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つながりの強いひと
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宗峰妙超
鎌倉時代末期の臨済宗の僧。一般には大燈国師の名で知られている。諱は妙超、道号は宗峰。播磨(兵庫県)の出身。同国浦上荘の豪族、浦上氏の一族・浦上一国(... |
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高峰顕日
鎌倉時代後期の臨済宗の僧。後嵯峨天皇の第二皇子。諱は顕日。字は高峰。密道と号した。諡号は仏国禅師・仏国応供広済国師。1256年(康元元年)円爾に従って... |
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関山慧玄
鎌倉時代末期から南北朝時代の臨済宗の僧。信濃国(長野県)の出身で、家は高梨氏で、高梨高家の子とされる。朝廷から本有円成、仏心、覚照、大定聖応、光徳... |
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蘭渓道隆
鎌倉時代中期の南宋から渡来した禅僧・大覚派の祖。諱は道隆、道号は蘭渓。南宋の西蜀(現:中国四川省)の人。諡号は大覚禅師。13歳で出家し、無準師範、北... |
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大応国師
大応国師像(興徳寺)重要文化財 鎌倉時代に福岡の地で30数年にわたり、全国にその禅風をなびかせた大応国師の偉業を、今日に残る文化財によってふりかえる... |
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竹貫元勝
竹貫元勝(たけぬきげんしょう、1945年1月1日-)は日本の歴史学者。花園大学教授。博士(文学)(佛教大学、1992年)。日本中世史、禅宗史専攻。京都府綾部市... |
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一休宗純
室町時代の臨済宗大徳寺派の僧、詩人。説話のモデルとして知られる。 |
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国師
高僧に対して皇帝(朝廷)から贈られる諡号の1つであり、特に皇帝の師への尊称である。僧侶に贈られる諡号としては、他にも大師号、禅師号などがある。中国で... |
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栄西
平安時代末期から鎌倉時代初期の日本の僧である。日本臨済宗の開祖、建仁寺の開山。生年には異説がある。天台密教葉上流の流祖でもある。また、喫茶の習慣を... |
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白隠慧鶴
臨済宗中興の祖と称される江戸中期の禅僧である。諡は神機独妙禅師、正宗国師。駿河国原宿(現・静岡県沼津市原)にあった長沢家の三男として生まれた白隠は... |
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沢庵宗彭
安土桃山時代から江戸時代前期にかけての臨済宗の僧。大徳寺住持。諡は普光国師(300年忌にあたる1944年に宣下)。号に東海・暮翁など。但馬国出石(現兵庫県... |
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北条時頼
鎌倉時代中期の鎌倉幕府第5代執権(在職:1246年-1256年)である。北条時氏の次男で、4代執権北条経時の弟。8代執権北条時宗の父。 |
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建武
後漢の光武帝劉秀の治世に行われた最初の元号。25年-56年。建武32年(56年)は4月に改元され、建武中元元年となった。この元号は、漢王朝を再興した際に初め... |
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無学祖元
中国明州慶元府(浙江省)出身の鎌倉時代の臨済宗の僧侶。諡は仏光国師・円満常照国師。日本に帰化して無学派(仏光派)の祖となる。字は子元。 |
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南浦文之
安土桃山時代から江戸時代前期にかけての臨済宗の僧。俗姓は湯浅氏。別名文之玄昌。別号雲興軒・時習斎 |
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後醍醐天皇
第96代天皇(在位:文保2年2月26日(1318年3月29日)-延元4年/暦応2年8月15日(1339年9月18日))。諱は尊治(たかはる)。 |
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一山一寧
一山一寧(いっさんいちねい、宝治元年(南宋の淳祐7年、1247年)-文保元年10月24日(1317年11月28日))は元の渡来僧。寧一山ともいう。 |
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花園天皇
花園天皇(はなぞのてんのう、永仁5年7月25日(1297年8月14日)-貞和4年/正平3年11月11日(1348年12月2日))は鎌倉時代の第95代天皇(在位:延慶元年11月16... |
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大覚
南北朝時代の日蓮宗の僧。名は妙実。近衛家の出と言われ、初めは真言宗の僧であった。1313年(正和2年)京都布教中の日像の説法に共感し、宗派を改め弟子とな... |
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プロフィール
南浦紹明(なんぽしょうみょう、嘉禎元年(1235年)-延慶元年12月29日(1309年2月9日))は、鎌倉時代の臨済宗の僧。出自については不詳であるが、駿河国安倍郡の出身。諱は紹明(「しょうみょう」とも「じょうみん」ともよむ)、道号は南浦。勅諡号は円通 大応国師。
生涯
| 幼くして故郷駿河国の建穂寺に学び、1249年(建長元年)鎌倉建長寺の蘭渓道隆に参禅した。 |
| 1259年(正元元年)宋に渡って、虚堂智愚の法を継いだ。 |
| 1267年(文永4年)日本に帰国して建長寺に戻り、その後は1270年(文永7年)筑前国興徳寺、1272年(文永9年)、博多崇福寺(そうふくじ)の住持をつとめた。 |
| 1304年(嘉元2年)後宇多上皇の招きにより上洛し万寿寺に入る。 |
| 1307年(徳治2年)鎌倉に戻り建長寺の住持となったが、その翌年に75歳で没した。 |
| 門下には宗峰妙超(大燈国師)、恭翁運良などがいる。 |
| 没後の延慶2年(1309年)、後宇多上皇から「円通大応」の国師号が贈られたが、これは日本における禅僧に対する国師号の最初である。 |
| 南浦紹明(大応国師)から宗峰妙超(大灯国師)を経て関山慧玄へ続く法系を「応灯関」といい、現在、日本臨済宗はみなこの法系に属する。 |
伝記・著作
| 荒木見悟著・訳 『禅入門3 大応語録』 講談社、1994年(平成6年) 初版(上版は一部改訂) 『日本の禅語録.第3巻 大応』 同、1978年(昭和53年) 選書判(抄録版) 『禅の古典2 大応国師語録』 同、1982年(昭和57年)。 |
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1309年
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後宇多上皇から「円通大応」の国師号が贈られ... |
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