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特に1969年~1971年あたりまでの活躍は目覚しかった。
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その頃の著書に、『くたばれ!芸能野郎』(自由国民社)、『戦争を知らない子供たち』『
さすらい人の子守唄』『ピエロの唄 北山修青春詞歌集』(角川文庫)などがある。
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精神科医を目指して音楽界から退いたのち、ロンドンに留学。
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ロンドン留学中に書きためた曲をアルバム『12枚の絵』として発表。
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1977年~1978年には「自切俳人(ジキルハイド)」の名前でニッポン放送「オールナイトニッポン」木曜1部のパーソナリティを務めた。
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1978年にオールナイトニッポンの名物コーナーを本にした『真夜中の辞典』(自切俳人監修・ペップ出版)、1979年に『秘密の京都』(自切俳人著・経済界リュウブックス)を出版。
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1979年、自切俳人とヒューマン・ズーのアルバムとして『自切俳人のゴールデン・アルバム』を発表。
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ちなみに同アルバムには、オールナイトニッポンで好評だった『孤独のマラソン・ランナー』『世界は君のもの』も収録されている。
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1982年から1985年まで、コンサート 夏の時代を企画・構成。
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京都市の円山公園音楽堂などで開催(2000年にも「コンサート 夏の時代2000」を開催)。
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1986年、とんねるずの歌『寝た子も起きる子守歌』を作詞。
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1988年、
野村恵一監督の映画『森の向こう側』にきたやまおさむとして主演。
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ヒューマン ズーのアルバムとして『ヒューマン ズー コレクション』などが出ているが、メンバーの坂庭、城田を欠いた現状では継続の見通しは不透明である。
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1996年、フジテレビ「ポンキッキーズ」挿入歌『
メロディ』を作詞(作曲は
加藤和彦)。
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同名ライブCD『
ザ・フォーク・クルセダーズ新結成記念解散音楽會』のほか、CD『戦争と平和』『フォークル「DAIKU」を歌う』を発表した。
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2003年、
市川猿之助のスーパーカブキ「新三国志3」のテーマソング『愛と未来のために』を作詞(作曲は
加藤和彦)。
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2004年、
野村恵一監督の映画『天使は自転車に乗って』に出演。
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2005年、『こころを癒す音楽』(講談社こころライブラリー)出版。
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2006年2月12日、大阪フェスティバルホールで『
きたやまおさむ ザ・還暦コンサート』を開催。
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同名ライブCD『The Kanreki:
きたやまおさむ還暦コンサート』も発表。
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同年2月、みすず書房から対談集『ふりかえったら風 対談 1968−2005』(全3巻)を北山修の巻・キタヤマオサムの巻・きたやまおさむの巻で出版。
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同年9月10日、埼玉県狭山市の稲荷山公園で開催された『HYDEPARK MUSIC FESTIVAL 2006』では、「ポーク・クルセダーズ」を名乗り
加藤和彦・
坂崎幸之助ともに「足柄金太」の変名で出演した。
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また、この年にはNHK教育「おかあさんといっしょ」に加藤の作曲で「ありがとう おかあさん」を提供。
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2008年12月、自らの100作品を納めた『北山修/
きたやまおさむ 百歌撰』を出版、それに関連して、2009年2月、ニッポン放送開局55周年記念番組『あの素晴しい愛をもう一度』に出演し、現在大多数が廃盤になっている本人の作品等を披露した。
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2009年4月、NHK-FMラジオにて「きたやまおさむのレクチャー&ミュージック」放送開始。
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2009年10月の
加藤和彦の死去に際しては朝日新聞と産経新聞に「
きたやまおさむ」名義で追悼コメントを寄せた。
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それらの中で「すべてが一流のプレーヤー」と評し、一人の人物の中に音楽家と演出家という、2つのあり得ない役割が両立できるがゆえに、なかなか自身は満足が得られない天才の不幸を指摘。
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老後をともに過ごす楽しみを失った友人として、また病を食い止めるべき精神科医としての無念を記している
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10月19日に関係者だけで行われた加藤の密葬では出棺前に挨拶し、「加藤君には2人の人間がいた。
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1人は楽しく明るく前向き。
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もう1人は厳しく完全主義で怒ると怖い人。
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今回はそのもう1人が自分を殺してしまったんだと思う。
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曲を制作する時は人の意見も聞いてくれたんだけど、最後の幕引きでみんなの意見を聞いてくれなかった」と述べた