| 国際武道大学時代には柔道部で柏崎克彦に師事し、2000年には正力杯全日本学生体重別の100kg級で準優勝。 |
| 大学卒業後には京葉ガス柔道部に所属し、2002年の全日本実業柔道個人選手権大会優勝、ドイツ国際柔道大会100kg級優勝などの実績を挙げる。 |
| 100kg級では、井上康生、鈴木桂治らと肩を並べ、全日本強化選手入りを果たした。 |
| アマチュア時代には、柔道以外の格闘技に挑戦し、2001年にJTC総合格闘技大会で準優勝、全日本サンボ体重別大会で優勝している。 |
| 2002年8月頃より柔道出身の格闘家の吉田秀彦と練習するようになり、2002年12月に京葉ガスを退社。 |
| 2003年1月に吉田道場入りし、プロ格闘家へ転向した |
| 2003年3月16日、師匠である吉田秀彦に続いて、プロ総合格闘技デビューとなるPRIDE.25でアントニオ・ホジェリオ・ノゲイラと対戦し、腕ひしぎ十字固めで一本負け。 |
| 2003年6月29日、K-1に参戦。 |
| 堀啓相手にKO負けしたものの、20cm身長が高い堀相手にアッパーと粘り強さで戦った。 |
| その後、ダニエル・グレイシー、ムリーロ・ブスタマンチなどの選手に勝利を収めた。 |
| 2005年4月23日、PRIDEGRANDPRIX2005開幕戦では、自らGPの台風の目になると宣言して臨み、1回戦でケビン・ランデルマンを相手に、終始試合を優位に進めて判定勝利。 |
| 6月26日のPRIDEGRANDPRIX20052ndROUNDでは、2回戦で当時のPRIDEミドル級王者ヴァンダレイ・シウバと対戦。 |
| 試合中に柔道着を脱ぐという自らの油断を突かれKO負け。 |
| このとき道着を脱いだのは試合前から計画していたことで、高橋尚子がサングラスを投げるのをオマージュしたと後に語っている。 |
| また、その隙に攻撃をしかけたシウバに対して、「空気を読まずに卑怯だ」とジャンクSPORTSで語ったが、周囲からは自業自得だと言われた。 |
| 2005年8月28日、PRIDEGRANDPRIX2005決勝戦では、ミドル級リザーブマッチとしてイゴール・ボブチャンチンと対戦。 |
| 判定で勝利し、日本人初のボブチャンチン越えを果たした。 |
| 続く12月31日のPRIDE男祭り2005ではパンクラスの近藤有己と対戦し、3-0の判定勝ち。 |
| 2006年9月10日、PRIDE無差別級グランプリ2006決勝戦において中尾"KISS"芳広と対戦。 |
| 両者が噛み合わず低調な試合となり、3-0で判定勝ちしたものの、会場から激しいブーイングを浴びた。 |
| さらに、試合後の高田延彦に「最低とは言わないが、あのような試合を見なければならないハメになってしまったことは課題と受け止めて、今後に向けてはしっかり修正していきたい」と苦言を呈された。 |
| 2006年12月31日、PRIDE男祭り2006では、PRIDEミドル級GP王者のマウリシオ・ショーグンと対戦。 |
| 有利なポジションをショーグンに取られ続け、0-3の判定負けを喫した。 |
| 2007年9月22日、UFCデビュー戦となるUFC76でリョート・マチダと対戦し、0-3の判定負けを喫した。 |
| 試合後のドーピング検査により、大麻反応が検出され罰金500ドルと3か月間(9月22日-12月27日)の試合停止が科せられた。 |
| 試合には、雨上がり決死隊の蛍原徹の髪型を模した「ホトちゃんヘアー」で臨んだ |
| 2008年5月24日、UFC84でソクジュと対戦し、1ラウンド終了時に続行不能によるTKO負け。 |
| 2008年7月20日、結婚披露宴を行った |
| 同年11月2日には、長女が生まれた。 |
| 2008年9月28日、戦極初参戦となった戦極〜第五陣〜のミドル級グランプリ1回戦でポール・カフーンと対戦し、判定勝ち。 |
| 2008年11月1日、戦極〜第六陣〜のミドル級グランプリ準決勝で佐々木有生に判定勝ちするも、決勝ではジョルジ・サンチアゴにKO負けを喫し、準優勝となった。 |
| なお、サンチアゴ戦で顎を骨折した。 |
| 2009年2月22日、ADCC世界大会アジア予選99kg未満級に出場。 |
| 決勝で内藤征弥に判定勝ちし、日本代表となった。 |
| 2009年8月2日、戦極〜第九陣〜の戦極ミドル級チャンピオンシップ挑戦者決定戦で三崎和雄と対戦し、フロントチョークで一本負けを喫した。 |
| 2010年4月25日、吉田秀彦引退興行〜ASTRA〜のメインイベントで吉田秀彦の引退試合の相手を務め、判定勝ち。 |
| 2010年7月10日、DREAM初参戦となったDREAM.15でカール・アモーゾと対戦し、3-0の判定勝ち。 |