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つながりの強いひと
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林思雲
林 思雲
1963年中国南京市生まれ。1985年南京大学を卒業。1992年に留学のため来日。1996年に九州大学で工学博士号を取得後、日本の企業に就職。1997年以降、... |
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櫻井よしこ
日本のジャーナリスト。国家基本問題研究所理事長。日本における保守論客のひとりであり、テレビ報道番組のニュースキャスターを長年務めていたことでも知ら... |
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蒋介石
蒋介石(しょうかいせき、、1887年10月31日-1975年4月5日)は中華民国の政治家、軍人。第3代・第5代国民政府主席、初代中華民国総統。孫文の後継者として北伐... |
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東中野修道
日本の歴史研究者・著述家。亜細亜大学教授。博士(文学)(立正大学、1995年)(学位論文「東ドイツ国家保安省に関する研究」)。吉田松陰をはじめとする幕... |
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中西輝政
日本の歴史学者、国際政治学者。京都大学大学院人間・環境学研究科教授。専門は国際政治史、文明史。保守系の論壇や政治活動でも知られる。 |
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阿羅健一
日本の評論家・近現代史研究家。1980年代まで畠中秀夫というペンネームを使用していた。「百人斬り訴訟を支援する会」会長を経て、現在「中国の抗日記念館の... |
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伊藤隆
先代 伊藤隆 略歴
息子の聞き書き
大正10年
誕生
2月11日生まれ紀元節(今の建国記念の日)
幼少時は大井で育つ
昭和11年
巣鴨商業学校(がもしょう)卒業... |
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孫文
中国生まれ・アメリカ国籍の政治家・革命家。初代中華民国臨時大総統。辛亥革命を起こし、「中国革命の父」、中華民国では国父(国家の父)と呼ばれる。また... |
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吉田富夫
葉広きん 吉田富夫 中央公論新社発行年月:2002年04月07日 予約締切日:2002年03月31日 ページ数:357p サイズ:単行本 ISBN:978412 葉広〓(イエグワンチン... |
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八木秀次
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日本の歴史学者。元日本大学法学部教授。法学博士(東京大学、1974年)。山口県出身。日本の近現代史に関する研究や著作などで知られる。両切りの缶入りピー... |
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日本の英語学者、評論家。専攻は英語文法史。上智大学名誉教授、ミュンスター大学博士、ミュンスター大学名誉博士。 |
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小林よしのり
日本の漫画家・思想家・社会評論家。「よしりん企画」社長、「ゴー宣道場」主催。福岡県福岡市出身(出生は大野城市)。福岡商業高校、福岡大学人文学部フラ... |
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宮崎正弘(みやざきまさひろ、1946年-)は日本の評論家、作家、ジャーナリスト。 |
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本多勝一(ほんだかついち、1932年1月28日?-)は日本のジャーナリスト。長野県下伊那郡大島村(現在の松川町)生まれ。生年は著書によって1931年や1933年とす... |
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瀧澤一郎
番組の前半30分間のみ放送いたします。
瀧澤一郎
国際問題研究家・元防衛大学校教授 1939(昭和14)年 東京都生まれ。早稲田大学理工学部... |
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プロフィール
- 北村稔とは
- 『第一次国共合作の研究:現代中国を形成した二大勢力の出現』
- 『中国は社会主義で幸せになったのか』
- 『日中戦争:戦争を望んだ中国 望まなかった日本』(共著)
- 『「南京事件」の探究』
- 本書の論点
- 著書
- 共著
- 訳書
- 参考文献
北村稔(きたむらみのる、1948年-)は、日本の歴史学者。現在、立命館大学文学部教授、日本「南京」学会会員、国家基本問題研究所客員研究員。中国近現代史専攻。法学博士。京都府出身。京都大学文学部史学科(現代史専攻)卒業。京都大学大学院博士課程中途退学。 三重大学助教授を経て現職。
『第一次国共合作の研究:現代中国を形成した二大勢力の出現』
| 中国国民党による中国統一(1928年に一応の完成)までの過程で生じた中国国民党と中国共産党の協力関係(=国共合作)の発足・展開・崩壊を中心に近代中国を動かした二大勢力の動向を具体的にあきらかにする。 |
『中国は社会主義で幸せになったのか』
| 「中華人民共和国の実質」が、「社会主義の皮をかぶった封建王朝」であることの論証をめざす。 |
『日中戦争:戦争を望んだ中国 望まなかった日本』(共著)
| 「従来の日中戦争研究の大前提となっている「侵略戦争をおこした日本と侵略された中国」という枠組みを取り払」ったうえで、日中戦争の様々な側面を考察。 |
『「南京事件」の探究』
| 本書では、南京裁判および東京裁判において南京事件を確定した「戦犯裁判」の判決書を歴史学の手法で検証するという立場で分析、従前から知られていた2万弱の中国軍捕虜の殺害を新たに発掘してきた資料で確認する一方で、判決書にみえる、南京攻略戦から占領初期にかけて一般市民に対する数十万単位の「大虐殺」が行われたという「認識」については、中国や連合国国による各種の戦時宣伝の分析を通じ、1937年以降、徐々に形成されていったものとしており、2007年4月2日の外国特派員協会での講演において「一般市民を対象とした虐殺はなかったとの結論に達する」としている2007年4月19日週刊新潮。 |
本書の論点
| 南京および中国各地において日本軍が暴虐を行っていると告発した在中国ジャーナリストハロルド・J・ティンパーリは、日中戦争開始直後から中国国民党中央宣伝部の対外宣伝に従事、資金提供を受けて編著『戦争とは何か』("''WhatWarMeans''")を出版したと主張している。 |
| また、南京大虐殺の存在を疑問視する立場から、議論に加わるようになった。 |
| 北村は、中国社会科学院近代史研究所翻訳室編『近代来華外国人名辞典』(1981年)に、ティンパーリが「1937年盧溝橋事件後、中国国民党により欧米に派遣され宣伝工作に従事、続いて国民党中央宣伝部顧問に就任した」と記述されていることや、元国際宣伝処処長曽虚白の回想記『曽虚白自伝(上集)』に「ティンパーリーとスマイスに金を払って目撃者として二冊の本を書いてもらった」と記されていることから、これら資料の背後には国際宣伝処が関与していたとする(『「南京事件」の探求』(文春新書)、p.43-4)。 |
| 一方、渡辺久志は、曽虚白がティンパーリーを日本軍占領下の南京にいたとする誤りを前提として語っていることなどを指摘、この証言には問題があるとする。 |
| また、ティンパーリが中央宣伝部顧問となったのは1939年であるとして渡辺は北村説に疑問を投げかけている。 |
| 井上久士は、「中央宣伝部国際宣伝処二十七年度工作報告」(中国第二歴史档案館所蔵)に「われわれはティンパリー本人および彼を通じてスマイスの書いた二冊の日本軍の南京大虐殺目撃実録を買い取り、印刷出版した」とあり、曽虚白の回想記の「二冊の本を書いてもらった」という記述は誤りと主張している(『現代歴史学と南京事件』p.249)。 |
著書
| 『第一次国共合作の研究現代中国を形成した二大勢力の出現』岩波書店1998年。 |
| 『「南京事件」の探究―その実像をもとめて』文藝春秋2001年。 |
| 『中国は社会主義で幸せになったのか』PHP研究所2005年。 |
共著
| 北村稔・林思雲『日中戦争:戦争を望んだ中国望まなかった日本』PHP研究所2008年11月(ISBN978-4-569-69300-2)。 |
訳書
| 陳志譲『軍紳政権軍閥支配下の中国』岩波書店1984年。 |
| スチュア-ト・R・シュラム『毛沢東の思想~一九四九年/一九四九~七六年』蒼蒼社1989年。 |
| 黄仁宇『蒋介石―マクロヒストリー史観から読む蒋介石日記』東方書店1997年。 |
| 李昌平『中国農村崩壊:農民が田を捨てるとき』NHK出版2004年6月(ISBN4-14-080881-0)。 |
参考文献
| 櫻井よしこ発掘「新史料」が証かす「南京虐殺」の虚構(『諸君!』2002年1月pp.26-37)。 |
| 鈴木明・石川瑞穂・阿羅健一『「南京事件」の探求』をどう読むか(同上pp.38-43)。 |
| 「南京大虐殺三〇万人説」の成立-Timperleyの策謀を中心に-(東中野修道編『南京「虐殺」研究の最前線平成十五年版』展転社pp.143-192)。 |
| 笠原十九司文春がまた担ぎ出した南京虐殺否定論者のおそまつぶり(『週刊金曜日』2002年8月2日(No.422)pp.66-67)。 |
| 渡辺春己「常識」という用語を利用した非常識(同上pp.68-69)。 |
| ボブ・若林正(BobWakabayashiTadashi)狡猾な引用をされた例として(同上、pp.68-69)。 |
| 井上久士事実を明らかにする姿勢はどこに?(同上、p.70)。 |
| 渡辺久志もとめているのは「実像」か「虚像」か?北村稔著『「南京事件」の探求その実像を求めて』を批判する(4回連載)(季刊『中帰連』2002夏(21)、2002秋(22)、2002冬(23)、2003春(24))。 |
| 井上久士南京大虐殺と中国国民党国際宣伝処(笠原十九司・吉田裕編『現代歴史学と南京事件』柏書房、2006年、pp.243-259)。 |
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1928年
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一応の完成)までの過程で生じた中国国民党と... |
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1981年
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ティンパーリが「1937年盧溝橋事件後、中国国... |
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