが、体の故障もありもうひとつ壁を破れなかった。 |
| 戦争中には勤労奉仕と食糧不足から40kg以上も体重が落ちる苦労も味わった。 |
| しかし1951年に師匠が亡くなり、巴潟が新しい師匠になるころから、「疾風枯葉を巻く」と形容された寄りにみがきがかかり、1953年5月場所、関脇で12勝3敗の好成績をあげて、場所後に大関昇進を果たした。 |
| このとき、吉葉山とともに高島部屋は二大関を擁することとなった。 |
| 1954年3月場所には、12勝3敗ながら幕内最高優勝をとげ、新横綱で全休した吉葉山の穴を埋める活躍をしたが、このころから内臓疾患やけがに悩まされ、途中休場で角番を迎えた1955年5月場所6勝9敗で負け越し大関から陥落、翌9月場所には全休し、その後は二度と三役にも復帰できなかった。 |
| しかしその後も節制を重ねながら約4年にわたって土俵をつとめ、1956年9月場所には敢闘賞を受賞した。 |
| 元大関の三賞受賞は名寄岩以来だった。 |
| 陥落後も大物食いは変わらず3個の金星(鏡里から2個、千代の山から1個)を得た。 |
| 通算9個の金星は当時の新記録だった。 |
| 相次ぐ病魔に苦しみながら節制を重ね真摯に土俵を務める態度には行者の風格さえ漂ったといい、人気も高かった。 |
| 1960年1月場所を最後に引退した。 |
| なお、最後の取組として8日目に新入幕の大鵬と対戦が組まれたが引退届を提出して、大鵬に不戦勝を与えた。 |
| ちなみに、三根山は双葉山と同時に幕内上位に在位していたが、当時は東西制の時代で双葉山と同じ方屋にいたので、対戦はなかった。 |
| 双葉山と大鵬という昭和の二大横綱と対戦の機会があった唯一の力士であったが、以上の事情で両者とも土俵上での対戦はなかったのである。 |
| 後進育成にも付きっきりで指導するほど熱心であった。 |
| 引退後は、独立して熊ヶ谷部屋を興し、師匠の友綱への名跡変更にともない高島を襲名、高島部屋に名称を変更した。 |
| 大受を大関に、高望山を幕内に育てたが健康を崩して1982年で部屋を閉鎖、芳野嶺の熊ヶ谷部屋に全員を譲渡し、1985年には協会も去った。 |
| 1989年8月15日、心筋梗塞のため死去。 |
エピソード
| 羽黒山に3勝6敗、安藝ノ海に1勝2敗、照国に8勝9敗、前田山に3勝5敗、東富士に8勝15敗、千代の山に9勝16敗、鏡里に8勝18敗と数字を見ればわかるように横綱にとって嫌な存在だったかを表している。 |
| 一方、当初は分が良かった栃錦には最後は14連敗(通算10勝19敗)、若乃花には10連敗(通算11勝15敗)とこの2人には歯が立たなかった。 |
| 高島親方時代に毎日放送のクイズ番組『アップダウンクイズ』に出演しているが、体重が余りにも重かったためゴンドラが上昇しないというトラブルが発生した。 |
| この一件がゴンドラ更新のきっかけとなった。 |
主な成績
| 幕内在位:56場所(うち大関8場所、関脇10場所、小結6場所)。 |
| 大関在位:8場所。 |
| 幕内成績:407勝354敗35休 勝率.535。 |
| 大関成績:63勝52敗5休 勝率.548。 |
| 幕内最高優勝:1回(1954年3月場所)。 |
| 殊勲賞:5回(1949年1月場所、1951年1月場所、1951年9月場所、1952年5月場所、1953年5月場所)。 |
| 敢闘賞:2回(1953年3月場所、1956年9月場所)。 |
| 金星:9個(安藝ノ海1個、照國3個、前田山1個、東富士1個、千代の山1個、鏡里2個)。 |
年寄変遷
| 熊ヶ谷(くまがたに)1960年1月-1961年5月。 |
| 高嶋(たかしま)1961年5月-1985年1月。 |
関連項目
| 池波正太郎:1956年秋場所に敢闘賞を受賞した三根山関を題材に取った短編「三根山」を書いた。 |
| (新潮文庫「武士の紋章」収録)。 |
| 能見正比古:姉が彼のファンで、姉を回想した作品(『相撲』誌掲載)で、三根山とのかかわりを綴っている。 |
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1951年
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師匠が亡くなり、巴潟が新しい師匠になるころ... |
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1954年
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幕内最高優勝:1回(場所) |
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