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つながりの強いひと
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小津安二郎
小津安二郎(おづやすじろう、1903年12月12日-1963年12月12日)は日本の映画監督である。 |
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高峰三枝子
日本の女優、歌手。『歌う映画スター』の草分け的存在である。父は筑前琵琶演奏者の高峰筑風。孫は元女優の高峰陽(ひなた)。本名:鈴木三枝子(すずき・みえ... |
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木暮実千代
日本の女優。妖艶な「ヴァンプ女優」として有名。また、女優としての成功だけでなく、実業家、ボランティア活動家としても活躍した。身長159cm。 |
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上原謙
日本の俳優。戦前戦後の日本映画界を代表する天下の二枚目スター。本名:池端清亮(いけはたきよあき)。 |
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佐田啓二
1940年代後半から1960年代にかけて活躍した日本の俳優。身長175cm俳優の中井貴一、女優・エッセイストの中井貴惠は実子。 |
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原節子
日本の元女優。「永遠の処女」と呼ばれ、戦前から戦後にかけて活動し、日本映画の黄金時代を体現した。代表作に『わが青春に悔なし』、『青い山脈』、『めし... |
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月丘夢路
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田中絹代
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三船敏郎
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佐野周二
婚約
日本の俳優。昭和初期から後期(1930年代後半~1970年代)に活躍。関口宏、佐野守の父、関口知宏の祖父に当たる。 |
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宮城県仙台市出身の俳優。愛称は文太兄い、文ちゃん。代表作は映画『仁義なき戦い』シリーズ、『トラック野郎』シリーズ。どちらも邦画史に残る興行収入を上... |
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淡島千景
日本の女優。本名;中川慶子(なかがわけいこ)。宝塚歌劇団出身で在籍時は娘役スターとして活躍した。宝塚歌劇団28期生。芸名は百人一首の源兼昌の「淡路島か... |
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仲代達矢
日本の俳優。東京都出身。本名は、仲代元久(なかだいもとひさ)。 |
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中村伸郎
日本の俳優。北海道小樽市出身。長女は女優の井出みな子、次女も女優の中村まり子。 |
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吉村公三郎
昭和期の映画監督である。兄はフランス文学者の吉村正一郎。4人の子供を儲け、長男は元NHK解説委員の吉村秀實。映画監督の西村昭五郎は、いとこ。 |
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三宅邦子
埼玉県南埼玉郡岩槻町(現さいたま市岩槻区)出身の女優。本名・三浦やす(みうらやす)。 |
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プロフィール
- 佐分利信とは
- 来歴・人物
- 映画
- テレビドラマ
- 文献
- 関連項目
- 関連サイト
佐分利信(さぶりしん、1909年2月12日-1982年9月22日)は、日本の俳優、映画監督。北海道歌志内市出身。本名・石崎由雄。愛称「サブリどん」。息子に俳優の石崎二郎。孫に、ジャズ・アルトサックス奏者の 石崎忍。
来歴・人物
| 1923年、中学教師になるため上京、肉体労働などで生活費を稼ぎながら夜間学校に通うが、結局卒業することなく、郷里に戻って小学校の代用教員になる。 |
| その後は神戸に行き、友人と婦人新聞の発行を計画して失敗、再び上京し、職を探す間に映画を見ているうちに映画関係の職につこうと1929年、日本映画俳優学校に入り、映画監督を目指す。 |
| 小杉勇や八木保太郎に俳優になるよう勧められ、二人の伝手で1930年に日活に入社、1931年、島津元の芸名で『日本嬢』(内田吐夢監督)で俳優デビュー。 |
| 続く『動員令』で主演に抜擢され、今までの俳優にはなかった朴訥とした演技で注目されるが、本人は後年、「僕は芝居に乗らない気持ちで出てるだけ。 |
| それが自然な演技が要求される映画だから、それなりに行けた」とそのことを語っている。 |
| 1932年、『さらば東京』で共演した黒木しのぶと同棲ののち結婚する。 |
| 仕事する日は必ず玄関で握手してから出かけるなど大変な愛妻家だった。 |
| 1933年の『女性陣』を最後に日活を退社、1935年に松竹蒲田に入社する。 |
| そこで島津保次郎監督が自分と同じ苗字ではまずいということで佐分利信に改名する。 |
| 名前は駐華公使で怪死した佐分利貞男と天才画家と呼ばれながら37歳で自殺した佐分真にちなんだもの。 |
| 1932年に『感情山脈』(清水宏監督)、『家族会議』『男性対女性』(島津保次郎監督)、1936年に『人妻椿』(野村浩将監督)と順調に売り出し、同年の『新道・前後篇』で上原謙、佐野周二と松竹三羽烏を結成し、翌年の三人で主演した『婚約三羽烏』が大ヒットする。 |
| 佐分利は地方出身、上原は山手出身、佐野は下町出身の若者を演じ、三人を目当てに女性ファンが殺到したという。 |
| 1938年に幹部昇格、1939年には秀作『兄とその妹』(島津)で真面目なサラリーマンを演じ、演技者としても高い評価を得る。 |
| 島津が東宝に移ったあとは、吉村公三郎監督の『暖流』の病院を建て直す青年実業家役や、1941年の小津安二郎監督による『戸田家の兄妹』の正義感に満ちた若者役で主演し、共に自身の代表作となった。 |
| 戦後は吉村公三郎監督の『誘惑』、『嫉妬』などで好演するも、しばらく役柄に恵まれず低迷したが、1950年の『女性対男性』で俳優を兼ねながら監督業に進出、脚本家・猪俣勝人と組んで『執行猶予』、『あゝ青春』、『風雪二十年』、『慟哭』、『人生劇場・二部作』、『広場の孤独』と社会派映画を発表、そのほとんどがベスト・テン入りするという快挙を果たした。 |
| 監督としての大成が期待されたが、1959年の『乙女の祈り』が最後の演出作品となっている。 |
| 他方、俳優としても1950年代から徐々に輝きを取り戻し、大庭秀雄監督の『帰郷』、渋谷実監督の『自由学校』、小津安二郎監督の『お茶漬の味』と名匠の作品に出演、朴訥ながら重厚な中年男性を演じて人気を博した。 |
| 『帰郷』『お茶漬の味』で毎日映画コンクール主演男優賞、『執行猶予』の演出でブルーリボン賞新人演出賞を受賞。 |
| 1950年後半からはテレビドラマにも出演。 |
| 1960年代からはテレビを活躍の中心とする。 |
| 出演のほか、1961年にはTBSと演出家契約を結び、テレビドラマの演出も担当していた。 |
| また、1972年1月から3月にかけて放送された、小林正樹監督の連続テレビドラマ『化石』(フジテレビ、岸惠子共演)でガンに侵された主人公を熱演し好評となる。 |
| 1973年、12年ぶりの映画出演となった熊井啓監督の『朝やけの詩』以降は再びスクリーンでの活躍が増え、翌1974年の山本薩夫監督の大作『華麗なる一族』の阪神銀行・万俵頭取役で主演し大ヒットとなる。 |
| 1975年には3年前のテレビドラマ『化石』を200分に編集し劇場公開、キネマ旬報主演男優賞と毎日映画コンクール主演男優賞を受賞。 |
| 同年、紫綬褒章を受章。 |
| 1977年からは東映の大作『日本の首領』三部作に主演しこれも大ヒット、1979年-1980年放送の向田邦子脚本テレビドラマ『阿修羅のごとく』(NHK)と並び、晩年の代表作となった。 |
| 私生活では1964年に夫人を肝臓癌で亡くし、本人も1982年9月3日に体調不良から板橋区の日大板橋病院に入院した。 |
| 病名は妻と同じ肝臓ガンだったが、すでに手術不可能の状態にあり、胸に穴をあけて高カロリー液を注入することを医者から勧められるも拒否して、9月22日午後11時55分に73歳で世を去った。 |
映画
| 太字の題名はキネマ旬報ベストテンにランクインした作品(戦後のみ)。 |
| 婚約三羽烏(1937年)。 |
| 按摩と女(1938年)。 |
| 新家庭暦(1938年)。 |
| 暖流(1939年)。 |
| 戸田家の兄妹(1941年)。 |
| 北の三人(1945年)。 |
| 嫉妬(1949年)。 |
| 帰郷(1950年)。 |
| 執行猶予(1950年)。 |
| 自由学校(1951年)。 |
| あゝ青春(1951年)。 |
| 女の水鏡(1951年)。 |
| 風雪二十年(1951年)。 |
| お茶漬の味(1952年)。 |
| 慟哭(1952年)。 |
| 彼岸花(1958年)。 |
| 春を待つ人々(1959年)。 |
| 氾濫(1959年)。 |
| 乙女の祈り(1959年)。 |
| 三羽烏三代記(1959年)。 |
| 秋日和(1960年)。 |
| わが愛(1960年)。 |
| 猟銃(1961年)。 |
| 白い南風(1961年)。 |
| 華麗なる一族(1974年)。 |
| 砂の器(1974年)。 |
| 化石(1975年)。 |
| 獄門島(1977年)。 |
| やくざ戦争日本の首領(1977年)。 |
| 日本の首領野望篇(1977年)。 |
| 日本の首領完結篇(1978年)。 |
| 事件(1978年)。 |
| 皇帝のいない八月(1978年)。 |
| 配達されない三通の手紙(1979年)。 |
| わるいやつら(1980年)。 |
| 地震列島(1980年)。 |
| 悪霊島(1981年)。 |
| 化石の荒野(1982年)。 |
| 叛乱(1954年、新東宝)。 |
| 演出途中で病気により降板、阿部豊監督が後半演出を担当し、完成した。 |
| なお、佐分利本人も西田税役で出演予定だったが、やはり降板し、佐々木孝丸が代役を務めた。 |
テレビドラマ
| 私は貝になりたい(1958年、KRテレビ) - DVD発売。 |
| 氷雨(1959年、NHK) - DVD発売。 |
| 近鉄金曜劇場/鹿鳴館(1961年、TBSテレビ)。 |
| 判決(1962年-1966年、NET)。 |
| 近鉄金曜劇場/悲の器(1963年、TBSテレビ)。 |
| 花王愛の劇場/美しき煩悩(1972年、TBSテレビ)。 |
| 横溝正史シリーズ/三つ首塔(1977年、毎日放送)。 |
| 七人の刑事第1話「警視総監の宝物」(1978年、TBSテレビ)。 |
| 白い巨塔(1978年、フジテレビ) - 船尾教授役。 |
| 阿修羅のごとく(1979年、NHK)。 |
| 阿修羅のごとくパート2(1980年、NHK)。 |
| 松本清張シリーズ/ザ・商社(1980年、NHK) - 住倉銀行頭取・八田役。 |
| 土曜ワイド劇場/私は見た!雨の中の殺人(1980年、テレビ朝日)。 |
| 木曜ゴールデンドラマ/妻の悲劇!(1981年、読売テレビ)。 |
| ザ・サスペンス/入試問題殺人事件(1982年、TBSテレビ)。 |
| 東芝日曜劇場/露地の奥(1961年、TBSテレビ)。 |
| 東芝日曜劇場/雪折れ(1962年、TBSテレビ)。 |
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1923年
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中学教師になるため上京、肉体労働などで生活... |
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1930年
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日活に入社、1931年、島津元の芸名で『日本嬢... |
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