| 専大附属高校に進学すると、3年時にインターハイ東京都予選3位となった。 |
| その後、和術慧舟會東京本部に入門し、総合格闘技のトレーニングを開始。 |
| 2003年4月、専修大学法学部に進学。 |
| 2003年7月6日、JTC(JapanTotalfightChampionship)主催「全日本総合格闘技選手権」東京大会82kg級(5名参加)に出場。 |
| 決勝で九十九優作に一本勝ちし、優勝を果たした。 |
| 11月23日の全国大会でもオール一本勝ちで優勝を果たした。 |
| 2003年12月13日、キングダム・エルガイツ「東京大会-飛翔-」で大森健太とキングダムルールで対戦し、三角絞めで一本勝ち。 |
| 2003年12月27日、DEMOLITIONでプロ総合格闘技デビュー。 |
| 2004年7月16日、初参戦となった修斗で坂井圭介と対戦し、チョークスリーパーで一本勝ち。 |
| 2006年7月21日、ハワイでロナルド・ジューンと初代修斗環太平洋ミドル級王者決定戦を戦い、1Rチョークスリーパーで一本勝ち。 |
| 王座を獲得した。 |
| 2006年12月13日、UFC初参戦となったUFCFightNight7でブロック・ラーソンと対戦し、判定負け。 |
| デビュー以来の無敗記録は15戦で止まった(13勝2分)。 |
| この記録は、14戦無敗であった前田吉朗を抜き、日本新記録(男子)となっている。 |
| 2007年6月6日付けで、修斗環太平洋ミドル級王座を返上(UFCとの契約により修斗の大会で試合ができなかったため)。 |
| 2007年9月24日、Giグラップリング2007トーナメントに出場。 |
| 決勝でクリスチアーノ上西に勝利し、優勝を果たした。 |
| 2007年10月、ゴールドジムサウス東京で「K太郎道場」をオープン。 |
| 2007年11月11日、CAGEFORCE初参戦となった『CAGEFORCEEX-easternbound-』で花井岳文と対戦。 |
| 寝技師対決となったがグラウンドの展開はなく、膝蹴りでのKO勝ちとなった。 |
| 2008年2月2日、UFC81でロバート・エマーソンと対戦し、僅差の判定負け。 |
| UFCでは3連敗となった。 |
| その後一度は総合格闘技からの引退を表明したものの「自分に嘘をついてまでやれなかった」(中村へのインタビュー)『ゴング格闘技』No.193、2008年7月号、後に撤回した。 |
| 2008年8月31日、Giグラップリング2008トーナメントに出場。 |
| 3試合連続で裸絞めで一本勝ちし、2年連続の優勝を果たした。 |
| 2008年9月23日、DREAM初参戦となったDREAM.6でアドリアーノ・マルチンスと対戦し、2-1の僅差で判定勝利。 |
| 2008年11月8日、『CAGEFORCEEX-easternbound-』でキム・ジャンヨンと対戦し、生涯初のKO負けを喫した。 |
| 2009年2月22日、ADCC世界大会アジア予選77kg未満級に出場。 |
| 3試合すべて裸絞めで一本勝ちし、日本代表となった。 |
| 2009年8月22日、「強者secondvol.7」のCAGEFORCE提供試合でアンドレ・ナパウォン・マフェトニと対戦予定であったが |
| 2009年9月、アブダビコンバット2009・77kg未満級に出場。 |
| 1回戦・2回戦を勝ち抜くも |
| 4位となった |
| 2009年12月6日、Gi2009に出場。 |
| グラップリング部門決勝で小澤幸康にポイント勝ちし、優勝。 |
| 大会3連覇を果たした。 |
| 2010年1月10日、DEEPXリアルキングトーナメント2010・ミドル超級(6名参加)に出場し、優勝を果たした |
| 2010年6月20日、SRC13のウェルター級グランプリシリーズ1回戦でオマール・デ・ラ・クルーズと対戦し、パウンドによるTKO勝ち |
| 2010年10月30日、SRC15のウェルター級グランプリシリーズ準決勝で和田拓也と対戦し、パウンドによりタップアウト勝ちを収めた |
| 2010年12月30日、戦極SoulofFightのウェルター級グランプリシリーズ決勝でYasubei榎本と対戦し、チョークスリーパーによる一本勝ちで優勝を果たした |