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つながりの強いひと
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松尾芭蕉
江戸時代前期の俳諧師。現在の三重県伊賀市出身。幼名は金作。通称は藤七郎、忠右衛門、甚七郎。名は宗房。俳号としては初め実名宗房を、次いで桃青、芭蕉(... |
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松永貞徳
江戸時代前期の俳人・歌人・歌学者。墓所は、京都南区上鳥羽實相寺(実相寺)。父は松永永種。松永久秀の孫ともいわれる。子は朱子学者の松永尺五。名は勝熊... |
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島内景二
電気通信大学教授、日本古典文学研究者、文芸評論家。長崎県生まれ。1979年東京大学国文科卒、1984年同大学院博士課程単位取得満期退学、電気通信大学専任講... |
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枕草子
平安時代中期に中宮定子に仕えた女房清少納言により執筆されたと伝わる随筆。ただし本来は、助詞の「の」を入れずに「まくらそうし」と呼ばれたという。「枕... |
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安原貞室
江戸時代前期の俳人で、貞門七俳人の一人。名は正明(まさあきら)、通称は鎰屋(かぎや)彦左衛門、別号は腐俳子(ふはいし)・一嚢軒(いちのうけん)。京... |
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藤原俊成
平安時代後期から鎌倉時代初期の公家・歌人。名は有職読みで「しゅんぜい」とも読む。藤原北家御子左流、権中納言・藤原俊忠の子。はじめ葉室家に養子に入り... |
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永元
後漢の和帝劉肇(りゅうちょう)の治世に行われた最初の元号。89年-105年。永元17年は4月に改元されて元興元年とされた。元年:竇憲(とうけん)、北匈奴に大... |
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良忠
鎌倉時代中期の浄土宗の僧。諱は然阿(ねんな)。謚号・記主禅師が滅後7年の永仁元年(1293年)に伏見天皇より贈られている。石見国三隅の出身。出雲国鰐淵寺・... |
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本居宣長
江戸時代の国学者・文献学者・医師。名は栄貞。通称は、はじめ弥四郎、のち健蔵。号は芝蘭、瞬庵、春庵、自宅の鈴屋(すずのや)にて門人を集め講義をしたこ... |
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藤原定家
鎌倉時代初期の公家・歌人。諱は「ていか」と有職読みされることが多い。藤原北家御子左流で藤原俊成の二男。最終官位は正二位権中納言。京極殿または京極中... |
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飛鳥井雅章
江戸時代前期の公家・歌人。飛鳥井雅庸の四男であるが、その後兄飛鳥井雅宣の養子となる。初名は雅昭。従一位・権大納言。1652年(承応元年)権大納言に至り... |
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宗祇
室町時代の連歌師。号は自然斎、種玉庵。姓は飯尾(いのお/いいお)というが定かではない。生国は、紀伊とも近江とも言われている。 |
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清水谷実業
江戸時代前期から中期にかけての西園寺家一門の公家・歌人。 |
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西山宗因
江戸時代前期の俳人・連歌師。本名は西山豊一。父は加藤清正の家臣西山次郎左衛門。通称次郎作。俳号は一幽と称し、宗因は連歌名。生れは肥後国熊本。談林派... |
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賀茂真淵
江戸時代の国学者、歌人。通称庄助、三四。真淵は出生地の敷知(ふち)郡にちなんだ雅号で、淵満(ふちまろ)とも称した。 |
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契沖
江戸時代中期の真言宗の僧であり、古典学者(国学者)。 |
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北村透谷
日本の評論家・詩人。明治期に近代的な文芸評論をおこない、島崎藤村らに大きな影響を与えた。 |
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井原西鶴
江戸時代の浮世草子・人形浄瑠璃作者、俳人。別号は鶴永、二万翁。晩年名乗った西鵬は、時の将軍徳川綱吉が娘鶴姫を溺愛するあまり出した「鶴字法度」(庶民... |
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川合玉堂
川合玉堂 Kawai Gyokudo かわい ぎょくどう 1873-1957 日本画家 川合玉堂 の絵画を高価買取しております 川合玉堂 を売りたい(高価買取) 川合玉堂 を買い... |
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プロフィール
- 北村季吟とは
- 経歴
- 主な著作
- 参考文献
- 関連サイト
北村季吟(きたむらきぎん、寛永元年12月11日(1625年1月19日)-宝永2年6月15日(1705年8月4日))は、江戸時代前期の歌人、俳人、和学者。名は静厚、通称は久助・再昌院、別号は慮庵・呂庵・七松子・拾穂軒・湖月亭。
経歴
| 出身は近江国野洲郡北村(現在の滋賀県野洲市)。 |
| 祖父の宗竜、父の宗円を継いで医学を修めた。 |
| はじめ俳人安原貞室に、ついで松永貞徳について俳諧を学び、『山之井』の刊行で貞門派俳諧の新鋭といわれた。 |
| 飛鳥井雅章・清水谷実業(しみずだにさねなり)に和歌、歌学を学んだことで、『土佐日記抄』、『伊勢物語拾穂抄』、『源氏物語湖月抄』などの注釈書をあらわし、元禄2年(1689年)には歌学方として幕府に仕えた。 |
| 以後、北村家が幕府歌学方を世襲した。 |
| 俳諧は貞門派の域を出なかったが、『新続犬筑波集』、『続連珠』、『季吟十会集』の撰集、式目書「埋木(うもれぎ)」、句集「いなご」は特筆される。 |
| 山岡元隣、松尾芭蕉、山口素堂など優れた門人を輩出している。 |
| 台東区池之端の正慶寺に季吟の墓(東京都史跡)があり、墓石正面に「再昌院法印季吟先生」、墓石側面に「花も見つ郭公(ほととぎす)をもまち出でつ この世後の世おもふ事なき」と辞世の句が刻まれている。 |
主な著作
| 『徒然草文段抄』。 |
| 『枕草子春曙抄』。 |
| 『伊勢物語拾穂抄』(延宝8年(1680年)刊行)。 |
| 『八代集抄』。 |
参考文献
| 「北村季吟 この世のちの世思ふことなき」島内景二著(ミネルヴァ書房、2004年9月10日)ISBN4-623-04055-0。 |
| 『北村季吟の人と仕事』野村貴次著(新典社、1977年)。 |
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1689年
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歌学方として幕府に仕えた |
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2004年
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「北村季吟 この世のちの世思ふことなき」島... |
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