| 1917年(大正6年)に発生した「大正6年の大津波」(正確には台風による高潮であり、津波とは異なる){{citeweb|url=http://www.saigaidensho.soumu.go.jp/saigai/import.2006-12-27.190811-2/|title=『災害伝承情報データベース』「大正6年の大津波」|accessdate=7月16日|accessyear=2008年。 |
| 1930年(昭和5年)、「明治43年の大水害」を教訓に荒川放水路が完成し、大正時代から昭和時代には埋め立てが進んだ。 |
| 1931年(昭和6年)には、汽車製造の平岡工場(東京製作所)が移転してきた。 |
| 南砂二丁目は1918年(大正7年)から1980年(昭和55年)の間に4.57m沈下したことが知られている。 |
| 1945年(昭和20年)3月10日の東京大空襲では工場が狙われ、南砂も大きな被害を受けた。 |
| 1959年(昭和34年)、「首都圏の既成市街地における工業等の制限に関する法律(工業等制限法)」が制定され、工場等の新設・増設が制限された。 |
| 1969年(昭和44年)には、帝都高速度交通営団(現・東京地下鉄)東西線が延伸。 |
| 公共交通機関は都電とバスしかなく「陸の孤島」と揶揄された時代から一変した。 |