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プロフィール
- 今井正人とは
- 来歴・人物
- 箱根駅伝で大活躍
- 社会人入り後
- 自己記録
- エピソード
- 関連項目
- 関連サイト
今井正人(いまいまさと、1984年4月2日-)は、陸上競技(長距離走・マラソン)選手。福島県小高町(現・南相馬市)生まれ。妻はRKB毎日放送アナウンサー・ 川添麻美。小高町立小高中学校→福島県立原町高等学校→順天堂大学スポーツ健康科学部→トヨタ自動車九州所属。169cm、55kg。
来歴・人物
| 小中学校時代、野球部に所属しながら、駅伝でも助っ人として活躍し、小高中3年の1999年度に中学生枠で都道府県対抗男子駅伝の福島県代表に選ばれ、区間3位の成績を残した。 |
| そこで、当時早大のエースで将来を嘱望された佐藤敦之(福島県出身)と出会った。 |
| 原町高校進学後、本格的に陸上競技を始める。 |
| 高校1年生時には県高校新人5000mで優勝。 |
| 2年の都道府県対抗駅伝では5区で区間新記録を樹立した。 |
| 高校3年時にインターハイ5000mで5位(日本人2位)。 |
| 各種駅伝、クロスカントリーでも強さを見せていた。 |
箱根駅伝で大活躍
| 順天堂大学に進学し、1年生ながら2004年・第80回箱根駅伝ではエース区間の2区を走り区間10位。 |
| ただこのときラスト3kmの上り坂での走りが素晴らしく、後の今井の5区起用とそれによる才能の開花の伏線となった。 |
| 翌2005年・第81回箱根駅伝では、5区(小田原→箱根・芦ノ湖の区間)の標高差775mの上り坂をまるで平地のように疾走し、前年5区で金栗四三杯(最優秀選手賞)獲得の鐘ケ江幸治(筑波大学・関東学連選抜)の9人抜きを超える5区史上最多の11人抜きを達成し、かつ中井祥太(東海大学)の持つ5区の区間記録を2分17秒も更新する1時間9分12秒で走破、金栗杯を手にした。 |
| 2006年度からは5区のコースが延長された為(小田原中継所が東京寄りに2.5km移動した)、この記録は永遠のものとなった。 |
| ちなみに、後述の通り、東洋大学の柏原竜二がコース延長後の5区で2007年の今井の記録を更新したが、延長前の5区の区間のタイムを比較すると、柏原より2005年の今井の方が1分35秒上回っており、距離の延長によるスタミナ配分等を考慮したとしても、今井の山での走りがいかに素晴らしかった事を物語っている。 |
| そして2006年・第82回箱根駅伝では、故障明けの試合ながらも順天堂大学に17年ぶりの往路優勝をもたらした。 |
| この年から5区の距離が延び、最長区間となった同区で再度区間賞でゴール。 |
| 5区でたすきを繋いだ時点では6位だったが、天候の悪い最悪のコンディションながら、まず前の4人をごぼう抜きし、17km地点過ぎで山梨学院大の森本直人を捉えて5人抜きの単独1位になり、あとは一人旅のまま往路優勝へ導いた。 |
| その走りは高く評価され、3区で区間新記録を出した佐藤悠基らを抑えて2年連続で金栗杯を手にした。 |
| 順大陸上部主将として臨んだ2007年・第83回大会では、トップから4分9秒遅れの5位で4区佐藤秀和からたすきを受けた後、驚異的なペースで上り坂を駆け抜け、16km地点で首位に躍り出た。 |
| 更に前年自らが出した区間記録を25秒更新する1時間18分5秒でゴール、順大を2年連続の5区逆転往路優勝、そして6年ぶりの総合優勝に導くとともに、3年連続区間記録更新という5区史上前人未到の記録を打ち立てた。 |
| (3年連続区間新は武井隆次(早大)以来5人目の記録だが、3年連続同区間でマークしたのは今井が初。 |
| ただし、3年次はコース変更があったため、区間賞=区間新であった佐藤悠基とともに金栗杯を受賞。 |
| 今井は3年連続の金栗杯受賞となった。 |
| ちなみに、5区での3年連続区間賞は、大東文化大学の大久保初男の4年連続区間賞に次ぎ、明治大学の八島健三、日本大学の鈴木房重、中央大学の西田勝雄の3年連続区間賞に並ぶ記録である。 |
| 今井が5区で抜いたランナーは3年間あわせて20人に上る。 |
| この事からテレビ中継では「山の神、此処に降臨!」と言われた。 |
| なお、今井が大学卒業後の2009年・第85回大会の5区では、東洋大学の柏原が今井の区間記録を47秒も更新する1時間17分18秒をマークして、東洋大学の往路・復路共に首位の総合初優勝に貢献。 |
| 奇しくも柏原は今井と同じ福島県浜通りの出身であり、ゴールの瞬間の実況では今井になぞらえて「新・山の神」「山の神童」とも言われた。 |
| また今井はその時、ゲスト出演者として柏原の快走を見届けており、「自分と同じ福島出身の後輩が活躍してくれて嬉しい」と祝福している。 |
| さらに柏原は翌2010年・第86回大会で、自らの区間記録を10秒更新した。 |
社会人入り後
| 2007年春より、森下広一監督が率いる実業団のトヨタ自動車九州に入社。 |
| 9月16日の島根県で行われた松江ハーフマラソンで優勝、9月30日の大牟田10マイルで2位に入賞し九州一周駅伝で福岡県選抜チームのメンバーとしては、4つの区間賞獲得と新人賞と最優秀選手賞のダブル受賞を果たした。 |
| 2008年の第52回ニューイヤー駅伝では、緩やかな上り坂と強風が吹き荒れる5区を走り、区間5位の記録を残した。 |
| 2008年4月よりトヨタ自動車九州陸上部主将に指名される。 |
| 注目された今井の初マラソンは、2008年8月に行われた北海道マラソンだったが、30km付近から大きくペースダウンとなり、結局10位に終わる。 |
| 「ここ(30km)から勝負と思っていたが、腰が落ちて脚が動かなくなった」と苦笑いを浮かべていた。 |
| 2009年12月の甲佐10マイルロードレースでは、北村聡・座間紅祢・佐藤悠基らを抑えて46分40秒で優勝を飾った。 |
| 2010年元旦の第54回ニューイヤー駅伝では4区(22.3km)を29番手から17番手へ順位を上げる12人抜きの走り、1時間03分26秒の記録は佐藤敦之に次ぐ区間2位となった。 |
| 2010年12月、翌2011年に開催される世界陸上大邱大会男子マラソンの選考会を兼ねた福岡国際マラソンに出場。 |
| 30Km過ぎまでは2位グループについていたが、その後後退。 |
| 38Km手前で一時は3番手に順位を上げるもペースが落ち、38Km過ぎに日本人トップで3位だった松宮隆行らに抜かれ、当時のマラソン自己ベストは出したが5位に留まる。 |
| ゴール後の今井は人目も憚らずに悔し涙を流していた。 |
| 2011年3月、再び世界陸上大邱大会代表を目指してびわ湖毎日マラソンに出場。 |
| 30Km地点を過ぎ、日本男子トップ争いは堀端宏行(日本人トップの3位に入り、世界陸上大邱大会男子マラソン代表に即内定)らとデッドヒートを繰り広げた。 |
| 32Km手前で堀端と足が接触、堀端が大きくバランスを崩したのを機に今井が一時4位を走っていたが、その後今井はペースダウン。 |
| 35Km付近で堀端に抜かれ、さらに38Km過ぎで中本健太郎(日本人2番手の4位、堀端と同じく世界陸上男子マラソン代表に選出)らにも追い越されてしまい、マラソンの自己記録を再び更新したが日本人3番手の6位に敗れた。 |
| 同2011年、長距離のシーズンが一段落したのを機に取材で知り合った年上の川添と結婚。 |
| 当初川添は結婚を機にRKBを辞め、専業主婦として支えることにしていたが、3月11日に東北地方太平洋沖地震が発生。 |
| 実家が津波の被害にあったほか、地元の友人らとも連絡が付かない状態にあるという。 |
| このため夫婦で話し合った結果、互いの仕事を続けていくことが周囲のためにできることだという結論に至り、川添はRKB退職を撤回した。 |
| {{Citeweb。 |
自己記録
| 5000m-13分55秒65(2009年6月)。 |
| 10000m-28分18秒15(2010年9月)。 |
| ハーフマラソン-1時間02分37秒(2005年2月)。 |
| マラソン-2時間10分41秒(2011年3月)。 |
エピソード
| 11人抜き以来、他校の選手から「山登りの神様」と呼ばれる様になる。 |
| これは今井と共に3年連続で5区に出走し、箱根の今井を誰よりもよく知る日体大(現日清食品)の北村聡が、2007年第83回大会前のインタビューで「5区には(山の)神がいる。 |
| 今井さんと勝負がしたい」と評したことに由来する。 |
| (2007年の大会では北村も途中9.3km近くまで今井に食らい付く走りを見せていたが、最終的には力尽きた)日本テレビアナウンサーの河村亮は今井がゴールし往路優勝を決めた瞬間に「今、山の神、ここに降臨!その名は今井正人!」と叫んだ。 |
| 2005年第81回大会では日本テレビアナウンサーの矢島学は「人間ブルドーザー」、「山登りの貴公子、誕生!」と叫んだ。 |
| 山岳地帯において絶対的な強さを誇る一方で、平地のトラック競技タイムトライアルでは極立って速いというわけではない。 |
| 順天堂大学の仲村明監督は、山における今井の強さの秘密を「キック力が人並み外れている」と明かしている。 |
| また法大OBの徳本一善は「今井は疲労物質である乳酸がたまりにくい走り方をしている」と語っている。 |
| シュークリームが大好物で、2007年箱根駅伝翌日の『ズームイン!!SUPER』に生出演した際、用意されたシュークリームを一気食いする姿が見られた。 |
| 2007年1月21日に広島県で行われた「第12回全国都道府県対抗男子駅伝競走大会」に、福島県チームのアンカーとして出場。 |
| 38位から17人を抜き、チームを21位にまで押し上げた。 |
| 中学・高校時代には、市町村対抗福島県縦断駅伝競走大会(ふくしま駅伝)で小高町チームの選手として活躍した。 |
| 2008年10月4日に開かれた箱根駅伝シンポジウムにおいて第83回大会当時の思い出について、「実は(華の2区と呼ばれ、各チームのエースが走ることが多い)2区を走りたいと言い続けてたんですけど」と語った。 |
| 2011年の東日本大震災で実家が津波被害にあい、駅伝関係の賞状等の多くが失われている。 |
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1984年
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今井 正人(いまい まさと)は、陸上競技(長... |
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2005年
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ハーフマラソン1時間02分37秒 |
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