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プロフィール
- 佐々木恭介とは
- 来歴
- 指導者としての評価
- 人間関係
- 年度別打撃成績
- 年度別監督成績
- タイトル
- 表彰
- 記録
- 背番号
- 過去の出演番組
- 著書
- 関連項目
- 関連サイト
佐々木恭介(ささききょうすけ、1949年12月28日-)は、兵庫県氷上郡青垣町(現:丹波市)出身の元プロ野球選手(外野手)・監督、野球解説者、野球評論家。
来歴
| 少年時代は相撲をとったら負け知らずだったため、相撲部屋からスカウトが来たという。 |
| 柏原高校から新日鐵広畑を経て、のドラフト1位で近鉄バファローズに入団。 |
| に外野手に転向しレギュラーとなった。 |
| には打率.354の好成績で首位打者を獲得。 |
| にも打率3割以上をマークし、リーグ連覇の原動力となった。 |
| 1979年の日本シリーズの「江夏の21球」では江夏豊と対戦した打者の一人。 |
| 江夏が自分に投じた第2球目、ど真ん中のシュートを見逃してしまい(判定はストライク)、結局三振に倒れる。 |
| 佐々木は「人生をやり直せるとしたら、あの打席の2球目の場面をやり直したい」と述べたことがある。 |
| 引退後は、1983年は近鉄スカウト、までは監督の中村勝広の要請により阪神タイガース一軍打撃コーチを務める。 |
| 阪神時代は新庄剛志、亀山努らをブレイクさせ、6年ぶりのAクラス入りに貢献した。 |
| その後、1993年からは毎日放送野球解説者、スポーツニッポン野球評論家。 |
| 担当していたラジオ番組では話術の巧みさを発揮した。 |
| 1996年11月のドラフト会議で、3位で近鉄が指名した礒部公一は当初オリックス・ブルーウェーブ志望であった。 |
| しかし、佐々木は交通の便が悪い広島県東広島市の礒部の実家へ、球団が用意したヘリコプターで近鉄の指名選手中一番先に会いに行き、その結果ヘリまで飛ばし挨拶に来てくれた熱意と、その場での説得で礒部は近鉄入団を決意した。 |
| 2004年から2009年まで再び、毎日放送野球解説者、スポーツニッポン野球評論家として活動しには韓国の三星ライオンズ春季キャンプ中の特別打撃コーチを務めた。 |
| そしてペナントレース終盤(9月-)同チームの臨時コーチを2008年まで務めた。 |
| 2005年、愛知県の中部日本放送でレギュラー出演していたテレビ番組で、佐々木の公式戦予想が外れた罰ゲームとして、当時首位だった阪神を中日が追いかけるという意味で「トラの尻尾をつかむ」と称して、動物園でトラのオリに入って本物のトラの尻尾をつかまされるというバラエティタレント並みの企画を実行させられた。 |
| 2009年に行われたゴルフの関西シニア選手権で「不正」をしていたことが発覚し、毎日放送でのプロ野球解説を含むテレビ、ラジオ出演を自粛。 |
| 同時期にスポーツニッポン新聞社との評論家契約も終了となったが因果関係は未詳。 |
| 2010年10月8日から12月末日までの3ヶ月間桃山学院大学硬式野球部の特別コーチを務めた |
指導者としての評価
| 近鉄監督時代のチーム成績は、3位が最高でそれ以外はすべてBクラス(3位から6位までを一度ずつ経験)だった。 |
| ただし、就任時には野茂英雄、吉井理人、ラルフ・ブライアントなど主力選手が退団・移籍で多数抜けた上に、前監督の鈴木啓示と選手との間に深い溝ができていた。 |
| 在任中に打者ではタフィ・ローズや中村紀洋、投手では大塚晶文などが新戦力となり、退団後の2001年におけるリーグ優勝への下地は佐々木監督時代に着実に作り上げられた。 |
| 2003年に中日の代理監督就任時においても、その時点で中日の成績は5位だったが、残り20試合を14勝5敗1分で乗り切り最終的には2位にまでチームを上昇させてシーズンを終了させるなど監督としての能力は決して悪いものではない。 |
| 打撃コーチとしても金村義明や村上隆行、亀山や新庄、そして後述の福留などを育成した実績もあり、解説での打撃理論も緻密であるので、コーチとしての評価が高い。 |
| 事実、金村は今でも「僕がプロ野球でやっていけたのは仰木監督と佐々木コーチのおかげ」と言っている。 |
| 福留の自主トレでも打撃指導をしたり、カブスの取材に訪れた際には非公式ながら臨時コーチとして背番号「53」のカブスのユニフォームが用意され、福留の打撃指導をした |
人間関係
| 現役当時の監督だった西本幸雄を尊敬しており、監督時代の背番号を近鉄監督時代の西本と同じ68番にしたばかりか、自身の公式ブログのアドレスにも「68」を入れたほどである。 |
| 佐々木の現役時代の背番号も、西本と同じ5番だった。 |
| 福留孝介は近鉄の入団は拒否したものの、佐々木をコーチとして慕っていた。 |
| 福留が2002年に首位打者を獲得できたのは、佐々木の打撃指導によるものとされている。 |
| また、プライベートでの親交は今も続いており、時々食事を共にする仲だという。 |
| 2006年の日本シリーズ開幕戦の試合前、「サンデードラゴンズ」の収録中だった佐々木に本人から直接電話がかかってくるという一幕もあった。 |
年度別監督成績
| ※1 1996年は130試合制。 |
| ※2 1997年から2000年までは135試合制。 |
タイトル
| 首位打者:1回(1978年)。 |
| 最高出塁率:1回(1978年)。 |
表彰
| ベストナイン:2回(外野手:1975年、1978年)。 |
記録
| オールスターゲーム出場:2回(1975年、1978年)。 |
| 通算1000試合出場 1981年7月12日(223人目)。 |
背番号
| 5(1972年-1982年)。 |
| 50(1984年-1985年)。 |
| 85(1986年-1989年)。 |
| 83(1991年-1992年)。 |
| 68(1996年-1999年)。 |
| 77(2001年)。 |
| 75(2002年-2003年)。 |
過去の出演番組
| MBSタイガースナイター(1993年-1995年、2000年、2004年-2009年)。 |
| GAORAプロ野球中継(日本ハム戦、GAORA)(-2009年)。 |
| ROADTOVICTORY燃えよドラゴンズ!(CBCテレビ)。 |
| サンデードラゴンズ(CBCテレビ)。 |
著書
| 遥かなる野球少年(情報センター出版局1994/11)ISBN4795816921。 |
関連項目
| 兵庫県出身の人物一覧。 |
| 大阪近鉄バファローズの選手一覧。 |
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1949年
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佐々木 恭介(ささき きょうすけ)は、兵庫県... |
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1981年
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通算1000試合出場 (223人目) |
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