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つながりの強いひと
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プロフィール
- 古木克明とは
- プロ入り前
- 格闘家へ転向
- プレースタイル
- エピソード
- 表彰
- 記録
- 背番号
- 関連項目
古木克明(ふるきかつあき、1980年11月10日-)は、三重県松阪市出身の元プロ野球選手(外野手、内野手)。現在は総合格闘家。
プロ入り前
| 豊田大谷高校2年時の選手権、長崎南山高校戦で2打席連続本塁打で頭角を現し、3年時の第80回全国高等学校野球選手権大会ではベスト4にまで進出。 |
| 1回戦では後のチームメイトとなる村田修一率いる東福岡高と対戦し6対4で勝利。 |
| 2回戦では上本達之擁する宇部商高と対戦、延長戦を制し3対2で勝利。 |
| 準々決勝では和田毅がエースの浜田高と対戦、延長を制し4対3で勝利。 |
| 準決勝では吉見太一擁する京都成章高と対戦するが4三振と精彩を欠きチームも1対6で敗退。 |
| 高校時代は練習の虫で、甲子園の中継でバットを抱いて寝る、グローブなどの道具を大切にする選手として紹介された。 |
| レフト方向にもホームランが打てるスラッガーだった。 |
| 1998年のドラフト会議において、松坂大輔の外れ1位指名で横浜ベイスターズに指名され入団。 |
| 指名当日、ダイエー(現・ソフトバンク)志望だった古木に権藤博監督が直接挨拶に出向いた。 |
格闘家へ転向
| 2009年12月8日、格闘技の新団体「スマッシュ」に入団することが発表された |
| 「野球に未練はない、世界を代表する格闘家を目指したい」と意気込みを語った。 |
| 12月20日に行われたプロ野球55年会が企画したチャリティーマッチに参加、9回に代打で出場しレフトフライに終わった。 |
| 試合後、古木にとっては最後の試合ということで両チームの選手による胴上げが行われた。 |
| なお、格闘家転身については2009年12月30日に放送されたTBSのドキュメント番組、『壮絶人生ドキュメント俺たちはプロ野球選手だった』でも紹介された。 |
| 2010年6月にゴールドジムベースボールクラブの一員として茨城ゴールデンゴールズとの練習試合に参加 |
| また、6月26日に西調布アリーナで行われたアマチュアDEEPの第1回大会において、総合格闘家として長南亮と2分2ラウンドのエキシビションマッチを行った |
| 2010年12月31日、Dynamite!!〜勇気のチカラ2010〜にてアンディ・オロゴンと対戦。 |
| 5分3ラウンドを戦い抜き、0-3の判定で敗れた |
| 2011年4月22日、DEEP53IMPACTにて海老名義隆(元明治大学ラグビー部選手)と対戦。 |
| 5分2ラウンド戦にて2-0の判定勝利。 |
| 格闘技転向後の初勝利となった |
プレースタイル
| 高校通算52本塁打を記録した天性の長打力を持つが、通算打率は.250未満と荒削りな打撃だった。 |
| 2003年は規定打席に未到達にもかかわらずリーグ2位の三振数を記録している。 |
| 長打力ばかりが強調されるが足の速い選手でもあり、打数に対する併殺打の割合は低い。 |
| 守備力は三塁、外野ともに低く、2003年に三塁手ではリーグ最多の18失策、2006年に外野手ではリーグ最多の8失策を記録している。 |
エピソード
| 2005年7月1日に池端忍と結婚。 |
| 2006年1月に第一子となる長女が誕生。 |
| 天然な性格で天然ボケエピソードが多数ある人物である。 |
| 二軍の湘南シーレックスの優勝争いの時「一軍に上がりたくない」と発言。 |
| 小学校の文集で「将来はプロ野球選手になりたい。 |
| しかし大洋(ホエールズ・横浜の旧名)とロッテには入りたくない」と書いていた過去があり、そのネタが『トリビアの泉』で取り上げられた。 |
| 2000年6月6日のイースタンリーグの日本ハム戦、同点で迎えた9回裏一死満塁の場面で左翼を守っていた古木。 |
| そこへ左翼ファウルグラウンドに飛んできた捕らなくてもよい飛球に対し、それを背面キャッチした。 |
| 結果的にフライアウトが成立し、3塁走者生還を許し、左邪犠として記録される。 |
| 2003年の広島戦でサードゴロを処理しようとし、ファーストに送球するときに転んでしまい大暴投となってしまう。 |
| この場面を清原正博アナウンサーは「古木あっーと」と実況し、また「珍プレーになってしまいますね」ともコメントされた。 |
| また、解説の斉藤明夫は「(横浜スタジアムは)自分のお庭ですよ。 |
| 」とコメントした。 |
| ちなみにこの動画が動画投稿サイトにアップロードされ、50万回以上再生されている。 |
| 2004年、古木が打球を見失い二塁打にしてしまったとき、「ボールが見えない」と発言。 |
| 技術以前の問題と西岡良洋守備走塁コーチを嘆かせた。 |
| 2004年出版の「ベースボールポポロ」(麻布台出版社)には、横浜のキャンプ地・沖縄県宜野湾市での取材時に、上半身裸の肉体美を披露する写真を撮影、掲載された。 |
| 古木の体に魅せられたカメラマンが上半身裸になって欲しいと依頼すると、古木はテレながらも、笑顔でリクエストに応じたという。 |
| 引退後の2010年7月13日の千葉ロッテvsオリックス(千葉マリン)の始球式に登場。 |
| マウンドでTシャツを脱ぎ上半身裸になり投球。 |
| なお、その際捕手役は横浜時代の同僚だった吉見祐治が務めた。 |
| 試合中のベンチ内で煙草を吸っているところが試合中継で流れ波紋を呼んだ(アスリートでありながら喫煙していることの是非も話題となったが、指定場所以外での喫煙は禁止されているのにもかかわらず、ベンチで吸っていたことが問題視された)。 |
記録
| 初出場:1999年7月15日、対阪神タイガース16回戦(阪神甲子園球場)、9回表に斎藤隆の代打で出場。 |
| 初打席:同上、9回表に伊藤敦規の前に二塁ゴロ。 |
| 初先発出場:2001年9月27日、対阪神タイガース27回戦(横浜スタジアム)、8番・左翼手として先発出場。 |
| 初打点:2001年9月29日、対広島東洋カープ26回戦(横浜スタジアム)、5回裏に黒田博樹から左犠飛。 |
| 初安打:2002年9月4日、対中日ドラゴンズ22回戦(横浜スタジアム)、10回裏に落合英二から中前安打。 |
| 初本塁打:2002年9月7日、対阪神タイガース24回戦(阪神甲子園球場)、2回表に川尻哲郎から右中間へソロ。 |
| 初盗塁:2002年9月16日、対読売ジャイアンツ25回戦(東京ドーム)、4回表に二盗。 |
背番号
| 3(1999年-2001年)。 |
| 33(2002年-2007年)。 |
| 46(2008年-2009年)。 |
関連項目
| 三重県出身の人物一覧。 |
| 豊田大谷対宇部商業延長15回(選手として出場)。 |
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1980年
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古木 克明(ふるき かつあき)は、三重県松阪... |
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1999年
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フレッシュオールスターゲームMVP、に打率.30... |
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