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つながりの強いひと
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羽黒山政司
新潟県西蒲原郡松長村大字羽黒(のちの中之口村、現新潟市西蒲区)出身の大相撲第36代横綱。身長179cm、体重130kg。得意手は左四つ、吊り、寄り、上手投げ。 |
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双葉山
大相撲 の第35代 横綱 。 大分県 宇佐郡 天津村布津部(現在の 宇佐市 下庄)出身。身長179cm、体重128kg。 |
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羽黒山
新潟県西蒲原郡松長村大字羽黒(のちの中之口村、現新潟市 西蒲区)出身の大相撲第36代横綱。身... http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%BD%E9%BB%92%E5%B1%... |
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双葉山定次
大相撲の第35代横綱。大分県宇佐郡天津村布津部(現在の宇佐市下庄)出身。身長179cm、体重128kg。)血液型はA型。 |
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宇野重吉
昭和初期から末期(1940年代-1980年代)の俳優、演出家。福井県足羽郡下文殊村(現在の福井市)出身。滝沢修らと共に劇団民藝の創設者であり、第二次世界大戦... |
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立浪
立浪(たつなみ)は日本相撲協会の年寄名跡のひとつ。比較的新しい名跡だが、その由来は定かではない。 |
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前田山英五郎
前田山英五郎(まえだやまえいごろう、1914年5月4日-1971年8月17日)は大相撲の第39代横綱。本名・萩森金松。愛媛県西宇和郡喜須来村(後の保内町、現在の八... |
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北の富士勝昭
北海道旭川市(出生地は網走郡美幌町)出身の元大相撲力士で第52代横綱。現役当時は「現代っ子横綱」と呼ばれた。本名は竹澤勝昭(たけざわかつあき)。九重... |
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栃光正之
熊本県牛深市(現在の天草市牛深町)出身の大相撲力士。春日野部屋所属で、最高位は大関。身長176cm、体重128kg。得意手は押し、左四つ、寄り、上手投げ。 |
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北葉山英俊
北海道室蘭市輪西町出身の大相撲力士である。最高位は大関。時津風部屋所属。本名は山田英俊。現役時代の体格は173cm、119kg。得意手は左四つ、寄り、うっち... |
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三羽烏
ある特定の分野における優れた3名の人を指す。。また、日本における証券用語では、株価チャートの一つであるローソク足において、3本連続で終値が始値より安... |
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吉葉山潤之輔
北海道厚田郡厚田村(現、石狩市)出身の大相撲力士、第43代横綱。身長179cm、体重143kg。 |
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清國勝雄
秋田県雄勝郡雄勝町(現在の湯沢市)出身で荒磯部屋(後に伊勢ヶ濱部屋)所属の元大相撲力士。最高位は大関。本名は佐藤忠雄(さとうただお)。現役時代の体... |
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辺見庸
日本の小説家、ジャーナリスト、詩人。1991年、『自動起床装置』で、第105回芥川賞受賞。 |
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能代潟錦作
能代潟錦作(のしろがたきんさく、1895年4月5日-1973年6月8日)は大相撲の力士で、最高位は大関。秋田県山本郡藤里町に生まれる。本名石田岩松。身長170cm、... |
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バド・パウエル
バド・パウエル(BudPowell本名:EarlRudolph"Bud"Powell,1924年9月27日-1966年7月31日)はアメリカ合衆国のジャズ・ピアニスト。チャーリー・パーカーやディ... |
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高杉晋作
日本の武士(長州藩藩士)。幕末に長州藩の尊王攘夷の志士として活躍した。奇兵隊など諸隊を創設し、長州藩を倒幕に方向付けた。諱は春風。通称は晋作、東一... |
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朝青龍明徳
モンゴル国ウランバートル市出身の元大相撲力士、第68代横綱。現在は実業家、タレントとしてマルチに活躍している。本名はドルゴルスレンギーン・ダグワドル... |
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出羽海
出羽海(でわのうみ)は日本相撲協会の年寄名跡のひとつである。初代から5代までは出羽ノ海であったが、角聖と呼ばれた5代・出羽ノ海(元第19代横綱・常陸山... |
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プロフィール
名寄岩静男(なよろいわしずお、1914年9月27日-1971年1月26日)は、北海道名寄市出身(生まれは小樽市)の大相撲力士。最高位は大関。本名、岩壁静雄。身長173cm、体重128kg。
人物・来歴
| 同じ立浪部屋の双葉山、羽黒山と「立浪三羽烏」と称された。 |
| 立合いでじらされると顔を真っ赤にして怒り出すほどの直情な人柄と一本調子な取り口から「怒り金時」とも呼ばれた。 |
| 大関から二度の陥落を経験したが、金星と敢闘賞を獲得、関脇まで返り咲き40歳になるまで土俵に上がり続けた。 |
| その劇的な土俵人生は『涙の敢斗賞』として舞台化・映画化もされ、日本中を沸かせた。 |
| 映画は日活によって制作され、本人が主演した。 |
| 鍼灸師になるべく両国の専門学校に通っていたところを立浪(元小結緑嶌)の強引なスカウトを受け、1932年5月場所初土俵。 |
| 同部屋の約1年後輩で、各段優勝のスピード出世で追いかけてくる羽黒山をライバル視していた。 |
| 入幕(1937年1月場所)まではすべて羽黒山に先んじたものの、大関争いでとうとう追い抜かれた。 |
| 逆に言えば、幾人もの先輩をゴボウ抜きにして来た羽黒山に、三役(関脇)までは先を譲らなかったということになる。 |
| 双葉山と羽黒山の同部屋の二人が横綱と大関にいて、関脇で10勝を続けながら据え置かれた不運もあったが、昭和17年5月に11勝、場所後照國と安藝ノ海が揃って横綱になり、大関が前田山1人になることから1943年1月場所に大関昇進。 |
| しかし、右足の捻挫などがあって、新大関の場所こそ9勝6敗と勝ち越すもその後を続けて負け越し在位3場所で1944年5月場所関脇に陥落。 |
| 関脇陥落中に1度だけ負け越す(昭和20年6月に3勝4敗)が戦後の混乱期であったことが番付面で幸いして小結に落ちることなく、1946年11月場所、大関復帰を果たすが、糖尿病、胃潰瘍、腎臓疾患、神経病などを患ったこともあり、復帰場所こそ9勝4敗と勝ち越したが、翌場所からは10日間全休の後に11戦全敗で、再び3場所で関脇に落ちる。 |
| 大関在位中に皆勤しての全敗を記録したのは名寄岩1人だけという不名誉な記録である。 |
| その後も、さまざまな病気、怪我をかかえ、幕内も二桁台まで落ちながら土俵を勤め続け、1950年5月場所には前頭14枚目で9勝6敗、敢闘賞を受賞。 |
| 「涙の敢闘賞」として知られ映画にまでなっているのは、この時の受賞である。 |
| また1952年9月場所にも千代の山から金星を奪うなど9勝6敗で再び敢闘賞を受賞した。 |
| 1954年5月場所千秋楽では、全力士の鑑であるとして相撲協会から特別表彰を受けた。 |
| 懸賞を受ける際の手刀を切る正しい型を示した力士とされている。 |
| 同年9月場所を限りに現役を引退したが、これはかつてライバル視していた羽黒山の引退より1年遅かった。 |
| この年の9月場所は9月19日から10月3日までの開催であったので場所中(9日目)に丁度満40歳の誕生日を迎えていた。 |
| これ以降40歳の幕内力士は出ていない。 |
| 引退後は年寄春日山として春日山部屋を経営、前頭大昇等を育てたが、彼は預かり弟子で、直弟子からは元十両・白法山が関取昇進を果たし、それを見届けるように亡くなったと言う。 |
| 天真爛漫、純情で一途な性格で、双葉山を終生敬愛してやまなかったという。 |
| 取り口は相手の左を引っ張り込んで極め出すか、吊るか掬うかという一本調子。 |
| 相手の上手が取れなければ肉を掴んででも吊り上げるというほど強引なものだった。 |
| 性格のゆえか妥協できず、花相撲で双葉山に勝って師匠に叱られたというエピソードもある。 |
| 四股名の名寄岩は、現役時代の一字を取った「緑川」を用意した師匠に対し、「そんな弱そうな名前は嫌だ」と自分の苗字と出身地を取って押し通したもの。 |
| そのあたりにも、名寄岩の性格がうかがえる。 |
| ただし、入門するなりいきなり師匠の用意した四股名を嫌って言い争い、しかも言い負かしたのが兄弟子に悪く思われ、取的時代にはかなりいじめられたそうである。 |
| とはいえかなり早い出世(弟弟子の羽黒山があまりにも早すぎたため陰に隠れる形となってしまいそこまで注目されなかったが)でそういった兄弟子達を追い越し自力でいじめを封じるだけの地位と実力をものにした。 |
| 2006年3月には、孫(長女の子)が片桐の四股名で松ヶ根部屋へ入門し、祖父に続く関取昇進を目指したが、自己最高位まで上がり、幕下を間近にしながら網膜剥離でドクターストップが罹り、2010年九州場所限りで引退している。 |
主な成績
| 幕内在位:44場所(小結1場所、関脇14場所、大関6場所)。 |
| 幕内成績:292勝279敗33休 勝率.511。 |
| 大関成績:26勝31敗22休 勝率.456。 |
| 三賞:敢闘賞2回(1950年5月場所、1952年9月場所)。 |
| 金星:2個(武藏山、千代の山)。 |
| 各段優勝:幕下1回(1936年1月場所)、三段目1回(1935年1月場所)。 |
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2006年
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孫(長女の子)が片桐の四股名で松ヶ根部屋へ... |
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