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つながりの強いひと
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小田実
日本の作家・左翼運動家。九条の会の呼びかけ人の一人。妻は画家の玄順恵。 |
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鶴見俊輔
評論家、哲学者、大衆文化研究者、政治運動家。 |
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池澤夏樹
日本の小説家、詩人。翻訳、書評も手がける。現在は札幌市在住。文明や日本についての考察を基調にした小説や評論を発表している。翻訳は、ギリシア現代詩か... |
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伊藤和夫
長野県出身の元駿台予備学校英語科講師、同主任。『基本英文700選』、『英文解釈教室』、『ビジュアル英文解釈』などの英語参考書で知られ、受験英語の神様と... |
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小熊英二
日本の社会学者、慶應義塾大学教授。専攻は歴史社会学・相関社会科学。 |
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最首悟
日本の生物学者、社会学者、評論家。元全共闘活動家。元和光大学人間関係学部教授(環境哲学)、元人間関係学部学部長、名誉教授。駿台予備学校論文科講師。 |
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鎌田慧
日本のルポライター、ジャーナリスト、ノンフィクション作家である。 |
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山口幸夫
著者情報 山口 幸夫 1937年新潟県生まれ。1965年、東京大学数物系大学院修了。物性物理学専攻。工学博士。米ノースウェスタン大学、東京大学を経て、現在は原... |
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井上澄夫
〈9条実現〉非武装でいきましょう!
井上澄夫(市民の意見30の会・東京)
【外国軍=米軍はいないし、自衛隊もない、かつて搾(しぼ)り取られた、防衛費と... |
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代々木ゼミ
元代々木ゼミナール16年間人気No.1古文講師
1966年神奈川県鎌倉市生まれ。
中学校時代から暴走族に加わり、特攻隊長になる。
高校卒業後、中古車販売店... |
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原田正純
鹿児島県出身の医師。学位は医学博士。ラ・サール高校、熊本大学医学部卒業。水俣病と有機水銀中毒に関して数多にある研究の中でも、患者の立場から徹底した... |
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上野千鶴子
日本のフェミニスト、社会学者。NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長。東京大学名誉教授。専攻は、家族社会学、ジェンダー論、女性学。日... |
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鹿野政直
日本の歴史学者。専門は日本近代史、思想史。1960年代以降に盛んになった民衆思想史研究の第一人者。早稲田大学名誉教授。妻は詩人の堀場清子。 |
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天野恵一
日本の評論家・パンフレット・エディター 、反天皇制運動連絡会書記長。 ... この「 天野恵一 」は、文人(小説家・詩人・歌人・ 俳人・作詞家・作家・放送作... |
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武藤一羊
武藤一羊 (むとう・いちよう) ※著者略歴は出版時のものです。 1931年東京生まれ。東京大学文学部中退。初期の原水禁運動の専従、ジャパン・プレス社勤務な... |
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小森陽一
東京都出身の日本文学者。全国「九条の会」事務局長。東京大学教授。専攻は、近代日本文学、構造主義記号論。天皇制廃止論者。マルクス主義者。 |
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鶴見和子
日本の社会学者。上智大学名誉教授。国際関係論などを講じたが、専攻は比較社会学。南方熊楠や柳田国男の研究、地域住民の手による発展を論じた「内発的発展... |
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栗原幸夫
日本の文芸評論家、左翼運動家。東京生まれ。1950年慶應義塾大学経済学部卒業。青木書店、『週刊読書人』、『日本読書新聞』の編集部に勤務のかたわら、小田... |
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プロフィール
- 吉川勇一とは
- 経歴
- 年表
- 人物
- 英語参考書
- 評論集
- 闘病記
- 編著
- 翻訳
- 関連サイト
吉川勇一(よしかわゆういち、1931年3月14日-)は、市民運動家。翻訳家。元英語教師(予備校講師・専門学校講師)、元大学非常勤講師。
経歴
| 東京大学在学中に日本共産党に入党し、武装闘争を志向する、党内では多数派だが東大では少数派の所感派の活動家として頭角を現し、旧国際派は役職に就かせないという共産党中央の指示で東京大学学生自治会議長に就任した |
| 山村工作隊 |
| 同年小田実代表のベ平連の2代目事務局長になり、1974年のベ平連解散まで勤める。 |
| 1967年10月、空母イントレピッド号から米兵4名が脱走した「イントレビット号事件」を契機に、ベ平連の中に米兵脱走を支援する「JATEC」が組織された際にもかかわったとされる。 |
| JATEC(JapanTechnicalCommitteetoAidAntiWarGIs―反戦脱走米兵援助日本技術委員会)はその後2年間に16名の脱走米兵をスウェーデンなどに脱走させることに成功した。 |
| 米軍と日本の公安当局の捜査にもかかわらず、中立国移送までの経路や経緯は秘密に包まれていたが、1990年代にソ連の機密文書が公開され、JATECの脱走兵の移送にKGBが協力していたことが明らかになったKoenker,DianeP.,andRonaldD.Bachman(ed.),''RevelationsfromtheRussianarchives:DocumentsinEnglishTranslation'',Washington,D.C.:LibraryofCongress,1997.。 |
| 吉川本人も、後に共同通信記者の春名幹男の取材に対して、「(ソ連大使館の)参事官や一等書記官と会ったが、恐らく、全員がKGB要員だった」、「脱走兵の日本脱出に事実上の援助を与えてくれるところなら、KGBだろうがスパイだろうが手を借りたいという気持ちだった」とソ連政府の援助を受けながら非合法活動を行っていたことを明らかにしている春名幹男『秘密のファイル(下)CIAの対日工作』, |
| ベ平連の解散後、小田実、色川大吉らを中心とした「日本はこれでいいのか市民連合」(日市連)(1980年-1994年)に参加するが、1987年に小田の東京都知事選挙への出馬の是非を巡って日市連内で対立が起こり会を離れる。 |
| 1988年マルチイシューの市民運動を目指す「市民の意見30の会」を結成。 |
| 近年は市民意見広告運動にも力を注ぐ。 |
| 長く代々木ゼミナールの英語講師を勤めた。 |
年表
| 1948年埼玉県立川越中学校(現・埼玉県立川越高等学校)を5年で卒業。 |
| 1952年東京大学文学部社会学科中退。 |
| 1965年日本共産党除名。 |
| ベ平連事務局長に就任。 |
| 1970年-1972年名古屋学院大学非常勤講師(倫理学、外書講読、社会学ゼミ―ミニコミ論)。 |
| 1971年-1998年12月代々木ゼミナール英語科講師。 |
| 英語が最も苦手な学生を対象とした週4コマの「ベイシック英語ゼミ」を長年にわたって担当(講座の開設は、土師政雄の「ベイシック数学ゼミ」に倣ったもの)。 |
| 当時の講義の一部は『吉川のベイシック英語』(代々木ライブラリー)に公開されている。 |
| 1980年-1985年日本ジャーナリスト専門学校英語科講師。 |
| 1988年「市民の意見30の会」結成。 |
| 2000年-2001年恵泉女学園大学非常勤講師(担当講座「アメリカとアジア」)。 |
| 2003年市民意見広告運動を始める。 |
人物
| 頑なまでに主張を一貫させ、日本共産党の方針に反対した言論を展開したかどで、同党から除名処分を受けたりした。 |
| 近年においても真剣な言論活動を行い、「喧嘩ジジイ」とまで言われ、周囲に波紋を広げることがある。 |
| 反面、機知に富んだ感覚も持ち合わせ、そのため教条的な左翼運動だけでなく「ええかげん」なベ平連運動の主体にもなった。 |
| 既存の左翼運動での知識、経験とベ平連の思想の豊かさが市民運動家としての背景になっている。 |
| ちなみにベ平連に参加するきっかけは、ベ平連主催の企画でベトナムの地図を描くことができる人が必要だったから吉川が紹介されたことである。 |
| 近年は運動経験の共有、継承にも力を入れており、吉川のサイトでは最近の著作を読むことができる。 |
| なお一時、新左翼政党である共産主義労働者党に参加していた。 |
英語参考書
| 『吉川のベイシック英語――5日間集中講義』(代々木ライブラリー、1991年)ISBN4896802713。 |
| 『納得できる英文法』(研究社出版、1994年)ISBN4327763551。 |
評論集
| 『反核の論理――欧米・第三世界・日本』(柘植書房新社、1982年)ISBN4806802298。 |
| 『市民運動の宿題――ベトナム反戦から未来へ』(思想の科学社、1991年)。 |
| 『反戦平和の思想と行動(コメンタール戦後50年第4巻)』(社会評論社、1995年)ISBN4784505342。 |
| 『民衆を信ぜず、民衆を信じる――「ベ平連」から「市民の意見30」へ』(第三書館、2008年)。 |
闘病記
| 『いい人はガンになる』(KSS出版、1999年)ISBN487709332X。 |
翻訳
| ウィルフレッド・バーチェット『立ち上がる南部アフリカ(1・2)』(サイマル出版会、1978年)。 |
| ウィリアム・ウォレン『失踪――マラヤ山中に消えたタイ・シルク王』(第三書館、1986年)ISBN4807486128。 |
| トーマス・R・H・ヘイブンズ『海の向こうの火事――ベトナム戦争と日本1965-1975』(筑摩書房、1990年)。 |
| テリー・ホイットモア『兄弟よ、俺はもう帰らない――ベトナム戦争の黒人脱走米兵手記』(第三書館、1993年)ISBN4807493140。 |
| ディヴイッド・デリンジャー『「アメリカ」が知らないアメリカ――反戦・非暴力のわが回想』(藤原書店、1997年)ISBN4894340852。 |
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1931年
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吉川 勇一(よしかわ ゆういち)は、市民運動... |
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1958年
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東京大学在学中に日本共産党に入党し、武装闘... |
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