| 劉先は漢王朝健在時に尚書に任命され、魏が建国されると尚書令に任命されている。 |
| 以上の事跡のみからでは、劉先は単なる降伏主義者でしか無いように見えるが、『零陵先賢伝』によれば、彼の真価を物語る以下のような逸話もある。 |
| 劉表配下であったとき、劉先は劉表の使者として曹操と会見する機会があった。 |
| 「劉表殿は(献帝のいる許に来ず)どうして郊外で天を祀られたのか」と曹操が問うと、「凶悪な者どもに道を阻まれているからです」と劉先は答えた。 |
| 「凶悪な者どもとは何か」と曹操が問うと、「眼に映るものが全てそうです」と劉先は平然と答えた。 |
| 「私には大軍がある。 |
| 服従しないものなどない」と曹操がさらに答えると、「軍事力に頼り残忍な行為をする者は、現代の蚩尤・智伯でしかありません」と劉先は非難した。 |
| 曹操は不機嫌に黙り込んだが、劉先を武陵太守に任命した。 |
| その後の劉先の出世は、むしろ曹操の度量を物語る逸話となっている。 |
| またこの逸話は、結末こそ全く異なるが、『演義』において、劉璋配下の張松と曹操が対面した際の逸話の元の1つである。 |