| 2005年5月4日、K-1WORLDMAX2005世界一決定トーナメント開幕戦で、「日本人最後の大物」という触れ込みでK-1に初参戦。 |
| ウィリアム・ディンダー(オランダ)と対戦し、ローキックの連打を繰り出すなどして判定勝ち。 |
| 2005年10月5日、K-1WORLDMAX2005世界王者対抗戦で、ヘビー級から階級を下げたガオグライ・ゲーンノラシン(タイ)と対戦。 |
| 執拗なまでのローキック、膝蹴りの連打で判定勝利。 |
| 前述の所属ジムとのトラブルにより出場が危ぶまれていた背景もあってか、勝利後、歓喜の余り号泣した。 |
| 2006年2月4日、K-1WORLDMAX2006日本代表決定トーナメントで優勝。 |
| 2006年6月30日、K-1WORLDMAX2006世界一決定トーナメント決勝戦に出場。 |
| 準々決勝でブアカーオ・ポー.プラムック(タイ)に一か八かのパンチ勝負を挑んだのが裏目に出て2RKO負け。 |
| 試合後のインタビューでは悔し涙を流し、再起を誓った。 |
| 2007年2月5日、K-1WORLDMAX2007日本代表決定トーナメントに出場。 |
| 決勝では昨年と同じくTATSUJIと対戦、顔面への跳び膝蹴りでKO勝ちし、2連覇。 |
| 佐藤自身、K-1では初のKO勝利で優勝に花を添えた。 |
| 2007年10月3日、K-1WORLDMAX2007世界一決定トーナメント決勝戦の準々決勝でアルバート・クラウス(オランダ)と再戦。 |
| しかし、谷川貞治K-1イベントプロデューサーは「今までで一番いい試合だった。 |
| 2008年2月2日、K-1WORLDMAX2008〜日本代表決定トーナメント〜で小比類巻貴之と開幕戦出場を賭けて対戦予定であったが、小比類巻の靭帯損傷により欠場、代わりにブアカーオ・ポー.プラムックとのワンマッチに変更された。 |
| 試合は延長まで縺れ込み、左フックでブアカーオをぐらつかせる場面もあったが、1-2の判定負け。 |
| 2008年7月7日、K-1WORLDMAX2008FINAL8のトーナメント準々決勝でブアカーオ・ポー.プラムックと対戦。 |
| 3Rに膝蹴りを効かせ、右ストレートでKO勝ち。 |
| 2008年10月1日、K-1WORLDMAX2008FINALのトーナメント準決勝で、以前から対戦を熱望していた魔裟斗と対戦。 |
| 3Rに魔裟斗からダウンを奪い追い詰めるが、当時は「優勢選手に必ず10ポイントを付ける」というルールであったにもかかわらず、優勢と判断された佐藤に9ポイントしか付かないという、ルール変更とも受け取られかねないジャッジであった為{{Citenews。 |
| 2008年12月31日、Dynamite!!に初出場し、アルトゥール・キシェンコ(ウクライナ)と対戦。 |
| 2009年4月21日、K-1WORLDMAX2009FINAL16のトーナメント1回戦でドラゴ(アルメニア)と対戦。 |
| 2009年10月26日、K-1WORLDMAX2009FINALのリザーブファイトで城戸康裕と対戦し、2Rに互いにダウンを一度ずつ奪い、右フックで2度目のダウンを奪ってKO勝ち。 |
| 2010年3月27日、K-1WORLDMAX2010〜-70kgJapanTournament〜でダニロ・ザノリニと対戦し、右膝蹴りでKO勝ち。 |
| 当初はジョルジオ・ペトロシアンと対戦予定であったが、ペトロシアンの右拳負傷により対戦相手が変更となった |
| 2010年5月29日、IT'SSHOWTIMEでパジョンスックと対戦し、0-5の判定負けを喫した |
| 2010年7月5日、K-1WORLDMAX2010〜-70kgWorldChampionshipTournamentFINAL16〜で山本優弥と対戦し、2-0の判定勝ち。 |
| 後日、ジャッジの集計ミスが発覚し、3-0の判定勝ちへの訂正が発表された |
| 2010年8月14日、Krush.9のメインイベントで名城裕司と対戦し、3-0の判定勝ちを収めた |
| 当初は山本優弥が出場予定であったが、急性虫垂炎および汎発性腹膜炎による欠場を受けての出場となった |
| 2010年11月8日、K-1WORLDMAX2010FINALで準々決勝でミハウ・グロガフスキー、準決勝でドラゴをそれぞれ判定で破り、自身初の決勝進出もジョルジオ・ペトロシアンに判定負け。 |
| 2011年1月9日、Krush初代王座決定トーナメント~Round.2~のメインイベントで、キックボクシング世界4冠王シェムシ・ベキリと対戦し、2-1の判定で辛くも勝ちを収めた。 |
| 2011年6月25日、K-1WORLDMAX2011-63kgJapanTournamentFINALで3度目の対戦となるアルバート・クラウスに2-0の判定勝ちを収めた |
| 2011年7月2日、名古屋市瑞穂区に佐藤がプロデュースする名古屋JKフィットネスがオープン |