中村 理恵子(なかむら りえこ) プロフィール わたしは、北海道十勝国河西郡 芽室町 (めむろちょう、あの横綱大ノ国の故郷)上伏古(かみふしこ)で生まれました。
父の仕事の都合で小学生の頃、東京にやってきました。上野駅に降り立った時、「なんて東京って暑くて臭いんだろう…」と思いました。
一時、相模原、町田市で過ごし中学2年のとき、多摩丘陵に出現した巨大ベッドタウン、 多摩ニュータウン に移り住みます。高校までは、地元で。大学は、小平市にある 武蔵野美術大学 へ通いました。油絵専攻だったので、カルトンや絵の具箱、大きなキャンバスを抱えての通学は結構大変でした。数年前多摩センターから玉川上水を通る 多摩モノレール ができましたが、あれがあの頃あったらどんなに快適だったでしょうか。 以来、人工的な団地群と豊かな自然が戦い調和する、この愛すべき地に在住しています。
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中村 理恵子(なかむら りえこ) プロフィール わたしは、北海道十勝国河西郡 芽室町 (めむろちょう、あの横綱大ノ国の故郷)上伏古(かみふしこ)で生まれました。
父の仕事の都合で小学生の頃、東京にやってきました。上野駅に降り立った時、「なんて東京って暑くて臭いんだろう…」と思いました。
一時、相模原、町田市で過ごし中学2年のとき、多摩丘陵に出現した巨大ベッドタウン、 多摩ニュータウン に移り住みます。高校までは、地元で。大学は、小平市にある 武蔵野美術大学 へ通いました。油絵専攻だったので、カルトンや絵の具箱、大きなキャンバスを抱えての通学は結構大変でした。数年前多摩センターから玉川上水を通る 多摩モノレール ができましたが、あれがあの頃あったらどんなに快適だったでしょうか。 以来、人工的な団地群と豊かな自然が戦い調和する、この愛すべき地に在住しています。
1980年代 大学を卒業して職業に就くでなし、かといってどこかの美術団体に参加するでなし、ぼんやり世間をみておりました。
そんなとき京王線の明大前駅ホームの窓から「渋谷美術研究所」という看板をみつけます。ここは、岩坂義樹、清水正子両氏が運営する私塾です。当時わたしのようなモラトリアム状態の若者や、職業に就きながら何かを探しにきた大人。自分の芸域を模索する舞台役者たち。そしてわずかに美大受験のティーンエイジャーが通う不思議な研究所でした。わたしは、1987年までの数年、ここで油絵ばかりでなく彫刻やデッサン、時には陶芸など、幅広くじっくり制作のペースを培うことになります。
「貌-かんばせ-R自身のためのDESSIN」展
(1986年 10月4日〜25日/渋谷美術研究所 階段画廊オープン記念) 大学卒業間もない1983年頃、モハメッドさんをとらえる目線は、まだまだアカデミックな縛りから抜け出せません。一度これを解体して、もっともっと対象物の真ん中にあるかたちや動きをしっかりつかみたいと強烈に思ったものです。
1987年までのこの5年間、自分の再構築、制作のペースを考えるには、とても貴重な時間でした。ここに集めた33点は、創作三昧の時間の中でひとつの軸となったシリーズです。黙ってわたしの前に座ってくれた個性豊かなモデルさんたち。
最初に公開してから10数年、カルトンの中で少しずつ木炭やコンテの粉が滑りおちてゆきます。いまだからこそ、デジタイズしてweb上にあらためて公開します。
今も昔も、なんてったって人の顔が、おもしろい。 1990年代 ここで、 デジタルとネットワーク に出会います。しかし、 遊びこころって大事ですね・・・・。
30歳を目前にしたわたしは、地元で働きながら制作を続けて行きたいと模索しはじめます。地元のタウン紙 「月間多摩ガイド」 (多摩新聞社/1987年創刊) で約1年働き、1989年3月商用パソコン通信会社 マスターネット�� (ゼロ株式会社)に入社しました。
インターネット時代のコミニュケーションのあり方などを、実践的なビジネスの場で経験します。なによりこの時代を生き生き駆ける多くの人との出会いが貴重でした。サラリーマンとしての日々もなかなか新鮮でした。そのうえコンピュータ・グラフィックス(CG)の制作に目覚めて、CGアーティストという二足のワラジ生活も始まります。 (はじめてのデジタル作品?;マスターネット会員向けPR紙 「EXPRESS」 )
パソコン通信の世界には、CGアーティストたちのためのサイバー・カフェもあり、そのメンバーが中心となってデジタル系のクリエイターたちが集い 「ディジタル・イメージ」 を発足しました。以来、毎年銀座のワシントンギャラリーで展覧会が開かれてます。
デジタルなソロ作品 1990年〜1994年
1989年当時、 昨日まで油絵の具や粘土がごろごろしているアトリエに、いきなりフルカラーのCG環境がやってきます。
こってりした油の質感やウォーターカラーのサラリとした透明感、楔のように切り込む鉛筆の筆圧が、モニター上におもしろいように同居して現れます。
こりゃすごい!乾きの時間を計ったり素材の質を意識することなく、いままでの創作プロセスでは経験しなかった絵つくりの時間が流れてゆきます。
640pixel×480pixelの小さな画面が、切手大から2間もあるような巨大なプリントアウトになって、日本国内はじめ、海外のいろいろな場所で自在に大きさを変えて出力されてゆきます。
新しい道具、新しい創作経験にわくわくしました。 1991年の師走には、仲間のCGアーティストで、フルカラーペイントシステム「スーパータブロー」の開発者でもある安斎利洋さんから1通の電子メールが届きます。
「種をください。うまく発芽したらお返します。」
「???」と思いましたが、とりあえず軽く描いたCGを電子メールで返します。
これが、インターネットとCGを使ったコラボレーテッドアートの試み 『連画』 のはじまりです。→ renga.com デジタルとネットワークを駆使する「連画」を最初に面白い!と思ったのは、フランス国立視聴覚研究所(INA)のフィリップ・ケオさん。1994年春にはINA- IMAGINA に招きかれ、モナコに行きました。夏には、アメリカのオーランドで開催された世界的なCGの学会; SHIPPRAPH‘94 へ誘われ、世界各国の活きのいいアーティストや研究者たちと出会いました。
帰国して、 NTT/ICC でのワークショップと展覧会の機会を得ます。「連画」が海外をへて、日本に逆輸入された瞬間です。1995年の夏には、連画ホームページを公開します。世の中は、インターネットが大普及する前夜でした。
以来、 連画セッションは、 「春の巻」 や 「未来の標本箱」 など二人の連画ばかりでなく、 中国の高名な書家との「北京連画」 や、 全盲の造形作家との「触覚連画」 など個性豊かなコラボレーターに恵まれ、多人数の連画へと発展しました。
1998年くらいから、連画をP2P(Peer to Peer)環境下で実現した 「Interwall」 などの装置やシステム構築に熱くなってます。これらをアーティストたちとばかり遊んでいるのでなく、造形教育の現場やメディア研究者との共同研究の場に持ち込みます。
「連画」の活動は私的なものからどんどん大きなプロジェクトへ発展してゆきます。
わたしの肩書きもCGアーティストからネットワークアーティスト、そして最近では、メディア・アーティストというなんだか実態のはっきりしないよばれかたしてます(これって果たして、ネイティブに正しく通じるんでしょうか?)。
2002年3月、 ポストIT連画?!; 『カンブリアン・ゲーム』 連画10年の節目になぜか、75mm四方のポストイットと80円のかきかたペンで創造の連動を試みました。じっくり数時間かけて楽しんだ ‘原始カンブリアン‘です。
さっそく東大安田講堂に200人ほどの人を集めてで 「カンブリアン・ゲーム」 としてセッションし、この遊びを公開しました。半年後、この遊びをやっぱりさー、デジタル、ネットワーク世界でやるんだ!と、 「カンブリアンの庭」 の開発がはじまりました。 ★ 『スクール・カンブリアン』 2002年6月から、 D-projrct (デジタル表現研究会)といっしょに、本格的に教育現場で「連画(れんが);絵のリレー」としてセッション準備、そして開始。 「カンブリアンの庭」 をベースにカスタマイズされたシステムが国内外の教育現場をつなぎ、あるいは1日だけのイベント時には、LANに特化したバージョン使ってセッションできます。 2003年、2004、2005年と情報教育スペシャルプロジェクトのひとつの柱として、ふたつの国際セッションとデジタルカメラを使ったセッション、他を実施。2006年、 D-project2 となり「学校連画2006」を実施した。 『顔ポイエーシス』の話しは、2003年の5月からはじまって最初の作品群を10月に公開。つづいて2004年2月、久々、自分の今たってる地点を確認するようなチャンスとなって公開できました。
当時、高価だった油絵セットをねだり美術大学をめざして以来、油絵の具や木炭にまみれた10数年。その後デジタルと出会ってその可能性と危うさの中での輝度の高い10数年。そしてこのふたつの経験をおもいきり活かして、しかし同時に捨去る勇気をもって「遺伝的絵画」法なるものに挑もうとしています。この日々を克明に記録した創作ノート『ピクシマ日記』(仮称)を近日公開予定です。
『顔ポイエーシス』 ★ ↑ 「 タブラ・ピクシマ 」 で創った世界初の作品・・・まだまだ、うぶーい。 2003年10月10日、 『顔ポイエーシス ICC2003』 公開。 2004年2月1日、 『顔ポイエーシス-みらいチューブ2004』 公開。 ● 漆ハプニング ;輪島の漆作家、角好司との 対話システム (詳細近日公開) ● マチスましーん 最新のワークショップ(育成中)。 ● 愛・地球博連続カンブリアン・ゲーム 、 会場の様子 も。 ● メルまんだら 東大の水越伸研究室のメンバーを中心に仕組んだ人、物、事の相関を動的に視覚化。 ● メンデルのキャンバス( レポート )@CANVAS、 ワークショップコレクション2005 ほか、2005年、2006年の 詳細な活動記録 は、 SNS 格納中。 近日、 新たな仕掛け、システム を駆使してweb上に公開予定です!!!。 2007年3月 戻る






























