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つながりの強いひと
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久野収
日本の哲学者・評論家。大阪府堺市生まれ。1934年京都帝国大学文学部哲学科卒業。体系だった著作や、いわゆる「主著」と呼ばれるものがないものの、多くの評... |
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後藤嘉宏
筑波大・図書館情報学群・後藤嘉宏ゼミ掲示板を開設します。
名前はまだないので、
とりあえず「〇〇掲示板」としておきます。
いまのところ、2004年度3年... |
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金森徳次郎
日本の官僚、政治家で、憲法学者としても知られる。岡田内閣の法制局長官、第1次吉田内閣の国務大臣。初代国立国会図書館長も務めた。 |
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三木清
(西田左派を含めた上での)京都学派を代表する哲学者。兵庫県揖保郡平井村小神(後の龍野市、現・たつの市揖西町)出身。弟に中国文学者の三木克己がいる。 |
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高島直之
高島直之 / たかしま なおゆき 1951年 宮城県生れ 武蔵野美術短期大学卒業 1978年に週刊書評紙「日本読書新聞」編集部入社。学術書評欄を担当しながら美術・... |
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鶴見俊輔
評論家、哲学者、大衆文化研究者、政治運動家。 |
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馬場俊明
馬場 俊明 (バンバ トシアキ) 1940年、京都生まれ。甲南大学文学部教授。 1966年立命館大学文学部卒業後、京都産業大学図書館課長、堺女子短期大学教授を経... |
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羽仁五郎
日本の歴史家(マルクス主義歴史学・歴史哲学・現代史)。 |
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松岡正剛
日本の編集者、著述家、日本文化研究者。編集工学を提唱。京都府出身。東京大学客員教授、帝塚山学院大学教授を歴任。現在、株式会社松岡正剛事務所代表取締... |
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鈴木正
【鈴木正誠さん(昭和36年卒)インタビュー】
ネットでつながる世界へ 【お名前】 鈴木正誠さん 【卒年】 昭和36年(1961) 【職業】 NTTコミュニケ... |
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和辻哲郎
『古寺巡礼』『風土』などの著作で知られる日本の哲学者、倫理学者、文化史家、日本思想史家。その倫理学の体系は、和辻倫理学と呼ばれる。日本的な思想と西... |
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武谷三男
武谷三男(たけたにみつお、1911年10月2日-2000年4月22日)は日本の物理学者、科学史家。技術論や三段階論で知られる。 |
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中井浩
息子
中井浩(なかいひろし、1927年1月23日-1992年2月19日)は日本の情報科学者、図書館学者。今猿人(こんさると)の筆名もある。美学者、中井正一の長男。 |
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花田清輝
作家・文芸評論家・新聞記者。東北大学金属材料研究所教授であった花田黎門は息子。アニメ脚本家の花田十輝は孫。 |
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寺田寅彦
戦前の日本の物理学者、随筆家、俳人であり吉村冬彦の筆名もある。高知県出身(出生地は東京市)。 |
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西田幾多郎
西田幾多郎(にしだきたろう、1870年6月17日(明治3年5月19日)-1945年(昭和20年)6月7日)は日本を代表する哲学者。京都大学教授、名誉教授。京都学派の創... |
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大村純忠
戦国時代から安土桃山時代にかけての大名。三城城主。日本初のキリシタン大名であり、長崎港を開港した人物として知られる。同じくキリシタン大名の有馬晴信... |
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中江兆民
江戸時代後期から明治の思想家、ジャーナリスト、政治家(衆議院議員)である。フランスの思想家ジャン=ジャック・ルソーを日本へ紹介して自由民権運動の理... |
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プロフィール
- 中井正一とは
- 略歴
- 業績
- 著書
- 共編著
- 外部リンク
- 関連サイト
中井正一(なかいまさかず、1900年2月14日-1952年5月18日)は日本の美学者、評論家、社会運動家。広島県出身。 京都学派の流れを汲みつつ、中井美学と呼ばれる独自の美学理論を展開した。その理論は極めて広範多様な対象への実践的な視点で知られる。1936年に発表した代表的論文『委員会の論理』をはじめとして、その著作は戦前戦後を通じて、いわゆる進歩的文化人を中心に広く影響をあたえた。京都帝国大学文学部、相愛女子専門学校(現、相愛女子短期大学・相愛大学)講師。1948年、 羽仁五郎の推薦で国立国会図書館副館長に就任し、その基盤確立に尽力した。近年、中井のメディア論が再び注 ...
略歴
| 1900年2月14日、大阪市の緒方病院で帝王切開にて誕生。 |
| 本籍は広島県賀茂郡竹原町(現・竹原市)。 |
| 1918年、広島高師附属中学卒業。 |
| 1922年、第三高等学校文科甲類を卒業。 |
| 京都帝国大学文学部哲学科に入学。 |
| 深田康算、九鬼周造らに師事する。 |
| 1925年、京都帝国大学を卒業。 |
| 1933年、滝川事件。 |
| 処分に反対する院生グループの中心メンバーとして活動。 |
| 1934年、京都帝国大学文学部講師に就任。 |
| 1936年、『委員会の論理』を発表。 |
| 1937年、左翼活動により治安維持法違反の疑いで検挙される。 |
| 1940年、裁判で懲役2年、執行猶予2年の判決。 |
| 以後、終戦まで当局の監視下に置かれる。 |
| 1945年、尾道に疎開。 |
| 尾道市立図書館館長に就任。 |
| 1946年、広島県地方労働委員長となる。 |
| 1947年、広島県知事選挙に立候補(落選)。 |
| 1948年、国立国会図書館副館長に就任。 |
| 1949年、日本図書館協会理事長に就任。 |
| 1951年、『美学入門』刊。 |
| 1952年、胃癌(肝臓癌説あり)により、5月18日午前4時50分逝去。 |
| 叙・従四位。 |
業績
| 中井は大学院進学後、恩師深田康算の依頼によって『哲学研究』の編集にかかわり、この頃よりカントからマルクスの研究へと関心を深めていった。 |
| 深田の没後、『深田康算全集』の編集に参加。 |
| この時のメンバーを中心として1930年に『美・批評』を創刊。 |
| 同誌は美術史研究を中心としながら、現象学、記号論、新カント派やフランクフルト学派などの思潮、新即物主義などの芸術実践を含めた幅広い視野を持っていた。 |
| 中井自身も貴志康一らと実験的な色彩映画の製作を行うなど、著述にとどまらない活動を展開した。 |
| 1933年、滝川事件に際して京大院生グループの中心人物として活動。 |
| 以後、社会情勢のファシズム化に抗して左翼文化活動への関与を深める。 |
| 1935年、滝川事件後、一時停滞していた『美・批評』は久野収、新村猛、真下信一、武谷三男らを迎えて『世界文化』と改題、再創刊され国際的な反ファシズム文化運動の紹介などを端緒に左翼文化誌としての性格を先鋭化させていく。 |
| 1937年、能勢克男斎藤雷太郎らと週刊紙『土曜日』を創刊。 |
| 同誌は左翼運動の大衆啓蒙を目的としており、記述平明なタブロイド紙として多くの読者を獲得した。 |
| 同年11月、治安維持法違反の容疑で新村、真下らと共に検挙。 |
| 以後、終戦まで活動の場を実質的に失う。 |
| 1945年、郷里にほど近い疎開先、尾道市の市立図書館長に就任。 |
| 民衆文化の地方からの再生を掲げて社会教育活動を推進した。 |
| 1948年、参議院図書館運営委員長であった羽仁五郎の推薦で国立国会図書館副館長に就任。 |
| 日本図書館協会理事長にも選出され、図書館を通じた文化復興に尽力した。 |
| 羽仁の腹案では中井を館長として招聘する予定であったが、中井の左翼活動の経歴が問題視され、保守層からの強い反対が起こった。 |
| そのため、参議院議長松平恒雄らがまとめた金森徳次郎を館長に据え中井を副館長とする案で妥協したという中井の就任に難色が示された記録としては昭和23年3月25日の衆議院図書館運営委員会において『國立國会図書館の副館長は、館長を補佐する必要上、人格の高邁なること、偏傾ならざる思想の所有者たることを要し、同時に図書館業務につき多年の経驗と知識を持つ有資格者を任命せられんことを決議する。 |
| 』と中井の思想について問題視する決議までなされているものがある。 |
| 就任後もこの問題が後をひき、幾多の妨害に悩まされた。 |
| また設立早々の国会図書館には課題が山積し、それにあたる激務から体調を崩し病状を悪化させた。 |
| 1951年に『美学入門』、1952年に『日本の美』を刊行するなど活動意欲は最後まで衰えなかったが、1952年5月18日、胃癌により逝去した。 |
著書
| 近代美の研究(三一書房、1947年)。 |
| 美学入門(河出書房、1951年)。 |
| 日本の美(宝文館、1952年)。 |
| 美学的空間-機能と実存と組織の美学(弘文堂、1959年)。 |
| 美と集団の論理(中央公論社、久野収編、1962年)。 |
| 中井正一全集、全4巻(美術出版社、1964年-1981年、久野収・中井浩編)。 |
| 生きている空間-主体的映画芸術論(てんびん社、1971年)。 |
| 論理とその実践組織論から図書館像へ(てんびん社、1972年)。 |
| アフォリズム(てんびん社、1973年)。 |
| 中井正一評論集(岩波文庫、1995年)。 |
| 中井正一エッセンス(こぶし書房、2003年)。 |
共編著
| 回想の三木清(三一書房、1948年、共著)。 |
| 回想の戸坂潤(三一書房、1949年、共著)。 |
| 学校図書館運営の実際と読書指導(西荻書店、1950年、共著)。 |
| 芸術論集(河出書房新社、1961年、共著、桑原武夫編)。 |
| 現代日本思想大系第14巻(筑摩書房、1964年、共著、矢内原伊作編)。 |
| 戦後日本思想大系第1巻(筑摩書房、1968年、共著、日高六郎編)。 |
| 戦後日本思想大系第12巻(筑摩書房、1969年、共著、羽仁進編)。 |
| 現代日本映画論大系第1巻(冬樹社、1971年、共著)。 |
外部リンク
| category:日本の哲学者。 |
| category:戦前・戦中の言論弾圧。 |
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1900年
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大阪市の緒方病院で帝王切開にて誕生 |
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1918年
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広島高師附属中学卒業 |
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