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吉田 茂様 プロフィール 株式会社 イビサ 取締役会長 吉田 茂(よしだ・しげる) 昭和 8年 1月 2日 岐阜県加茂郡八百津町須賀に生まれる 昭和26年 3月 1日 岐... |
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日本の小説家・評論家・フランス文学の翻訳家・研究者。 |
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半藤一利
日本の作家、随筆家。近現代史、特に昭和史に関し人物論・史論を、対談・座談も含め多く刊行している。 |
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日本の政治家。弁護士。第52・53・54代内閣総理大臣。位階は正二位。勲等は大勲位。1912年(大正元年)に東京市議会議員に当選。1915年(大正4年)に衆議院議... |
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日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。統制派の理論的指導者として知られる。 |
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冊 編著: 吉田昌義、藤田誠、関口トシ子、進路指導21研究会 価格: 1,890円 発売日: 2008年04月01日 内容: 知的障害や自閉症の児童生徒たちの... |
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牧野伸顕
日本の政治家。位階勲等爵位は従一位勲一等伯爵。名はシンケンと通称されることもある(有職読み)。以前の諱は是利。 |
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◆ 岡本季正 (おかもとすえまさ/座談会当時は国際文化振興会常務理事) 1892年、東京生まれ。東大法学部卒業の翌年に外交官試験に合格し、英国や米国などに勤... |
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鳥越俊太郎
日本のジャーナリスト・テレビタレント。福岡県浮羽郡吉井町(現うきは市)出身。前がん患者団体支援機構理事長。 |
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日本のアニメーション監督、演出家、脚本家、作詞家、小説家。本人は演出家・原案提供者としている(『∀の癒し』より)。神奈川県小田原市出身。相洋高等学校... |
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プロフィール
佐藤尚武(さとうなおたけ、1882年(明治15年)10月30日-1971年(昭和46年)12月18日)は、日本の外交官・政治家。林内閣で 外務大臣、戦後には参議院議長等を歴任、第二次世界大戦末期のソ連対日参戦当時の駐ソビエト連邦大使でもあった。1931年(昭和6年)、勲一等瑞宝章。1934年(昭和9年)、旭日大綬章、没後旭日桐花大綬章を追贈される。従二位。
経歴
| 津軽藩士、沖縄県警察部長・田中坤六の二男として生まれ、外交官・佐藤愛麿の養子となる。 |
| 旧制正則中学校(正則高等学校の前身)卒。 |
| 1904年(明治37年)、東京商業学校(一橋大学の前身)全科卒。 |
| 1905年(明治38年)、同専攻部領事科中退。 |
| 1905年(明治38年)、外交官及び領事官試験に合格し外務省入省。 |
| 在ロシア公使館(のち大使館)勤務、ハルビン総領事等を経て、1927年(昭和2年)、国際連盟帝国事務局長。 |
| 1929年(昭和4年)、ロンドン海軍軍縮会議事務総長。 |
| 1930年(昭和5年)、駐ベルギー特命全権大使。 |
| 1933年(昭和8年)、駐フランス特命全権大使。 |
| 1937年(昭和12年)、外務大臣、1938年(昭和13年)、外務省外交顧問。 |
| 1940年(昭和15年)、駐イタリア特命全権大使。 |
| 1942年(昭和17年)、東郷茂徳外務大臣に請われ駐ソビエト連邦特命全権大使就任。 |
| 1946年(昭和21年)、枢密顧問官。 |
| 1947年(昭和22年)4月、第1回参議院議員通常選挙に青森県選挙区から出馬し参議院議員に当選。 |
| 以後、第3回、第5回通常選挙で当選し、連続3期務めた。 |
| 1965年(昭和40年)7月、第7回通常選挙に出馬せず引退。 |
| 参議院では、1948年(昭和23年)、参議院外交委員長、1949年(昭和24年)参議院議長などを歴任。 |
| その他、1953年(昭和28年)、伊勢神宮奉賛会初代会長、また日本国際連合協会会長等も務めた。 |
人物
| 戦前の外務省では外国語の達人として知られており、フランス語、ロシア語が非常に堪能で、英語、ドイツ語も解していた。 |
| 関東軍が推し進めた華北分離工作に反対し、中国との対立を避けるためにその具体策として日華貿易協会会長児玉謙次を団長とする経済使節団を中国に派遣した。 |
| 使節団の一行は、3月12日に神戸港を出帆して中国に渡り、蒋介石と会見し、中国政府要人及び経済人と26日まで幾度か会合し、協議した。 |
| 日中外交史の一部専門家の間では、佐藤尚武の対中外交の評価は高い。 |
| しかし盧溝橋事件が起きてしまう。 |
| 1933年(昭和8年)の国際連盟でのリットン調査団による報告書の採択の際は、松岡洋右主席代表や長岡春一駐フランス大使とともに抗議の退場をした。 |
| 外務大臣として帝国議会において戦争回避を説き、駐ソ連大使の任命も日本にとって戦局が悪化する中で日ソ中立条約を締結していたソビエト連邦による仲介を通じての連合国との和平模索も任務の一つであったとされている。 |
| 佐藤は既に戦争の大勢は決まった以上、ソ連が仲介役に立つ可能性は少ないと判断して早期終戦を促す機密電報を東京の本省に送っている。 |
| 1945年(昭和20年)8月8日にはクレムリンでソ連のヴャチェスラフ・モロトフ外務人民委員から対日宣戦布告を通知されている。 |
| 佐藤尚武駐ソ大使はポツダム宣言直前、「国民すべて戦死遂げたりとも社稷は救はるべくもあらず。 |
| 七千万民草枯れて上御一人安泰たるをうべきや。 |
| 国家滅亡の一歩手前にてこれをくい止め、民族の生存を保持せんことをのみ念願す」と早期にポツダム宣言受諾をするように要求している。 |
| 戦後参議院議員として緑風会の結成に参加した。 |
| 阿波丸事件において賠償権放棄の決議案提出に提出者の1人として関わるが、その内容には批判的だった。 |
| 1947年(昭和22年)、出淵勝次の死去に際しては、参議院本会議で弔意決議案を提出した。 |
親族
| 実父田中坤六の生家田中家は、弘前藩士で田中太郎五郎の子孫である。 |
| 田中太郎五郎吉祥は津軽家家臣で天正7年(1579年)、六羽川合戦の折、主君津軽為信の身代わりとなって討ち死にし、合戦の勝利に導いた。 |
| その功に田中家は津軽の功臣として嫡子田中宗右衛門に百石を加増し、その館跡が田中館跡として伝えられている。 |
| 養父佐藤愛麿-駐オーストリア・ハンガリー帝国大使や駐アメリカ合衆国大使を歴任。 |
| 妻佐藤ふみ-佐藤愛麿の娘。 |
| 義弟・甥-妹菊枝の夫は、内務省官僚で河川技術者の前川貫一。 |
| 長男は建築家の前川國男、三男は前川春雄(第24代日本銀行総裁)。 |
| 義弟佐々木嘉太郎-妹栄枝の夫。 |
| 戦前の青森屈指の大富豪。 |
| 「布嘉」の屋号で知られ、昭和19年に五所川原の大火で焼け落ちた自宅「布嘉屋」は、東北一の大豪邸で知られた。 |
文献
| 『回顧八十年』時事通信社、1963年。 |
| 2002年に『日本外交史人物叢書第17巻回顧八十年』吉村道男監修、ゆまに書房で復刊。 |
| 『二つのロシア』(世界の日本社、1948年)、柳澤健らとの共著、他は戦前・戦後共に講演冊子である。 |
| 伝記『佐藤尚武の面目』栗原健他、原書房、1981年。 |
| 秦郁彦編『日本近現代人物履歴事典』東京大学出版会、2002年。 |
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1579年
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六羽川合戦の折、主君津軽為信の身代わりとな... |
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2002年
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『日本外交史人物叢書 第17巻 回顧八十年』吉... |
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