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つながりの強いひと
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楠美恩三郎
作品提供
日本の作曲家、教育者。青森県弘前市出身。弘前藩士、楠美晩翠の三男として生まれる。1889年(明治22年)、東京音楽学校師範部を卒業。1902年(明治35年)、... |
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梁田貞
作品提供
梁田貞(やなだただし(てい))、1885年7月3日-1959年5月9日)は教育者、作曲家。北海道札幌市出身。 |
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夏目漱石
日本の小説家、評論家、英文学者である。本名、夏目金之助(なつめきんのすけ)。『吾輩は猫である』『こゝろ』などの作品で広く知られる、森鴎外と並ぶ明治... |
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小泉八雲
新聞記者(探訪記者)、紀行文作家、随筆家、小説家、日本研究家。東洋と西洋の両方に生きたとも言われる。 |
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芥川龍之介
日本の小説家。号は澄江堂主人、俳号は我鬼。その作品の多くは短編である。また、「芋粥」「藪の中」「地獄変」「歯車」など、『今昔物語集』『宇治拾遺物語... |
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弘田龍太郎
作品提供
作曲家。1892年(明治25年)高知県安芸市に生まれる。一絃琴の名手であった母親から、音楽的才能を受け継いだと言われている。父の転任に従って3才の時高知を... |
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島崎赤太郎
作品提供
日本の音楽教育者であり、オルガン奏者である。 |
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本居長世
作品提供
日本の男性童謡作曲家。晩年は長豫と称した。 |
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吉田稔
名古屋競馬場の角田輝也厩舎所属の騎手である。父は佐賀競馬場所属の調教師、吉田昭。 |
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武島羽衣
武島羽衣(たけしまはごろも、明治5年11月3日(1872年12月3日)-昭和42年(1967年)2月3日)は日本の詩人、国文学者、作詞家。宮内省御歌所寄人。本名・武島... |
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葛原しげる
日本の童謡詩人、童謡作詞家、童話作家、教育者。福山市名誉市民。なお「しげる」の正しい漢字は |
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犬童球渓
日本の詩人、作詞家、教育者。熊本県人吉市出身。東京音楽学校卒業。本名は「犬童信蔵」というが、球磨川の渓谷に生まれたことから「球渓」というペンネーム... |
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中田章
作品提供
中田章(なかだあきら、1886年7月8日-1931年11月27日)は日本の作曲家、オルガニスト。東京都出身で東京音楽学校甲種師範科及び研究科卒業。東京音楽学校教授... |
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内村直也
内村直也(うちむらなおや) [ 日本大百科全書 ( 小学館 ) ] (1909―89) 劇作家。東京生まれ。本名菅原実(すがわらみのる)。 慶応義塾大学 経済学部卒業... |
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勝田香月
勝田香月は明治32年3月12日沼津市本町に生まれ、19歳の処女詩集「旅と涙」を出し、「どん底の涙」などで詩境に新風を吹き込んだ。
18歳で「出船」を作り、... |
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仁木他喜雄
仁木他喜雄 - Wikipedia 仁木 他喜雄(にき たきお、1901年(明治34年)11月14日 - 1958年(昭和33年)5月13日 )は昭和期の作曲家、編曲家。北海道出身。 ..... |
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宮原禎次
宮原禎次 - Wikipedia 宮原 禎次(みやはら ていじ、1899年3月8日 - 1976年1月21日)は日本の作曲家。国立 音楽学校作曲科教授、武庫川女子大学音楽学部教授... |
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プロフィール
- 吉丸一昌とは
- 人物・来歴
- 校歌
- 関連番組等
- 関連サイト
吉丸一昌(よしまるかずまさ、1873年9月15日-1916年3月7日)は、日本の作詞家、文学者、教育者。代表作は『早春賦』など。東京府立第三中学校教諭、東京音楽学校(現在の東京芸術大学)教授。大分県北海部郡海添村(現臼杵市海添)出身。日本基督教団の牧師で 讃美歌第二編の委員長の藤田昌直の実父。
人物・来歴
| 大分県の下級武士・吉丸角内家の長男として生まれる。 |
| 小学校尋常科から小学校高等科卒業までの成績は非常に優秀で、県から度々表彰を受けるほどだった。 |
| 1889年大分中学(現大分県立大分上野丘高等学校)に入学、94年卒業。 |
| その後第五高等学校に進学する。 |
| 教授には夏目漱石、湯原元一、小泉八雲などがおり、当時は剣道に熱中していた。 |
| 1898年、第五高等学校を卒業した吉丸は東京帝国大学国文科に進学。 |
| 下宿先で「修養塾」という私塾を開き、その後生涯に渡り、地方からの苦学生と生活を共にして衣食住から勉学、就職に至るまでを世話した。 |
| 1902年、帝国大学を卒業し、府立第三中学校へ教師として赴任。 |
| 当時の教え子の中には芥川龍之介もいた。 |
| また、この時、私財を投じて下谷中等夜学校を創立した。 |
| そして1908年、東京音楽学校の校長に就任した恩師・湯原元一は、吉丸を同校の国語と作歌の教授に抜擢した。 |
| 吉丸はまた、同校の生徒監に任命された。 |
| 1911年から1914年にかけて発行された、文部省著作尋常小学唱歌編纂委員会の作詞委員会委員長になって以降、本格的に作詞家としての仕事に取り組む。 |
| 尋常小学唱歌の歌詞編纂に際し、その多くを作詞したという伝聞のある高野辰之よりは、責任の高い位置にあった。 |
| 尋常小学唱歌の題名原案を作成したのは吉丸である。 |
| 後に臼杵音楽連盟会長の吉田稔が吉丸についての研究を行い、『望郷の歌 吉丸一昌』(臼杵音楽連盟刊を出版した。 |
| その後も、尋常小学唱歌の中の『桃太郎』(作曲岡野貞一)、『日の丸』、『池の鯉』、『かたつむり』などが吉丸の作詞であることを論証した。 |
| ただし、これらの作詞者については異説もある。 |
| 1912年から『新作唱歌』全10集を編著。 |
| その中には『早春賦』(作曲中田章)、『故郷を離るる歌』(ドイツ民謡)、『木の葉』(作曲梁田貞)、『蛍狩り』(作曲中田章)などが含まれている。 |
| 作曲には、東京音楽学校を卒業した梁田貞、中田章、船橋栄吉、弘田龍太郎などの新人を起用。 |
| こういった音楽面では共同編集者であった東京音楽学校教授の作曲家、島崎赤太郎、楠美恩三郎の校閲・関与が巻頭に明記されている。 |
| 数多くの作品を生み、また学生たちのために出資を惜しまない吉丸だったが、本人の生活は極めて質素だったという。 |
| また、非常に豪放磊落な人物として知られ、大酒呑みであったとされている。 |
| そのような生活がたたったのか、1916年3月7日、心臓発作により43歳の若さでこの世を去った。 |
| 吉丸の音楽家としての活動は、唱歌の成立やその後の日本の童謡などに多大な影響を与えている。 |
校歌
| 吉丸は、童謡や唱歌だけでなく全国の数多くの学校の校歌の作詞も手がけた。 |
| その例としては、。 |
| 茨城県立水海道第一高等学校(作曲:南能衛)。 |
| 東京都立両国高等学校(作曲:石原重雄)。 |
| 長野県大町高等学校(作曲:島崎赤太郎)。 |
| 静岡県立静岡高等学校(作曲:島崎赤太郎)。 |
| などがあり、その歌詞には共通する語句が多く使われている。 |
| ※上記校名は現在の呼称。 |
| 上記学校名は、概ね北から南へ、各都道府県に、01から47までの数字が割り振られている「都道府県コード」順(下記参照)に記載。 |
| 01:北海道02:青森県03:岩手県04:宮城県05:秋田県06:山形県07:福島県。 |
| 08:茨城県09:栃木県10:群馬県11:埼玉県12:千葉県13:東京都14:神奈川県。 |
| 15:新潟県16:富山県17:石川県18:福井県19:山梨県20:長野県21:岐阜県22:静岡県23:愛知県。 |
| 24:三重県25:滋賀県26:京都府27:大阪府28:兵庫県29:奈良県30:和歌山県。 |
| 31:鳥取県32:島根県33:岡山県34:広島県35:山口県36:徳島県37:香川県38:愛媛県39:高知県。 |
| 40:福岡県41:佐賀県42:長崎県43:熊本県44:大分県45:宮崎県46:鹿児島県47:沖縄県。 |
| 全国地方公共団体コード。 |
関連番組等
| NBS開局40周年記念特別番組『信州三景〜ふるさと名曲ものがたり〜』(長野放送、2009年)-早春賦に関する話題や、長野県大町高等学校校歌に関するエピソード等が登場。 |
| 吉丸の孫にあたる人も出演している。 |
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1898年
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第五高等学校を卒業した吉丸は東京帝国大学国... |
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1914年
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かけて発行された、文部省著作尋常小学唱歌編... |
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