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菊池寛
小説家、劇作家、ジャーナリスト。文藝春秋社を創設した実業家でもある。本名は菊池寛(きくちひろし)。 |
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宮本百合子(みやもとゆりこ、1899年(明治32年)2月13日-1951年(昭和26年)1月21日)は昭和期の小説家、評論家。旧姓は中條(ちゅうじょう)、本名はユリ。... |
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高山樗牛(たかやまちょぎゅう、1871年2月28日(明治4年1月10日)-1902年(明治35年)12月24日)は明治時代の日本の文芸評論家、思想家。東京大学講師。文学博士... |
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東京生まれの小説家、劇作家、俳人。1926年よりNHKに奉職した経歴をもつ。俳号は暮雨、傘雨。 |
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プロフィール
- 久米正雄とは
- 略歴
- 戯曲
- 小説
- 評論
- 句集
- 翻訳
- 関連項目
- 関連サイト
久米正雄(くめまさお、1891年(明治24年)11月23日-1952年(昭和27年)3月1日)は、日本の小説家、劇作家。俳号は三汀(さんてい)。“微苦笑”という語の発明者として有名。 永井龍男は義弟(永井の妻が、久米の 妻の妹)。息子の久米昭二はNHKの演芸番組のディレクターとなり、女優 音羽美子と結婚した。
略歴
| 長野県上田市生まれ。 |
| 父は現在の上田市立清明小学校の校長だったが、1898年(明治31年)、明治天皇の行在所だった女子本校校舎が火災により焼失した責任を負って自殺。 |
| このため、正雄は母の故郷である福島県で育つ。 |
| 旧制の福島県立安積中学校(現福島県立安積高等学校)では俳句に熱中し、俳壇で有望視された。 |
| 無試験で第一高等学校文科に推薦入学。 |
| 東京帝国大学文学部英文学科に在学中、成瀬正一、松岡譲らと第三次「新思潮」を創刊し、作品を発表。 |
| 戯曲「牛乳屋の兄弟」(1914年)で認められる。 |
| 「新思潮」廃刊後は、「帝国文学」同人。 |
| 1915年(大正4年)、夏目漱石の門人となる。 |
| 1916年(大正5年)、芥川龍之介、菊池寛らと第四次「新思潮」を創刊。 |
| 同年大学卒業、年末に漱石が死去する。 |
| 漱石の長女筆子に恋して、漱石夫人鏡子に結婚の許しを請うたところ、筆子が同意するなら許すとの言質を得たが、筆子は松岡譲を愛していた。 |
| それに加えて、筆子の学友の名を騙る何者かが、久米を女狂い・性的不能者・性病患者などと誹謗中傷する怪文書を夏目家に送りつける事件が発生した(関口安義『評伝松岡譲』によると、この怪文書の作者は久米と長年にわたり反目していた山本有三だったという)。 |
| この事件では一時的に筆子の同情を勝ち得た久米だったが、じきに自分が筆子と結婚する予定であるかのような小説を発表し、さらには「漱石令嬢、久米正雄と結婚」という情報を自ら雑誌に流すなどの行動が嫌われて恋に破れ、夏目家からは出入りを差し止められた。 |
| 久米は、筆子が無理なら妹の恒子でも、また筆子のいとこでも良いと要求したが無駄であった。 |
| 筆子は松岡と結婚した。 |
| 久米は失意のあまりいったん郷里に帰るが、1918年(大正7年)再上京し、「受験生の手記」などを発表する。 |
| これは大学受験の失敗と失恋の苦悩を綴ったもので、同年の短編集『学生時代』に収められ、長く読まれた。 |
| しかしその四月、松岡と筆子の結婚が報じられると、久米は恨みをこめた文章をあちこちに書いた。 |
| 菊池が同情して、「時事新報」に「蛍草」を連載させ、この通俗小説は好評を博した。 |
| 以後、数多くの通俗小説を書いた。 |
| このころ、中条百合子と交友関係があったという。 |
| 1922年(大正11年)になって、久米は筆子への失恋事件を描いた小説「破船」を発表。 |
| これによって、主に女性読者から同情を集めた。 |
| 翌1923年(大正12年)、奥野艶子と結婚。 |
| 自らは通俗小説の大家となりながら、芸術小説への憧れが強く、評論「私小説と心境小説」(1925年)で、初めて「純文学」という語を用い、トルストイもドストエフスキーも所詮は高級な通俗小説で、私小説こそが真の純文学だと論じ、日本文学の趨勢を決めた。 |
| 関東大震災に遭遇した折、たまたま居合わせた長谷寺へ避難したことが縁となり、1925年(大正14年)から亡くなるまで鎌倉に居住した。 |
| 1932年(昭和7年)、鎌倉の町議にトップ当選したが、1933年(昭和8年)、川口松太郎や里見弴と共に花札賭博で警察に検挙された。 |
| 1938年(昭和13年)には東京日日新聞(のちの毎日新聞)の学芸部長に就任。 |
| 第二次世界大戦中は、日本文学報国会の事務局長を務めた。 |
| 1945年(昭和20年)5月、鎌倉文士の蔵書を基に川端康成たちと開いた貸本屋(戦後に出版社となる)“鎌倉文庫”の社長も務め、文藝雑誌「人間」や大衆小説誌「文藝往来」を創刊した。 |
| 鎌倉ペンクラブ初代会長としても活躍。 |
| 菊池との友情は長く続いた。 |
| 晩年は高血圧に悩み、脳溢血で急逝した。 |
| 死の直前に松岡と和解している。 |
| 忌日は三汀忌、もしくは微苦笑忌と呼ばれる。 |
| 全13巻の『久米正雄全集』(平凡社、1931年)は、1993年に本の友社から復刻された。 |
戯曲
| 牛乳屋の兄弟(牧場の兄弟)1914。 |
| 心中後日譚春陽堂1922(ヴエストポケツト傑作叢書)。 |
| 牧場の兄弟金星堂1922(金星堂名作叢書)。 |
| 久米正雄戯曲全集第1巻金星堂1922。 |
小説
| 手品師新潮社1918(新進作家叢書)。 |
| 学生時代新潮社1918 のち文庫、角川文庫、旺文社文庫。 |
| 短編「受験生の手記」を収める。 |
| 弱き心春陽堂1920。 |
| 良友悪友春陽堂1922(ヴエストポケツト傑作叢書)。 |
| 懶い春金星堂1922(金星堂名作叢書)。 |
| 或る求婚者の話金星堂1922(金星堂名作叢書)。 |
| 彼女と私金星堂1923(金星堂名作叢書)。 |
| 不肖の子二松堂書店1923(表現叢書)。 |
| 水の影春陽堂1922。 |
| 破船新潮社1922-1923。 |
| 晴夜春陽堂1926。 |
| 天と地と文芸春秋社出版部1927。 |
| 青眉春陽堂1932(日本小説文庫)。 |
| 白夜は明くる大日本雄弁会講談社1932。 |
| 拓きゆく道遠藤節共著講文館1933。 |
| 男の掟昭和長篇小説全集第5巻新潮社1934。 |
| 月よりの使者大日本雄弁会講談社1934のち春陽文庫。 |
| 寂光愛新小説社1935。 |
| 金環蝕新小説社1935。 |
| 青空に微笑む大日本雄辯會講談社1935.6。 |
| 紅頬褪する時新小説社1936。 |
| 新月抄大日本雄辯會講談社1936.9。 |
| 吾亦紅・光の漣非凡閣1939(新作大衆小説全集)。 |
| 白蘭の歌新潮社1940。 |
| 風と月と鎌倉文庫1947。 |
| 青空少年湘南書房1948(新日本少年少女選書)。 |
| 三つの真珠矢貴書店1949。 |
| 二葉のクローバー光文社1950。 |
| 金色雪崩湊書房1951。 |
評論
| 漱石先生の死春陽堂1921(新興文芸叢書)。 |
| 人間雑話金星堂1922。 |
| 微苦笑芸術新潮社1924(感想小品叢書)。 |
| 伊藤博文伝改造社1931(偉人伝全集)。 |
| 二階堂放話新英社1935。 |
| 文章の作り方新潮社1937(入門百科叢書)。 |
| 微苦笑随筆文芸春秋新社1953。 |
句集
| 牧唄久米三汀句集柳屋書店1914。 |
| かへり花甲鳥書林1943。 |
| 互選句集久保田万太郎文芸春秋新社1946.9。 |
| 久米正雄全集全15巻平凡社1930-1931。 |
翻訳
| 立体派と後期印象派/アーサー・ジエローム・エツデイ向陵社1916(美術叢書)。 |
| ハムレツト/シエクスピーア新潮社1922(泰西戯曲選集)。 |
| ロミオとジユリエツト/シエクスピーア新潮社1922(泰西戯曲選集)。 |
| レ・ミゼラブルユゴー三徳社1922。 |
| 此悲惨/ユーゴー春陽堂1924。 |
| 椿姫/小デュマ文芸日本社1925(世界文芸映画傑作集)。 |
| オセロオ/シエクスピーア新潮社1925(泰西戯曲選集)。 |
| 世界大衆文学全集第5巻椿姫デユママノンレスコオ/アベ・プレヴォ改造社1929。 |
| 現代語西鶴全集第2巻好色二代男一名諸艶大鑑春秋社1931。 |
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