| 芸能界にあまり興味はなく、元々、美容師になるつもりだったが、高校在学中にスカウトを受け、モデルクラブに登録する。 |
| 日活の宣伝用ポスターの仕事が舞い込み、引き受けるが、可愛は、脱がないといけない仕事だと知らなかった。 |
| 「話が違う」と一旦は断ろうとするが、日活の担当者が怒られているのを見て同情してしまい、最終的に引き受ける。 |
| この時に渡辺護監督の目に止まり、1982年、日活ロマンポルノ映画『セーラー服色情飼育』(監督:渡辺護・脚本:ガイラ)で芸能界入りする。 |
| にっかつロマンポルノの主演の話がきたとき「考えさせてほしい」と言ったが、それは出来なかった。 |
| モデル事務所から「次のステップに繋がる」という勧めもあり、きわどいラブシーンをしないという条件で、承諾する「可愛かずみ」の芸名は、渡辺監督によって命名された。 |
| ロマンポルノ映画出演はこの1作のみだったが、幼さが残るあどけない顔立ちと抜群のスタイルで注目を浴びる。 |
| 続いて、映画『夜をぶっとばせ』、シブがき隊主演の『ヘッドフォン・ララバイ』に出演し、その後すぐにグラビアアイドルとして人気を博す。 |
| それ以降はテレビのバラエティーやドラマで活躍をしていた。 |
| ポルノ映画の出演は『セーラー服色情飼育』だけだったが、デビュー作であったこともあり、世間からは『ポルノ女優』とレッテルを貼られた。 |
| 可愛本人は『ポルノ女優』と呼ばれることを嫌がっていた(映画雑誌記者談)。 |
| しかし、彼女の人気が高まるにつれ、可愛と同じくロマンポルノを足掛かりに徐々に一般の映画やテレビなどに出演し、人気を集めていた美保純と並ぶ扱いを受けるようになっていった。 |
| 可愛は「昔の仕事は自分で考えてしたことで後悔はしていないし、昔があるから今の自分がいるのも分かっている。 |
| 私自身偏見はないけど、昔の仕事のことで人として軽く見られるのは辛い」と語っている。 |
| 共演した下元史朗は後に“魅せられた女優”として可愛かずみを挙げている。 |
| 渡辺監督は、可愛を「生きた恥じらいのある女優」と評価している。 |
| 監督は可愛の芸名を名付けた理由を「可愛いから、可愛かずみにした」と語っている。 |
| 撮影時には「ちび」と呼んで、とても可愛がっていた。 |
| 可愛自身も監督に感謝しており、そのことを番組で語ったこともある。 |
| 1983年11月、脱ぐ仕事をしたくないという理由で、オフィス・アンからマーカスに所属事務所を移籍。 |
| 『ヘッドフォン・ララバイ』の出演が決まった時には嬉しくて台本を抱いて寝たと言う。 |
| この頃から「セーラー服色情飼育」出演時には非難していた友人たちも応援してくれるようになり、期待に応えたいという気持ちからプロ意識が芽生えてきたと本人が語っていた。 |
| 歌の方では「春感ムスメ」でシングルデビューをし、その後「天使のデザート」「メディテーション」のアルバムもリリース。 |
| レコーディングの時に、スタッフから「歌手じゃないんだから鼻歌まじりの歌声でいいんだ! 力むような歌声じゃ駄目だ」といかにもアイドルらしい頼りない歌唱を強いられ、可愛は不本意だったという。 |
| 可愛の歌については「歌のレッスンを受けているアイドルよりも上手いし、本格的にレッスンを受けたらアイドルとしてではなく、プロの歌手として充分やっていける」と当時、和田アキ子が、ある番組で発言している。 |
| 多くの写真集にプレミアがついており、初期のものは生前から高値で取引されていた。 |
| 特に「アイドル」「光の中の少女」はプレミア写真集として知られている。 |
| グラビア時代の可愛の人気は絶大で、毎週、特集を組んでいた雑誌もある。 |
| また、可愛のファンだったという芸能人は多く、ダウンタウンの松本人志、とんねるずの石橋貴明、高嶋政宏などがテレビで公表している。 |
| バラエティ番組に多数出演しており、1983年頃『オレたちひょうきん族』の「ひょうきんベストテン」のコーナーで中森明菜のものまねをしていた。 |
| また歌番組のアシスタントやバラエティー番組での活躍も増え、タレントとして確立されていった。 |
| 1984年-1986年には深夜帯ドラマ『トライアングル・ブルー』(テレビ朝日)に出演し、とんねるず、川上麻衣子、柄沢次郎らと共演。 |
| この作品で女優としてもメジャーになっていく。 |
| 片岡鶴太郎主演の『季節はずれの海岸物語』ではシリーズ全話を通じて、新井徳子(とっこちゃん)という役柄で鶴太郎がマスターをしていた喫茶店を手伝う役柄を演じた。 |
| 志村けんとも親交が深く、志村けんのだいじょうぶだぁなどのコントでも共演する。 |
| 志村と川上麻衣子の3人で酒を飲み、酔って雑魚寝をするほどのフランクな間柄であった。 |
| 1992年実力派女優として認められ日活80周年記念作品『女猫~美しき復讐者~』の主役に抜擢される。 |
| 友人が多く、芸能界では特に香坂みゆき、川上麻衣子、岡本かおり、森尾由美と親交が深かった。 |
| 人柄については、タモリ、山田邦子、片岡鶴太郎などが「素直」「明るい」「優しい」と、可愛のことを番組内で語ったことがある。 |
| また最近でも渡辺美奈代がインタビューの際「かわいがってくれた先輩」と生前の可愛のことを話している。 |
| 1992年頃、チャームポイントだった八重歯を抜いている。 |
| 1995年、当時ヤクルトスワローズに在籍していた川崎憲次郎との交際が発覚する。 |
| 川崎は学生時代から可愛の熱烈なファンで、6歳の年の差はあったが交際は順調であった。 |
| 当時、川崎はマスコミに対しても交際宣言をしている。 |
| だが、川崎の故障から二人の関係に擦れ違いが生じ、破局。 |
| 後日、破局の理由を「(川崎が)治療に専念するため」と述べた。 |