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1986年の衆参同時選挙で参議院議員に立候補し、初当選。
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なお、父・康弘は当時の首相であった。
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自民党では、
中曽根派 - 渡辺派、村上・亀井派 - 江藤・亀井派 - 亀井派 - 伊吹派に所属する。
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小渕、森両内閣で文部大臣と科学技術庁長官を兼任した。
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2004年、参議院予算委員長に就任。
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2005年の郵政国会では、参議院亀井派会長としてその動向が注目された。
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郵政国会の参議院採決において自民党にも造反を公言する議員がいたが、造反議員に
綿貫民輔や
亀井静香ら大物議員がいた衆議院とは違い、参議院では郵政法案反対結集の中心人物になりうる大物議員が存在しない状況であり、参議院での可決が微妙な情勢の中で執行部の説得が続いていた。
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そんな中、
中曽根が8月5日法案への反対票を投じることを明言。
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中曽根の表明は参議院自民党における郵政法案反対結集勢力の大物議員として注目され、法案否決への大きな流れをつくったと言われる。
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中曽根の法案反対には、父・康弘の比例代表終身一位保証を、
小泉純一郎首相が反故にした為、政界引退になった事への反発があるとも言われる。
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8月8日、郵政民営化法案の参議院本会議では、予告通り反対票を投じ法案は否決された。
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だが、その後の衆議院解散に伴う9月11日の第44回衆議院議員総選挙で、自由民主党が圧勝したことを受けて、翌12日に法案に賛成する意向を表明し、反対票を投じた参院旧亀井派の残り10人も賛成に回る、と会見で明らかにした。
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これを受けて、10月14日の参議院本会議において賛成票を投じ、郵政民営化法案は可決された。
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その後、国会参議院予算委員長を辞任。
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予算委員長辞任は、小泉執行部による事実上の解任と観測される。
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また、その年齢、実績、当選回数から次期参議院議長候補ナンバーワンと目されていたが、郵政採決での参議院の戦犯と党内で槍玉に挙げられたことから、党内での地位が大幅に低下した。
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一方、郵政法案に最後まで反対した
平沼赳夫元経産相は、「親子二代の風見鶏」と
中曽根の変節ぶりを激しく批判している。
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2006年1月参議院教育基本法に関する特別委員長に就任。
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2007年、参議院選惨敗の引責辞任を表明していた
青木幹雄参議院議員会長の後任に、
尾辻秀久元厚労相が浮上すると、これに対抗して自ら名乗りを上げたが、支持が広まらなかった。
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2007年9月参議院懲罰委員長に就任した。
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2007年12月、北朝鮮との国交正常化実現を目指す議員連盟、自民党朝鮮半島問題小委員会を立ち上げ、副委員長に就任した。
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2008年9月、麻生内閣にて外務大臣に就任した。
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自民党の参議院議員は一度入閣するとその後は再入閣しない慣例があるがそれを破って重要閣僚の外務大臣に就任したことは異例である。