| 企業間の紛争・交渉等を中心とした国際法務を得意とする他、個人の法律問題にも幅広く取り組む。 |
| 学生時代は新聞奨学生を2年務めた。 |
| 地方出身なので東京に出てみたくなり、とりあえず早稲田大学を受験したら合格した。 |
| さらにとりあえず司法試験も受けてみたら合格した。 |
| テレビに出始めたきっかけは、汚い服装で歩いていたら警官に職務質問され、職業を聞かれて「弁護士」と答えたら「そんな弁護士がいるか!」と言われたエピソードが芸能界に伝わったこと(T.M.Revolutionの西川貴教の著書「西川貴教のとなりの芝生」での発言、西川は「サラッと早稲田に合格してサラッと司法試験に合格?」と驚愕していた)。 |
| 趣味は、座禅・寒中水泳・滝行・ランニング・温泉入浴。 |
| 特に水泳は都内の川を朝早く泳ぐほどの水泳好き。 |
| プロ野球含めて野球への知識はほとんどないと話すが、多くの番組で共演した大の読売ジャイアンツファンの徳光和夫と巨人の試合を観戦し、やや巨人に興味を持ったとの発言をしたこともある。 |
| 阿部寛出演の日本テレビ系ドラマ『最後の弁護人』にも出演。 |
| 家族は妻と長女。 |
| 2005年6月26日の日本テレビ系『行列のできる法律相談所』において、『24時間テレビ28』(同年8月27日・28日放送)のチャリティーマラソンランナーになることが発表された。 |
| この頃から近所の江戸川の土手で練習している姿がしばしば目撃されている。 |
| そして、番組生放送中の8月28日20時43分に目標の100kmを見事完走した『24時間テレビ』放送中にゴールできなかった場合を考慮し、その後枠の『行列』の生放送でカバーする予定であったが、『24時間テレビ』中にゴールした事により、丸山を祝福する番組となった。 |
| 日本武道館までのゴール700m手前からは長女が伴走している。 |
| この当時、丸山は59歳であり、24時間マラソンの最高齢ランナーであったが、2007年には当時66歳の萩本欽一が、さらに2011年には当時70歳の徳光和夫が最高齢記録を塗り替えた萩本が自身の記録を塗り替えた際、丸山は「俺より年寄りの人はもう出ないと思ったのに」と悔しがった。 |
| ただし、萩本、徳光の走行距離は年齢の関係で丸山より短いもの(前者は70km、後者は63.2km)であり、現在も走行距離の長さでの最高齢は丸山が保持している。 |
| 北村晴男とは「犬猿の仲」・「ライバル」として知られているが、『クイズ$ミリオネア』では、2005年10月の丸山の挑戦には北村が、2006年1月の北村の挑戦には丸山が応援にスタジオへ出向いており、また2007年8月30日の丸山の再挑戦でも北村が応援のためにVTR出演している。 |
| 丸山が24時間マラソンに挑戦したときには、北村は残暑見舞いの葉書を送り、丸山を激励している。 |
| ゴールの直後に丸山と最初に抱き合ったのも北村であった。 |
| これだけでなく、北村と橋下徹が共に下になり、丸山を肩車した。 |
| しかし、直後の『行列』の生放送では、北村は「あれは間違いだった」と発言している。 |
| 雑誌インタビューなどによれば、互いに「仕事(番組出演)以外での付き合いはほとんどない。 |
| 仲は別に良くも悪くもない」とのこと。 |
| 「犬猿の仲」・「ライバル」は『行列』におけるネタといっても過言ではない。 |
| なお、島田紳助が女性暴行事件での謹慎中には、北村と共に和解しながら握手するシーンも見られた。 |
| これで2人は仲直りしたのかネタなのかはわからないが、東野幸治は「紳助さん、仲直りしましたよ。 |
| 」とカメラに向かっていった。 |
| ちなみに丸山と北村は共に早稲田大学法学部出身であり、先輩・後輩の関係にあたる。 |
| 2006年1月18日に『浪漫(ゆめ)-さらば昨日よ-』(作詞:荒木とよひさ、作曲:Face 2 fAKE)でCDデビュー、「弁護士 丸山和也」として発売。 |
| 1月30日付けのオリコンシングルチャートで総合34位、演歌・歌謡部門2位で初登場。 |
| 60歳以上の新人デビューシングルとしては史上初めて、同チャートで初登場トップ40入りを果たしたきんさんぎんさんは1992年に99歳で同チャート最高39位を記録しているが、初登場は78位である。 |
| 2006年にはゲーム『逆転裁判』シリーズにおけるイメージキャラクターとして起用された。 |
| ゲーム中に登場するのではなく、CMなどの宣伝活動に活躍する。 |
| 人情派のキャラクターを売りとしているが、テレビ朝日系情報番組『やじうまプラス』で耐震構造偽造問題が報道されはじめた頃は、「トラブルに対する」弁護士らしい割り切り方でコメントをしているこれは岩見隆夫の癪に障ったようである。 |
| 岩見の様子をみてすぐさま意見を切り替えるあたりはテレビ向きである。 |
| 以降、番組の司会も丸山より岩見から先にコメントさせている。 |
| 2007年4月8日投票の東京都知事選挙に立候補のための書類を入手し、一時は動向が注目されたが、現実的には解決困難な事情が数多くあるとして立候補を断念した。 |
| 2007年7月29日実施の第21回参議院議員通常選挙へ自由民主党公認で比例区で出馬し、270,754票を獲得し、自民党内では4位で当選を果たした。 |
| 2007年6月、この参院選への出馬で「行列~」を一時降板した。 |
| 議員活動との兼ね合いは困難となることから、そのまま降板する事も検討されたが、番組には欠かせない存在であり、今後は準レギュラーとして不定期で出演することになった。 |
| 第45回衆議院議員総選挙の直前に古賀誠(当時:自由民主党選挙対策委員長)が宮崎県知事:東国原英夫を擁立しようとした際には「自民党の内部改革もしないで外部の力を借りようなどとは言語道断だ」と怒り、古賀に対して抗議を行っている。 |
| また、第45回衆議院議員総選挙での自民党惨敗には、自らのプライベートブログでは「積年の弊害を片付けてくれた」と語り、9月9日の両院議員総会では「今こそ新しいリーダーを本気で選ぶエネルギーがあるのか!」と党の執行部に向けて鋭く迫るなど、自由民主党参議院議員となってからはその論客ぶりに磨きがかかっている。 |
| 国会では、「死刑執行は死刑囚本人が執行のボタンを押せるようにしろ」と、また、人権擁護法案について「人権擁護に関する基本法があっていい。 |
| そういうのがないのがおかしい」と主張(第169回国会参議院法務委員会、2008年3月25日)。 |
| 同年5月19日の決算委員会で「各省庁の大臣がおられるけれども文科大臣というのが僕は一番偉いと思っている」と発言し、与党席から野次が飛んだが「いや、本当にそうなんですよ」と開き直った。 |