| 戦前作品は現在でも演奏機会の多い物及び代表曲の『海道東征』のみを挙げる。 |
| 40-50歳が作曲活動のピークで、戦後は芸術作品の数が減少した。 |
| ここに挙げたものを含め、1950年以降死去までの約20年間で6作品(いずれも歌曲または合唱曲である)を数えるに過ぎないが、生涯に亘って作品を世に問うた。 |
| 1887年 明治20 0歳 大阪北教会の牧師であった父吉岡弘毅、母吉岡とりの三男として生まれる。 |
| 1898年 明治31 11歳 大阪北教会の長老、信時義政と妻信時げんの養子に。 |
| 1901年 明治34 14歳 大阪府立市岡中学校入学。 |
| 1905年 明治38 18歳 東京音楽学校予科入学。 |
| 1906年 明治39 19歳 同校本科器楽部入学(チェロ専攻)。 |
| 1910年 明治43 23歳 同校研究科器楽部進学。 |
| 1912年 明治45 25歳 同科作曲部進学。 |
| 1915年 大正4 28歳 作曲部修了、助教授就任。 |
| 1920年-1922年 大正9-11 33-35歳 文部省在外研究員として訪欧、作曲とチェロを研修(ドイツ、フランス、イギリス、スイス、イタリア)。 |
| 1923年 大正12 36歳 東京音楽学校師範科卒業生の白坂ミイと結婚。 |
| 東京音楽学校教授就任。 |
| 1924年 大正13 37歳 この頃から合唱曲、歌曲、ピアノ曲、ヴァイオリン曲を数多く発表。 |
| 教科書の編纂にも多数携わる。 |
| 1926年 大正15 39歳 歌曲集『小曲五章』(詩:与謝野晶子)。 |
| 1930年 昭和5 43歳 合唱曲『いろはうた』(「いろはにほへと…」に、雅楽の越天楽の旋律を用いて作曲した変奏曲)。 |
| 1932年 昭和7 45歳 東京音楽学校本科作曲部の創設に尽力し、実現をみる。 |
| 1936年 昭和11 49歳 歌曲集『沙羅』(詩:清水重道)、ピアノ組曲『木の葉集』。 |
| 1937年 昭和12 50歳 合唱組曲『紀の国の歌』。 |
| NHKの依頼により『海ゆかば』作曲。 |
| 以降国民歌謡多数発表。 |
| 1940年 昭和15 53歳 交声曲『海道東征』(詩:北原白秋)。 |
| 1942年 昭和17 55歳 満州視察。 |
| 日本芸術院会員となる。 |
| 1943年 昭和18 56歳 朝日賞受賞、南京で開かれた中日文化協会全国文化代表大会に参加。 |
| 1947年 昭和22 60歳 新憲法施行記念国民歌『われらの日本』(詩:土岐善麿)。 |
| 1947年-1948年 昭和22-23 60-61歳 歌曲集『古歌二十五首』。 |
| 1951年 昭和26 64歳 平和条約発効並びに憲法施行5周年記念式式典歌『日本のあさあけ』(詩:斎藤茂吉)。 |
| 1954年 昭和29 67歳 東京芸術大学音楽部講師退任。 |
| 1962年 昭和37 75歳 『海道東征』戦後初の再演。 |
| 当時朝日放送社員であった阪田寛夫の企画によるもの。 |
| 1963年 昭和38 76歳 文化功労者。 |
| 1964年 昭和39 77歳 勲三等旭日中綬章。 |
| 1965年 昭和40 歌曲/合唱曲集『女人和歌連曲』(遺作)、オペラ『古事記』(未完)。 |
| 心筋梗塞のため死去(77歳)。 |
| 1995年 平成7 没後30年企画としてCD『信時潔歌曲集』発売。 |
| 2003年 平成15 『海道東征』戦後二度目の再演オーケストラ・ニッポニカ、紀尾井ホール。 |
| 抜粋ないしはピアノ+合唱形式では他にも演奏した記録がある。 |
| 2004年 平成16 CD「木の葉集〜信時潔ピアノ全曲集」発売。 |
| 2005年 平成17 没後40年。 |
| 2016年 平成28 著作権保護期間終了。 |
| 没後40年にあたる2005年には大きな動きがあった。 |
| 前年のCD「木の葉集」発売に続き、。 |
| 新保祐司『信時潔』。 |
| CD「海ゆかばのすべて」発売。 |
| 畑中良輔門下によるリサイタル「信時潔の夕べ」(命日にあたる8月1日、紀尾井ホール)。 |
| 信時作品の研究者である孫・信時裕子によるサイト |
| 春秋社の曲集復刊。 |