Q1、ここからは出石 直(いでいし・ただし)解説委員とともにお伝えします。自らの危険をかえりみず人命を助けようとして命を落とした青年の死は、当時大きな感動を呼びました。あれからもう10年も経つのですね。 A1、この事故では、線路に落ちた男性、スヒョンさん、それにスヒョンさんと一緒に男性を助けようとしたカメラマンの関根史郎さんの合わせて3人が犠牲になりました。JR新大久保駅には、犠牲者を追悼する日本語とハングルで書かれたプレートが設置されています。 きのう都内で開かれた偲ぶ会には、留学生の支援をしている人達や日本語学校で学ぶ若者、それに事故当時、外務大臣だった河野洋平元衆議院議長らおよそ300人が出席しました。会では、菅総理大臣の「日本国民はあなたの勇気ある行動をけっして忘れることはありません」というメッセージが紹介されました。続いて韓国のクォン・チョルヒョン駐日大使がイ・ ... もっと見る
Q1、ここからは出石 直(いでいし・ただし)解説委員とともにお伝えします。自らの危険をかえりみず人命を助けようとして命を落とした青年の死は、当時大きな感動を呼びました。あれからもう10年も経つのですね。 A1、この事故では、線路に落ちた男性、スヒョンさん、それにスヒョンさんと一緒に男性を助けようとしたカメラマンの関根史郎さんの合わせて3人が犠牲になりました。JR新大久保駅には、犠牲者を追悼する日本語とハングルで書かれたプレートが設置されています。 きのう都内で開かれた偲ぶ会には、留学生の支援をしている人達や日本語学校で学ぶ若者、それに事故当時、外務大臣だった河野洋平元衆議院議長らおよそ300人が出席しました。会では、菅総理大臣の「日本国民はあなたの勇気ある行動をけっして忘れることはありません」というメッセージが紹介されました。続いて韓国のクォン・チョルヒョン駐日大使がイ・ミョンバク大統領からのメッセージを代読しました。 (イ大統領のメッセージを代読するクォン大使)「日韓の懸け橋になりたいと言っていた故人の意を心に刻み、両国の友好的な協力関係を発展させ、両国民が共に努力することを期待します」 このあと、イ・スヒョンさんの父親がスヒョンさんの思い出を語りしました。 (父親のイ・ソンデさん)「息子は正義感が強く、弱い人や困った人をみると見過ごせない性格でした」 お父さんが「死んで勲章をもらうより、心配をかけてでもそばにいて欲しかった」と胸の内を語りますと、会場からはすすり泣きの声が漏れていました。 きのうは会場に入りきれないほどの人達が集まり、遺影の前には花を捧げる長い列が続いていました。会場にはスヒョンさんの死後、ご両親の呼びかけで作られた奨学金で学んだ留学生の姿もありました。 (奨学金を受けた元留学生の朴英愛さん)「私やスヒョンさんのような留学生は夢をもって日本に来ているし、日本の文化などに興味があって来ているので、私も日中の懸け橋になりたい」 朴さんは、来日当初は、日本人は外国人に冷たいという印象を受けたそうですが、その後、日本人男性と結婚、将来は国際交流の仕事がしたいと話していました。 Q2、スヒョンさんの遺志が受け継がれているようですね。 A2、この奨学会は、全国から寄せられた見舞金をもとに9年前に作られました。毎年、およそ50人の留学生を選んで奨学金を贈っています。スヒョンさんの奨学金を受けた留学生はこの10年間で16の国と地域で485人にのぼっています。 ▽韓国出身のホ・ソンファさんは、奨学金を得て日本語学校で学んだ後、日本の大学に進み東京の建設会社に勤務しています。社会人になってからも、ボランティアで韓国語を教えたり韓国文化を紹介する交流会に参加したりしているそうです。 ▽バングラデシュ出身のウディン・イスラムさんは、専門学校に進み、横浜のホテルで働いています。 ▽中国出身の杜衡(とこう)さんは、この春、日本の大学に進学します。卒業後はスヒョンさんのように日中両国の懸け橋になるような仕事をしたいと話していました。 Q3、アジアとの懸け橋になるような若者が育ってくれるのはうれしいことですね。 A3、祖国に帰った人達も日系の企業に就職するなど日本と関わりを持ち続けている人が多いそうです。きのうの偲ぶ会では、奨学金を得た留学生が感謝の言葉を綴った文集がご両親にプレゼントされました。 (母親のシン・ユンチャンさん)「奨学金を受けた留学生達はみんな自分の息子のように思います。支援の輪がさらに広がっていくよう願っています」 Q4、「留学生は自分の息子、娘のようなものだ」というお母さんの言葉でしたが、日本にはアジア諸国から本当にたくさんの留学生が来ていますね。 A4、日本語学校で学ぶ人達は一時少し減りましたが、再び増え続け、今では4万人を超えています。 出身別では中国からの留学生がもっとも多くて7割近くを占めています。次いで韓国、台湾、ベトナムなどの順となっています。 ただ留学生の暮らしはけっして楽ではありません。日本はアジア諸国に比べると物価が高いですし、最近は円高が続いています。留学生の支援を行っている日本学生支援機構によりますと、外国人留学生の一か月の生活費は平均で13万8000円、東京などの大都市ではもっと負担が大きくなります。しかも大学などで学ぶ留学生には各種奨学金制度がありますが、日本語学校の学生を対象にした奨学金はほとんどありません。スヒョンさんの奨学金はその意味で貴重な存在なのです。 Q5、日本語を学ぶ若者にとっては本当にありがたい支援なのですね。 A5、その通りです。しかしこの奨学会もこの10年間で何度も存続の危機に直面してきました。 奨学金の原資は善意の寄付から成り立っていますが、寄せられる寄付金は年々減り続け、3年目には600万円を割り込んでしまいました。 この危機を救ったのは、実は韓流スター、ペ・ヨンジュンさんのファンクラブの人達でした。日本のファンの人達がチャリティーイベントを開くなどして寄付を募ったのです。その結果、翌年には寄付が1000万円を超えるまで回復しました。 Q6、まさに韓流ブームによって救われたというところですね。 A6、ファンクラブの人達は、毎年、ペ・ヨンジュンさんの誕生日にプレゼントを贈っていたそうです。しかしプレゼントはあふれるほどもらうだろうから、その代わりにペ・ヨンジュンさんが喜んでくれることをしようと寄付を募るようになったそうです。 奨学会の運営はその後も何度か危機を迎えます。スヒョンさんをモデルにした「あなたを忘れない」という映画が話題になり少し盛り返しましたが、2008年にはリーマンショックの影響で企業からの賛助金が大幅に減ってしまいました。このため、これまで一人当たり6か月間で15万円支給していた奨学金を5か月間で10万円に減らさざるを得ませんでした。それでも先ほど紹介したペ・ヨンジュンさんのファンクラブのようにずっと支援を続けている人もいます。去年はおよそ400人から700万円の寄付が寄せられ、この寄付を元手に50人の留学生に奨学金を支給することができたそうです。 Q7、ことしタイガーマスクを名乗る寄付が話題になりましたが、こうした人々の善意が活動を支えているのですね。 A7、その通りです。こうした人達の善意がこの活動を支えていることを忘れてはならないと思います。奨学会では、奨学金を支給するだけでなく、留学生同士が交流できる山登りなどの催しも行っており、今後も日本語学校で学ぶ若者の支援を続けていきたいと話しています。 毎年、スヒョンさんの命日に行われた偲ぶ会は10年を迎えたことしで一区切り、今回が最後です。28日には日本と中国のミュージシャンによるチャリティコンサートも予定されています。スヒョンさんの勇気ある行動から生まれた運動がいつまでも続くことを願いたいと思います。 (キャスター) スヒョンさんの奨学会への寄付などについては、「エルエスエイチアジア奨学会」 までお問い合わせください。 戻る





























