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大江音人
平安時代の貴族・学者。備中権介・大枝本主の嫡男。官位は従三位・参議。江相公と号する。 |
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藤原基経
平安時代前期の公卿。藤原北家・藤原長良の三男。幼名は手古。従一位、摂政関白太政大臣、贈正一位。堀川大臣(堀河大臣)と号する。漢風諡号は昭宣公、国公... |
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菅原是善
平安時代前期の文人・公家。従三位・菅原清公の四男。官位は従三位・参議。 |
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都良香
平安時代前期の官人・文人。姓は宿禰のち朝臣。初名は言道。主計頭・都貞継の子。官位は従五位下・文章博士。 |
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藤原冬緒
藤原冬緒(ふじわらのふゆお、大同3年(808年)-寛平2年5月25日(890年6月19日))は平安時代前期の公卿。藤原京家の出身で、藤原豊彦(参議藤原浜成の子)の... |
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文宗
文宗(ぶんそう)は唐朝の第17代皇帝。敬宗の同年の異母弟である。 |
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伴善男
平安時代前期の貴族。参議・伴国道の五男。官位は正三位・大納言。伴大納言と呼ばれた。 |
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紀有常
平安時代の貴族。刑部卿・紀名虎の子。官位は従四位下・周防権守。 |
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シャルル2世
カロリング朝西フランク王国の初代国王(在位:843年-877年)である。後にカール2世として西ローマ皇帝を兼任した(在位:875年-877年)。ルートヴィヒ1世(... |
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藤原良房
平安時代初期の公卿。藤原北家・藤原冬嗣の二男。母は藤原美都子。子に明子、養子に藤原基経。染殿、白河殿と称される。漢風諡号は忠仁公、国公は美濃公。皇... |
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文徳天皇
平安時代前期の第55代天皇(在位:嘉祥3年4月17日(850年5月31日)-天安2年8月27日(858年10月7日))。諱は道康(みちやす)。田邑帝とも。 |
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在原行平
平安時代前期の歌人・公卿。平城天皇の第一皇子である弾正尹・阿保親王の次男(または三男)。在原業平の兄。官位は正三位・中納言。在中納言・在民部卿とも... |
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清和天皇
平安時代前期の第56代天皇。在位は天安2年11月7日(858年12月15日)-貞観18年11月29日(876年12月18日)。後世、武門の棟梁となる清和源氏の始祖で、諱は惟仁... |
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藤原家宗
平安時代の貴族。藤原北家、民部少輔・藤原濱雄の長男。官位は従三位・参議。承和年間に文章生となり、斉衡3年(856年)40歳にしてようやく正六位上から従五... |
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橘公頼
平安時代の貴族。贈中納言・橘広相の子。官位は従三位・中納言。 |
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平時望
平安時代前期の貴族。平高棟(高棟王)の子である惟範の長男で、桓武天皇の玄孫にあたる。母は、常陸太守四品兼守弾正尹人康親王の娘。子に珍材、真材がいる... |
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白居易
中唐の詩人。字は楽天。号は酔吟先生・香山居士。弟に白行簡がいる。 |
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黒板勝美
日本の歴史学者。東京帝国大学名誉教授。文学博士。専門は、日本古代史、日本古文書学。号は虚心。 |
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菅原道真
天神 菅原道真 0.目次 本レポートでは以下の通りに調査内容を報告することをここに記す。 1.菅原道真という人物。 2.天神、道真。そして学問の神、道真。 ... |
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プロフィール
南淵年名(みなふちのとしな、大同3年(808年)-貞観19年4月8日(877年5月24日))は平安時代初期の公卿。氏姓は南淵朝臣。因幡権守・南淵永河の子。あるいは永河の兄弟にあたる参議・南淵弘貞の子とも言われる。子に良臣がいる。官位は正三位・大納言。
経歴
| 天長9年(832年)文章生となる。 |
| 少内記・丹波権大掾・式部少丞・六位蔵人を経て、承和8年(841年)従五位下・筑前守に叙任。 |
| 文徳朝では、式部少輔/大輔を務める一方、蔵人頭として天皇の側近となり、加えて春宮権亮/亮として皇太子・惟仁親王にも仕えた。 |
| またこの間、仁寿3年(853年)従五位上、天安元年(857年)正五位下、天安2年(858年)従四位下と順調に昇進した。 |
| 同年11月惟仁親王の即位(清和天皇)に伴い正四位下に叙せられると、勘解由長官・右大弁・左大弁を経て、貞観6年(864年)参議に任ぜられ公卿に列した。 |
| 参議・左大弁・勘解由長官の任にあった貞観8年(866年)に応天門の変が起こると、参議・藤原良縄とともに伴善男の尋問に当たった。 |
| のち議政官として、民部卿・春宮大夫などを歴任し、貞観14年(872年)従三位・中納言、貞観18年(876年)大納言、貞観19年(877年)正三位に至った。 |
| その学識の高さをもって清和天皇の信任厚く、『貞観格』『貞観交替式』や『日本文徳天皇実録』の編纂作業に携わった。 |
| 没年となった貞観19年(877年)には、小野山荘に大江音人・藤原冬緒・菅原是善と参議に名を連ねていた知識人を招き、本邦初の尚歯会を開催したことでも知られる。 |
| 同年4月8日没。 |
| 最終官位は大納言正三位。 |
人物
| 聡明で物事に明るく、度量もあった。 |
| 政務に対して清廉をもって当たったという。 |
| 『日本三代実録』貞観19年4月8日条。 |
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南淵年名さんについてのひとこと紹介
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