| 2008年3月、裕次郎とタッグチーム「NOLIMIT」」を結成。 |
| 同年4月には初めてタイトル(IWGPジュニアタッグ王座)に挑戦するも、敗れる。 |
| 同年8月にはプロレスリング・ノアの金丸義信、鈴木鼓太郎組の持つGHCジュニアヘビー級タッグ王座に挑戦したが敗北。 |
| 同年10月の新日本両国大会で稔・プリンス・デヴィット組からタイトル奪取。 |
| 第22代IWGPジュニアタッグ王者になる。 |
| しかし、翌年の東京ドーム大会でTNAのアレックス・シェリー、クリス・セイビンのモーターシティ・マシンガンズに負け、タイトル流出。 |
| その後、新日本両国大会での挑戦権を賭けた4wayタッグマッチで勝利し、裕次郎と共に渡米。 |
| TNAに参戦し、タイトル奪還のため奮闘し、一時は彼らに勝利した日もあったが、2009年3月30日TNAオーランド大会でのタイトルマッチで再戦するも、勝利ならず。 |
| 5月からメキシコへと遠征し29日に裕次郎、ドス・カラス・ジュニアと組みCMLLに初登場。 |
| 以降継続参戦し人気を博したが、12月4日に行われた髪切りマッチに敗れ、髪を刈られ丸坊主の姿へとなってしまった。 |
| また、階級をジュニアヘビー級からヘビー級へと転向。 |
| 2010年1月4日、裕次郎と共に新日本へ一時帰国しブラザー・レイ、ブラザー・ディーボンの持つIWGPタッグ王座で凱旋試合を行う(この試合は3wayマッチとして行われもう1組の挑戦者はジャイアント・バーナード、カール・アンダーソン組だった)。 |
| この試合に勝利し第55代IWGPタッグ王者となった。 |
| 2月14日にはCMLLのエル・テリブル、テハノ・ジュニア組相手に防衛を成功。 |
| さらに3月に行われたNEWJAPANCUPに初出場。 |
| 1回戦でカール・アンダーソン、2回戦では棚橋弘至に勝利を上げ、ベスト4に残った。 |
| 5月3日の「レスリングどんたく2010」でIWGPタッグベルトを賭けてNOLIMIT(パートナーは高橋裕二郎)として青義軍(永田裕志、井上亘組)、BADINTENTIONS(ジャイアント・バーナード、カール・アンダーソン組)による3WAYマッチに出場し、井上がアンダーソンからフォール勝ちしたことで、IWGPタッグ王座から陥落。 |
| しかし、「自分たちは負けていない」という理由で裕二郎と共に再戦を直訴。 |
| 6月19日、イリミネーションマッチとして同じ3組で対戦するも、他の2組から執拗に攻撃されたのが原因で敗退(この試合結果はアンダーソンが井上からフォールを奪ったことで、バッドインテンションズが新しいIWGPタッグ王者となった)。 |
| しかし、「双方から攻撃を受けることがおかしすぎる」と言い、巴戦ルールで再戦をまたも直訴。 |
| 7月19日、巴戦ルールで3度同じ3組で対戦するも、先にバッドインテンションズが2連勝した為、ベルト奪還に失敗。 |
| 同年のG1クライマックスにも出場し、G1終了後は新日本エースの座を巡ってG1で引き分けに終わった棚橋弘至と対戦しハイフライフローで敗れる。 |
| また、G1タッグリーグにも裕二郎と組んでNOLIMITとして出場、トーナメント準決勝で日墨マッスルオーケストラ(中西学、ストロングマン組)に勝利するも、決勝戦で青義軍(永田裕志、井上亘組)に敗れ準優勝となる。 |
| 2011年1月4日、東京ドームのレッスルキングダムにてTNA世界ヘビー級チャンピオンベルトを賭けて、第11代王者のジェフ・ハーディーと対戦。 |
| 敗北するも、その高いポテンシャルを生かしてのファイトスタイルで、次期エースの期待を得るようになる。 |
| また、新日本プロレス四天王の一人と呼ばれていながら、一度もIWGPのベルトを巻いたことがない後藤洋央紀に下剋上を宣言。 |
| 2月20日の仙台大会で後藤と対戦し、試合に敗れるも試合後、後藤の強さを認める。 |
| その後、NOLIMITとしての戦績が低迷し、シングルでの活躍が際立ってしまった事もあり、タッグパートナーの高橋裕二郎との確執が発生。 |
| 一時は関係は修復し、5月3日の博多大会でIWGPタッグでバットインテンションと対決するも、未だに消えていなかった不協和音が原因で裕二郎のラリアットの誤爆に遭い、そのままマジックキラーとバーナードライバーを立て続けに喰らい惨敗。 |
| リングで倒れている中、裕二郎に叱責された後リングに一人取り残される。 |
| その後の5月中旬のアメリカツアーでのNOLIMITとしてのカードも組まれなくなった。 |
| そして同月の26日、田中将斗を加えたCHAOSチームとして天山広吉、井上亘、永田裕志の青義軍チームと対戦。 |
| 終始裕二郎にタッチを求めても拒否される、仲間なのに背後から攻撃を受けるなど試合中から孤立。 |
| 結局、井上のスピア・オブ・ジャスティスに敗北。 |
| 直後に裕二郎の東京ピンプスを食らい、田中とリング外から現れた邪道、外道の4人に袋叩きにされ、裕二郎から「NOLIMITはもう終わり」と言われNOLIMITを解散、同時にCHAOSを追放されてしまい、袋叩きにされ担架に運ばれて退場するという醜態を晒さされてしまった。 |