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プロフィール
- 吉永幸一郎とは
- 来歴
- 人物
- 表彰
- 記録
- 背番号
- 関連項目
- 外部リンク
- 関連サイト
吉永幸一郎(よしながこういちろう、1969年5月1日-)は、大阪府枚方市出身の元プロ野球選手(捕手、内野手)。
来歴
| 東海大工高校から、のドラフト5位で南海ホークスに入団。 |
| 同期に吉田豊彦、大道典嘉、村田勝喜、柳田聖人など後のダイエーを支える選手がいた。 |
| 1989年は1A・サリナス・スパーズに野球留学した。 |
| 城島健司、小久保裕紀、松中信彦らの入団前においては岸川勝也、佐々木誠と共に貴重な長距離砲であった。 |
| に膝を故障。 |
| 一塁手としての出場が多くなり、城島の台頭もあったため、から内野手に転向。 |
| 同年のオールスターゲームでは4番を打った。 |
| 自己最高の打率.300、29本塁打を記録したが、本塁打をノーゲームで1本損しており、その1本があれば3割30本塁打をマークしていた。 |
| 本人曰くパ・リーグの観客の少ない所でのプレーが好きだったとの事。 |
| ホークスの成績が上昇しシーズン観客動員が増大するにつれ、吉永の打撃成績は下降していった。 |
| 郭泰源から台湾球界移籍の打診もあったが断り、2004年からは会社員に転身した。 |
| プロ野球マスターズリーグ・福岡ドンタクズに参加した(2006年からは札幌アンビシャスに移籍、のち福岡に復帰)。 |
| 東北で子供服のブランド管理会社を設立したりしたが、現在は2010年春に幼稚園児向けの野球教室を設立するために奔走している。 |
| 2009年12月30日に放送されたTBSのドキュメント番組『壮絶人生ドキュメント俺たちはプロ野球選手だった』の中で吉永の引退後のエピソードが語られた。 |
| 運営していた子供服のブランド管理会社を不景気で畳むことになって、無職となりながらも、11歳年下でエステティシャンとして働く美人妻に支えられて、先述どおり幼稚園児向けの野球教室で再起を目指して奮闘する姿が紹介された。 |
人物
| 松井秀喜が巨人時代に、「吉永さんの打撃は凄いですよね。 |
| 特にインコースのバッティングは真似したくても出来ませんよ」と感嘆していた(澤宮優著 『プロ野球 いぶし銀のベストナイン』 河出書房新書発行)。 |
表彰
| 最優秀バッテリー賞:1回(1994年、投手:吉田豊彦)。 |
| ベストナイン:2回(1994年、1996年)。 |
記録
| 初出場:1990年4月10日、対オリックス・ブレーブス1回戦(グリーンスタジアム神戸)、3回表に内田強の代打として出場。 |
| 初打席・初安打:同上、3回表に佐藤義則から単打。 |
| 初先発出場:1990年4月15日、対西武ライオンズ2回戦(平和台球場)、8番・捕手として先発出場。 |
| 初打点:1990年5月31日、対西武ライオンズ11回戦(西武ライオンズ球場)、9回表に鹿取義隆から代打同点適時打。 |
| 初本塁打:1990年8月19日、対西武ライオンズ23回戦(西武ライオンズ球場)、5回表に高橋一彦からソロ。 |
| 100本塁打:1997年6月20日、対千葉ロッテマリーンズ12回戦(福岡ドーム)、4回裏にマイク・フィアリーから ※史上192人目。 |
| 1000試合出場:1999年5月1日、対西武ライオンズ4回戦(福岡ドーム)、5番・指名打者として先発出場 ※史上350人目。 |
| 150本塁打:2000年9月6日、対日本ハムファイターズ26回戦(福岡ドーム)、6回裏に原田健二からソロ ※史上115人目。 |
| オールスターゲーム出場:6回(1992年-1994年、1996年、1997年、1999年)。 |
背番号
| 49(1988年-1990年)。 |
| 27(1991年-1997年、1999年-2000年)。 |
| 3(1998年)。 |
| 23(2001年-2003年)。 |
関連項目
| 大阪府出身の人物一覧。 |
| 福岡ソフトバンクホークスの選手一覧。 |
| 読売ジャイアンツの選手一覧。 |
| 日本人のマイナーリーグ選手一覧。 |
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1969年
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吉永 幸一郎(よしなが こういちろう)は、大... |
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1990年
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初出場:、対オリックス・ブレーブス1回戦(... |
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投票数
0
| ふりがな |
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| 性別 |
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| 出身地 |
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| 生年月日 |
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