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だが1970年代半ばに萩本欽一がフジテレビ「欽ちゃんのドンとやってみよう!」のレギュラーに起用。
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二枚目キャラの裏側に隠れていた大ボケな個性を引き出し、お笑いの才能も広く認められるようになった。
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なお前川は後に、初期のクールキャラも「欽ドン!」時代の朴訥な大ボケキャラも「演技だった」と告白している。
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以降、歌手としてはもちろん「8時だョ!全員集合」「ドリフ大爆笑」や前述の「欽ドン!」といったバラエティ番組のコントでも活躍。
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「欽ドン!」では萩本欽一と“コント54号”を結成していた。
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現在でも梅沢富美男とのコンビでテレビ(NHKBS「ふるさと皆様劇場」)や舞台でコントを繰り広げることがある。
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1987年、クール・ファイブ脱退によりソロ活動を本格的に開始。
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大物歌謡シンガーとして、揺るぎない評価を獲得している。
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現在では珍しくなった直立不動の基本姿勢からなされる揺るぎのない発声と176cm(公式)という比較的長身、安定した節回しの底に潜む情熱的な表現力が持ち味。
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1971年に藤圭子と結婚したが翌年に離婚している。
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一時期アン・ルイスとのロマンスも噂された。
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「欽ドン!」出演時(1970年代後半)、萩本欽一が「会わせたい人がいる」と前川を一人置いて舞台からいなくなった後に、何の前触れもなく前妻の藤が登場したことがある。
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それまでボケキャラ(演技)で客席を沸かせていた前川だったが、いきなり藤と二人きりにされたため、真顔に戻って絶句してしまった。
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若い時期は演歌や歌謡曲だけではなく欧米のポップスやロックも好きで、コンサート等でもよく歌っていた。
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また、当時のライブ盤に多数収録されている。
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ソロ活動では坂本龍一が作曲したソロデビュー曲「雪列車」や井上大輔が作曲した「フィクションのように」など、ポップス色を出した曲も歌うようになり、「花の時、愛の時」や「抱きしめて」などバラードの名曲も数多く歌っている。
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1997年にニッポン放送「福山雅治のオールナイトニッポンサタデースペシャル・魂のラジオ」にゲスト出演した際、前年の紅白歌合戦で歌い大きな反響があった「抱きしめて」にリクエストが殺到、この時同郷(長崎出身)の福山に曲制作を依頼、2002年発売の「ひまわり」でコラボレーションが実現した。
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なお、このCDのジャケット写真も福山が撮影している。
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結果、この曲はヒットして、同年の紅白歌合戦でその曲を披露している。
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マイクを片手に、一本立ちで歌う姿が特徴的であるが、Mr.Childrenの桜井和寿は、「一本立ちであれだけの表現力を持っているところは尊敬に値する」とラジオ番組で語っていた。
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後に、雑誌のアンケートでも「自分の書いた曲を歌ってほしい人」という質問に対し「前川清さん」と書いている。
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2007年3月11日のNHKのど自慢チャンピオン大会でゲスト歌唱の際、司会の宮本隆治が「氷川きよしさんで『一剣』、前川清さんで『せめて今夜だけは』」と言うところを「前川清さんで『一剣』、氷川きよしさんで『せめて今夜だけは』」と言い間違えたことを逆手に取り、「せめて今夜だけは」を歌い終えると「氷川きよしでした!」と言って笑いをとった。
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この手のネタは2005年の紅白歌合戦でも司会の山本耕史が前川を「山川」と紹介しそうになった際にも見せている。
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自身の持ち馬であるコイウタが2007年ヴィクトリアマイルを優勝したこと及び、2006年紅白歌合戦にクール・ファイブとして出場したことが契機となり、クールファイブのメンバーと共に20年ぶりにレコーディングを行い、「前川清&クール・ファイブ」として新曲を出すこととなった。
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そのタイトルは『恋唄-2007-』である。
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以降、「NHK歌謡コンサート」などにも"前川清&クールファイブ"として度々出演し、ソロ活動と平行し、クール・ファイブとしての活動を再開している。
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2008年8月、60歳を前に小学3年生の頃から悩まされていたという変形性股関節症の手術を受けたことを明らかにした(8月5日に施術)。
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2009年には子役の加藤清史郎が出演するCMであるトヨタ自動車「こども店長」CMオリジナル曲「こども店長のうた」を歌唱。
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レコード会社はクール・ファイブを脱退以後、ポニーキャニオン(1987年~1996年)、BMGビクター(1996年~1999年)、ガウスエンタテインメント(現:徳間ジャパンコミュニケーションズ)(1999年~2002年)を経て、2002年からはテイチクエンタテインメントに所属。