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つながりの強いひと
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中原誠
将棋棋士。2009年3月、引退。十六世名人、および、永世十段・永世王位・名誉王座・永世棋聖という5つの永世称号を保持し、かつ、いずれも引退前から名乗る。... |
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羽生善治
将棋棋士。二上達也九段門下。棋士番号は175。 |
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米長邦雄
将棋棋士。2003年12月、引退。日本将棋連盟会長(2005年-)。タイトル獲得数19期は歴代5位。永世棋聖の称号を保持し、引退前から名乗る。佐瀬勇次名誉九段門... |
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大山康晴
将棋棋士。棋士番号26。木見金治郎門下。主な記録としては、公式タイトル獲得80期(歴代1位)、棋戦優勝44回(歴代1位)、通算1433勝(歴代1位)等がある。十... |
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森内俊之
将棋棋士。十八世名人資格保持者。棋士番号は183。勝浦修九段門下。神奈川県横浜市出身。日本将棋連盟棋士会副会長(2009年4月-2011年3月)。 |
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升田幸三
将棋棋士。実力制第4代名人。広島県双三郡三良坂町(現三次市)生まれ。名前は正しくは「こうそう」と読むが、将棋界では「こうぞう」で通した。木見金治郎九... |
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坂口允彦
将棋棋士。九段。棋士番号10。日本将棋連盟会長。花田長太郎九段門下。北海道沙流郡日高町出身。 |
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本将棋
人間対人間、人間対コンピューターの対局が選べ、先手の飛車落ちなどのハンデや、コンピューターの強さを5段階から選択できるほか、王の守りを固める“穴熊”や... |
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谷川浩司
将棋棋士。若松政和七段門下。棋士番号は131。兵庫県神戸市須磨区出身。タイトル通算獲得数は歴代4位。永世名人(十七世名人)の資格を保持。日本将棋連盟棋... |
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塚田正夫
将棋棋士。名誉十段。日本将棋連盟会長(1974年-1976年)。勲四等旭日小綬章受章(追贈、1978年)。紫綬褒章受章(1975年)。花田長太郎九段門下。棋士番号は... |
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丸田祐三
将棋棋士。九段。日本将棋連盟会長(1969年-1972年)。長野県長野市生まれ、東京都育ち。棋士番号43。平野信助七段門下。 |
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佐藤康光
将棋棋士。タイトル通算獲得数は、歴代6位。永世棋聖の資格を保持する。棋士番号は182。田中魁秀九段門下。いわゆる「羽生世代」の一人である。京都府綴喜郡... |
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藤井猛
将棋棋士。西村一義九段門下。棋士番号は198。群馬県沼田市出身。 |
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木村義雄
日本の政治家、自由民主党所属の前衆議院議員。元厚生労働副大臣。山崎派所属。 |
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二上達也
将棋棋士。1990年、引退。タイトル獲得通算5期。渡辺東一名誉九段門下。棋士番号は57。日本将棋連盟会長(1989年-2002年)。北海道函館市出身。北海道立函館... |
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原田泰治
長野県諏訪市出身の画家・グラフィックデザイナー。シンガーソングライターのさだまさしと親交が深く、原田の絵を題材にしたさだの楽曲もある。また、地元の長... |
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花村元司
将棋棋士。棋士番号39。静岡県浜松市出身。木村義雄十四世名人門下。 |
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荒木一郎
日本の俳優、歌手、音楽プロデューサー、小説家、マジック評論家、カードマジック研究家。東京都出身。母親は女優の荒木道子。 |
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萩原淳
東京都西東京市出身の元プロ野球選手(投手)。現在は、愛媛マンダリンパイレーツの投手コーチを務めている。 |
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プロフィール
- 原田泰夫とは
- 人物
- 昇段履歴
- 棋戦優勝
- 将棋大賞
- その他表彰
- 主な著書
原田泰夫(はらだやすお、1923年3月1日-2004年7月11日)は、将棋棋士。棋士番号35。新潟県西蒲原郡分水町(現在の燕市)出身(分水町名誉町民)。 加藤治郎名誉九段門下。1961年から6年間、日本将棋連盟の会長を務めた。
人物
| 10歳のころ、13世名人(関根金次郎)の立派な指導対局姿に心を打たれ、棋士を志す。 |
| 原田の父は棋士になることに反対していたが、結局は高等小学校を卒業した原田とともに上京して棋士になる手助けをしている。 |
| はじめに縁のあった溝呂木光治八段を訪ねたが、自分は弟子運がよくないということで当時五段だった加藤治郎を紹介し、加藤に弟子入りすることになった。 |
| 将棋の初心者向け解説者として最も著名なうちの一人。 |
| 常に目先を読む「三手の読み」(こうやる、こう来る、そこでこう指す)を提唱し、普及にも力を注いだ。 |
| 格言も多く作っている。 |
| 自分のことを「原田」と呼ぶ、人を呼ぶときに「やあこれは巨匠」と呼びかけるなど、独特の表現で人気があり、将棋界以外でも有名であった。 |
| 今福栄は原田の人柄を「潔癖家、お洒落、破滅型でない浪費家、若者好き、柔軟な保守主義者」と評している。 |
| (『将棋プロアマ角落十番勝負』講談社刊より)。 |
| 反面、昭和中期を代表する強豪棋士だったことは意外と知られていない。 |
| 名人以外の全プロが参加する「最強者戦」で見事最強者となったこともあり、大山康晴、升田幸三に次ぐ実力を有していた。 |
| 特に1973年(昭和48年)、48歳でA級に復帰して底力を見せたときには、石川達三の同名小説に準え「四十八歳の抵抗」といわれ話題になった(自分から「四十八歳の抵抗」と述べたという説もあり)。 |
| なお、升田幸三は現役最後の新聞棋戦棋聖戦で敗北したが、相手は原田泰夫であった。 |
| この将棋は原田の名局とされている。 |
| 「玉損の攻め」といわれるほど攻撃的な棋風で知られ、おだやかな人柄と全く相違しているため驚かれたという。 |
| 「自在流」(内藤國雄)、「さわやか流」(米長邦雄)、「自然流」(中原誠)、「光速流」(谷川浩司)など棋風の名付け親としても知られる。 |
| 30代で日本将棋連盟会長を務めた唯一の棋士であり、引退後も長きに亘り棋界の御意見番として重き為すとともに、タイトル戦の立会人や毎年恒例となっている将棋まつり、将棋の日関連イベントなどを通じて、棋界の発展に大きく寄与した。 |
| 俳人・書家でもあり、泰風と号した。 |
| 弟子に佐藤庄平、桜井昇、山口英夫、近藤正和、鈴木環那らがいる。 |
| 他にアマチュアの孫弟子として山口瞳がいる。 |
| 羽生善治は小学5年生のとき二枚落ちで対戦した事があったが、攻めを誤って敗れた。 |
| この局の棋譜は小学館入門百科シリーズ118『将棋初段への道』(1982年1月)に所収されているほか、インターネット上でも公開されている |
棋戦優勝
| NHK杯戦 1回(第6回)。 |
| 高松宮賞争奪選手権戦 1回(第4回)。 |
| 最強者決定戦 1回(第13回)。 |
将棋大賞
| 第1回(1973年度)敢闘賞。 |
| 第9回(1981年度)東京将棋記者会賞。 |
その他表彰
| 1982年秋藍綬褒章。 |
| 1996年春勲四等旭日小綬章。 |
主な著書
| 棋士・原田九段の書と随想(2001年11月、梧桐書院、ISBN4-340-02707-3)。 |
| 最強の詰将棋200題 実戦型3手から13手詰め(2004年6月、梧桐書院、ISBN4-340-07115-3)。 |
| 日本将棋用語事典(監修、2004年12月、東京堂出版、ISBN4-490-10660-2)。 |
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1982年
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羽生善治は小学5年生のとき二枚落ちで対戦し... |
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2001年
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棋士・原田九段の書と随想(梧桐書院、ISBN 4... |
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原田泰夫さんについてのひとこと紹介
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