| 『「隠れたる神」の痕跡――ドイツ近代の成立とヘルダリン』(世界書院2000年)-博士論文。 |
| 『貨幣空間』(情況出版2000年/新版世界書院2006年)。 |
| 『モデルネの葛藤――ドイツ・ロマン派の「花粉」からデリダの「散種」へ』 御茶の水書房2001年。 |
| 『「法」と「法外なもの」――ベンヤミン、アーレント、デリダをつなぐポスト・モダンの正義論へ』御茶の水書房2001年。 |
| 『法の共同体――ポスト・カント主義的「自由」をめぐって』御茶の水書房2002年。 |
| 『ポスト・モダンの左旋回』情況出版2002年。 |
| 『「不自由」論――「何でも自己決定」の限界』ちくま新書2003年。 |
| 『歴史と正義――史的構想力の回復に向けて』御茶の水書房2004年。 |
| 『「みんな」のバカ!――無責任になる構造』光文社新書2004年。 |
| 『正義と不自由――絶対的正義の限界』実践社2004年。 |
| 『お金に「正しさ」はあるのか』ちくま新書2004年。 |
| 『自己再想像の〈法〉――生権力と自己決定の狭間で』(御茶の水書房2005年)。 |
| 『なぜ「話」は通じないのか――コミュニケーションの不自由論』(晶文社2005年)。 |
| 『日本とドイツ――二つの戦後思想』(光文社新書2005年)。 |
| 『デリダの遺言――「生き生き」とした思想を語る死者へ』双風舎2005年。 |
| 『松本清張の現実と虚構――あなたは清張の意図にどこまで気づいているか』ビジネス社2006年。 |
| 『「分かりやすさ」の罠――アイロニカルな批評宣言』(ちくま新書2006年)。 |
| 『ラディカリズムの果てに』イプシロン出版企画2006年。 |
| 『日本とドイツ二つの全体主義――「戦前思想」を書く』(光文社新書2006年)。 |
| 『金沢からの手紙――ウラ日本的社会事評』イプシロン出版企画2006年。 |
| 『ネット時代の反論術』(文春新書2006年)。 |
| 『集中講義!日本の現代思想――ポストモダンとは何だったのか』(NHKブックス:日本放送出版協会2006年)。 |
| 『前略仲正先生、ご相談があります』イプシロン出版企画2006年。 |
| 『思想の死相――知の巨人は死をどう見つめていたのか』双風舎2007年。 |
| 『「自由」は定義できるか』(バジリコ2007年)。 |
| 『「プライバシ-」の哲学』(ソフトバンク新書2007年)。 |
| 『知識だけある馬鹿になるな!』(大和書房2008年)。 |
| 『集中講義!アメリカ現代思想――リベラリズムの冒険』(NHKブックス:日本放送出版協会 2008年)。 |
| 『今こそアーレントを読み直す』(講談社現代新書2009年)。 |
| 『〈学問〉の取扱説明書』 作品社、2009年、改訂版2011年。 |
| 『Nの肖像――統一教会で過ごした日々の記憶』 双風舎、2009年。 |
| 『なぜ「自由」は不自由なのか現代リベラリズム講義』朝日新聞出版2009年。 |
| 『教養主義復権論―本屋さんの学校2』明月堂書店、2009年 。 |
| 『〈リア充〉幻想真実があるということの思い込み』明月堂書店、2010年。 |
| 『ポストモダンの正義論「右翼/左翼」の衰退とこれから』 筑摩書房、2010年 。 |
| 『今こそルソーを読み直す』 生活人新書:日本放送出版協会、2010年 。 |
| 『ヴァルター・ベンヤミン-「危機」の時代の思想家を読む』 作品社、2011年 。 |
| 『いまこそハイエクに学べ 「戦略」としての思想史』 春秋社、2011年。 |