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つながりの強いひと
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李昌鎬
韓国の囲碁棋士。全羅北道出身、韓国棋院所属、曺薫鉉門下、九段。国内棋戦優勝140回、1990年代から2000年代にかけて世界棋戦優勝20回を数え、世界最強と呼ぶ... |
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依田紀基
依田紀基(よだのりもと、1966年2月11日-)は日本の囲碁のプロ棋士。北海道岩見沢市出身。安藤武夫七段門下。1980年入段。1993年九段。名人4期、碁聖6期、NHK... |
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常昊
中国の囲碁棋士。上海出身、中国囲棋協会所属、九段。応昌期杯世界プロ囲碁選手権戦優勝など国際棋戦でも活躍のめざましい、中国を代表する棋士であり、聶衛... |
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山田規三生
囲碁の棋士。大阪市出身、日本棋院関西総本部所属、九段、山下順源七段門下。王座1期、三星火災杯世界オープン戦準優勝など。低段時代は剛腕で「ブンブン丸」... |
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田村千明
二段 田村 千明(たむら ちあき) 生年月日 昭和54年11月26日 出身地 香川県 師匠 苑田勇一九段 平成15年9月入段 平成17年6月二段 《 関西棋院賞 》 山野... |
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山下敬吾
日本棋院所属のプロ棋士。北海道旭川市出身。緑星囲碁学園出身。棋聖、本因坊などのタイトルを獲得。雅号は「道吾(どうわ)」。義兄に高梨聖健。羽根直樹、... |
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徐奉洙
大韓民国の囲碁棋士。大田出身、韓国棋院所属、九段。1970年代以後、曺薫鉉に伍してタイトルを争い、日本での修行経験のない棋士として人気を得る。国内タイ... |
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兪斌
中華人民共和国の囲碁棋士。浙江省天台県出身、中国囲棋協会所属、九段。LG杯世界棋王戦優勝、棋王戦2連覇など。馬暁春と常昊らの中間の世代にあって、安定し... |
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王立誠
王立誠(おうりっせい、1958年11月7日-)は日本、台湾の囲碁棋士。日本棋院東京本院所属、加納嘉徳九段門下、九段。棋聖位3連覇、十段4連覇、LG杯世界棋王戦... |
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馬暁春
中国の囲碁棋士。浙江省嵊州出身、中国囲棋協会所属、九段。1990年代の中国棋界の覇者で、名人戦13連覇の記録を持つ。1995年に東洋証券杯と、富士通杯の二つ... |
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張栩
日本棋院所属の囲碁棋士。林海峰九段門下。小林光一は義父に当たる。 |
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山城宏
日本の囲碁棋士。山口県下松市出身、日本棋院中部総本部所属、島村俊廣九段門下、九段。王冠戦優勝14回、棋聖戦挑戦、本因坊戦挑戦3回など。若手の頃から「中... |
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朴永訓
韓国の囲碁棋士。ソウル出身、韓国棋院所属、崔珪昞九段門下、九段。富士通杯、中環杯で世界棋戦優勝3回、棋聖戦4連覇など。ヨセの名手で「第2の神算」と言わ... |
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武宮正樹
囲碁のプロ棋士、九段。名人1期、本因坊6期など。東京都葛飾区出身。日本棋院所属。本因坊時代の雅号は当初「秀樹(しゅうじゅ)」であったが、2度目の獲得以... |
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羽根直樹
羽根直樹(はねなおき、1976年8月14日-)は囲碁のプロ棋士。三重県志摩市磯部町出身。A型。日本棋院中部総本部所属。棋聖、本因坊などのタイトルを獲得。父は... |
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聶衛平
中華人民共和国の囲碁棋士。河北省深県出身。現代中国のプロ棋士制度の第1号であり、1982年に3人目の九段となる。1980〜90年代の中国の代表的棋士であり、世... |
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崔哲瀚
韓国の囲碁棋士。ソウル出身、韓国棋院所属、権甲龍七段門下、九段。中環杯世界囲碁選手権戦など世界戦優勝2回。非常に攻撃的な棋風で渾名は「毒蛇」。 |
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大竹英雄
囲碁棋士。福岡県北九州市出身、日本棋院所属、木谷實九段門下、九段。名人位4期、世界囲碁選手権富士通杯優勝など。碁聖位連続6期で名誉碁聖を名乗る。厚く... |
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結城聡
囲碁の棋士。兵庫県神戸市出身、関西棋院所属、佐藤直男九段門下、九段。天元1期、NHK杯2連覇、テレビ囲碁アジア選手権戦準優勝など、同時代の関西棋院の棋士... |
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高尾紳路
日本棋院東京本院所属の囲碁のプロ棋士、九段。千葉県千葉市出身、藤沢秀行名誉棋聖門下。雅号は「秀紳(しゅうしん)」。血液型A型。実兄は、歴史学者の高尾... |
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プロフィール
- 劉昌赫とは
- 経歴
- タイトル歴
- その他の棋歴
- 代表局
- 関連サイト
劉昌赫(ユ・チャンヒョク、유창혁、1966年4月25日-)は、韓国の囲碁棋士。ソウル出身、韓国棋院所属、九段。世界囲碁選手権富士通杯など世界棋戦優勝6回。1990年代には曺薫鉉、 徐奉洙、 李昌鎬と並び四強と呼ばれた。攻めの強い棋風で「攻撃手」のニックネームを持つ。
経歴
| 7歳の時に父から碁を教わり、小学3年生の時に少年国手戦に優勝し3連覇。 |
| 1979年小学6年で全国アマチュア囲碁選手権で優勝。 |
| 中学3年で日中韓学生大会の代表。 |
| 1983年最年少でアマチュア国手戦優勝。 |
| 1984年18歳で世界アマチュア囲碁選手権戦に準優勝。 |
| 同年、韓国棋院初段となる。 |
| 1986年に新王戦優勝。 |
| 1989年、二段で大王戦で曺薫鉉に挑戦し、3勝1敗で初タイトル。 |
| 1989年、第1期棋聖戦リーグ5勝2敗で、6勝1敗の曺薫鉉に次いで2位となり、曺薫鉉との決勝七番勝負に進むが2-4で敗退。 |
| 1990年第2期は李昌鎬とのプレーオフを制して挑戦者となり、四段で曺薫鉉に挑戦し、4勝1敗1ジゴで奪取、曺、徐の二強に迫る若手として李昌鎬と並んで注目される。 |
| 1991年に李昌鎬を4-3で破り王位戦優勝、以後4連覇。 |
| 1993年、世界囲碁選手権富士通杯に優勝して世界棋戦初優勝、囲碁文化賞最優秀棋士賞受賞。 |
| 1996年に推薦により九段昇段。 |
| その後、応昌期杯、三星火災杯、春蘭杯、LG杯などの世界選手権で優勝する。 |
| 韓国囲碁リーグでは2009年に嶺南日報チームで優勝。 |
| 中国甲級リーグ戦には2001、02、04年に出場。 |
| 韓国等級ランキングでは2005年10位。 |
| 韓国棋院常務理事として、上位選手にのみ賞金を与える賞金制トーナメントの実施を提案し、2009年開始のBCカード杯世界囲碁選手権戦でこれを実現させた。 |
タイトル歴
| 世界囲碁選手権富士通杯1993、1999年。 |
| 応昌期杯世界プロ囲碁選手権戦1996年。 |
| 三星火災杯世界オープン戦2000年。 |
| 春蘭杯世界囲碁選手権戦2001年。 |
| LG杯世界棋王戦2002年。 |
| 新王戦1986年。 |
| 王位戦1991-94年。 |
| バッカス杯戦1993年。 |
| KBS杯バドゥク王戦1995年。 |
| テクロン杯プロ棋戦1996年。 |
| SBS杯連勝囲碁最強戦1996-97年。 |
| 倍達王戦1998-99年。 |
| マキシムコーヒー杯入神連勝最強戦2001-02年。 |
| KT杯マスターズ戦2003年。 |
その他の棋歴
| 世界囲碁選手権富士通杯準優勝1994、2002年。 |
| テレビ囲碁アジア選手権戦準優勝1996年。 |
| 三星火災杯世界オープン戦準優勝1996年。 |
| LG杯世界棋王戦準優勝1997、1998、2000年。 |
| 東洋証券杯世界選手権戦準優勝1998年。 |
| IBM早碁オープン戦ベスト81989年(○田中秀春、○銭宇平、○武宮正樹、×大竹英雄)。 |
| SBS杯世界囲碁最強戦1991年2-1(○小松英樹、○曹大元、×依田紀基)。 |
| 真露杯SBS世界囲碁最強戦。 |
| 1993年2-1(○宮沢吾朗、○兪斌、×依田紀基)。 |
| 1994年0-1(×依田紀基)。 |
| 1995年0-1(×劉菁)。 |
| 1996年2-1(○陳臨新、○山城宏、×曹大元)。 |
| ロッテ杯中韓囲碁対抗戦。 |
| 1996年2-0、1997年1-1。 |
| 農心辛ラーメン杯世界囲碁最強戦。 |
| 2000年0-1(×常昊)。 |
| 2002年1-1(○中野寛也、×兪斌)。 |
| 2005年0-1(×高尾紳路)。 |
| CSK杯囲碁アジア対抗戦。 |
| 2002年2-0(○淡路修三、○周俊勲)。 |
| 2003年1-2(○董彦、×山下敬吾、×王銘エン)。 |
| 2004年1-2(○王立誠、×依田紀基、×王檄)。 |
| 2004年(汎洋建榮)。 |
| 2005年(パークランド)。 |
| 2007年(ワールド建設)。 |
| 2008年(ワールド建設)。 |
| 2009年(嶺南日報)3-4。 |
| 2010年(嶺南日報)。 |
| 中国囲棋甲級リーグ戦。 |
| 2001年(雲南香格里拉藏秘)。 |
| 2002年(雲南印象酒業)。 |
| 2004年(山東鲁抗医薬)。 |
代表局
| 「四強時代突入」第2期棋聖戦挑戦手合第6局1990年12月6日曺薫鉉棋聖(先番)-劉昌赫。 |
| ファイル:yuu-cho-19921206-60-76.jpg。 |
| 白番の劉は右辺22手目(☆)から中央志向で局面を進め、白1(60手目)から17まで、中央黒を脅かしながら白模様を盛り上げて優勢となった。 |
| この後黒は左辺に突入して、コウ争いから黒は左辺を生きて、白は中央黒を切り取る分かれとなり、最後は白がヨセで差をつけて4目半勝ち。 |
| 4勝1敗1ジゴで棋聖位獲得、賞金2700万ウォンを手にした。 |
| この2回目のタイトル以後多数のタイトルを獲得し、韓国碁界は曺徐二強時代から、李昌鎬を加えた四強時代へ突入した。 |
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1966年
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劉 昌赫(ユ・チャンヒョク、유창혁)は、韓... |
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1986年
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新王戦優勝 |
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投票数
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